英国最古の大学、オックスフォード大学とケンブリッジ大学。学生たちは、英国の未来を担う若きエリートとしての教育を、在学中に徹底的に学んでいく。オックスブリッジと並び称される両校では、当然のごとく学生たちも学業、スポーツ、その他ありとあらゆる分野でライバルとして火花を散らしている。今回はそんな両大学の共通点と相違点を徹底解剖してみよう。(本誌編集部: 村上祥子)
University of Oxford
- 創立:1117年
- 総長/学長:クリストファー・パッテン卿
- 所在地:オックスフォードシャー、
オックスフォード - スクール・カラー:ダーク・ブルー
10~12月:Michaelmas(ミケルマス)・ターム
1月~3月:Hilary(ヒラリー)・ターム
4月~6月:Trinity(トリニティ)・ターム
University of Cambridge
- 創立:1209年
- 総長/学長:エディンバラ公フィリップ
- 所在地:ケンブリッジシャー、
ケンブリッジ - スクール・カラー:ライト・ブルー
10~12月:Michaelmas(ミケルマス)・ターム
1月~3月:Lent(レント)・ターム
4月~6月:Easter(イースター)・ターム
最古の大学に脈々と受け継がれる伝統と風習
オックスブリッジのユニークな共通点
お金持ち、食事がおいしい……カレッジ選びはとっても重要!
カレッジ・システム
オックスフォード、ケンブリッジ両大学を語る上で欠かせ ないのが「カレッジ」。日本や米国で言うところのカレッジ(短大)とは根本的に異なり、ここでは「学寮」のことを指す。教師と学生は各カレッジで寝食を共にし、学業のみならず学生生活のほぼすべてを過ごすことになる。カレッジによっては同じ専攻の学生が多く集まる場合もあるが、通常は複数の専攻の学生たちが1つのカレッジに集うことになる。カレッジごとの競争意識もかなりのもので、成績はもちろんのこと、施設、学食などさまざまな分野で争っているのだとか。選ぶ場所によってまったく異なる生活が待ち受けているといっても過言ではない重要な要素、カレッジ。ここでは各大学の有名カレッジ数校を取り上げてみよう。
オックスフォード大学
「マートン」1264年創立

最古のカレッジの1つ。少数精鋭で、結束を重んじる。学部生の受け入れは基本的に毎年90人のみ。何でも学食のレベルは学内随一というウワサ。
「クライスト・チャーチ」1546年創立

「The House」とも呼ばれる最大規模のカレッジで、金銭面で恵まれていることでも有名。伝統的な面影を強く残すこのカレッジからは、何とこれまでに13人の英国首相が生み出されている。また音楽や芸術の分野にも優れ、教会で歌う聖歌隊が有名。
ケンブリッジ大学
「キングス」1441年創立

卒業生、在校生により構成されているキングス・カレッジ合唱団は世界的に有名。なんと1871年まではイートン校以外の学生を受け入れていなかったとか。現在では全生徒の45パーセントが女子。
「トリニティ」1546年創立

近代科学の建設者、アイザック・ニュートンを始めとして、哲学者のフランシス・ベーコンなど数多くの著名人を輩出したことで知られるカレッジ。信憑性は定かではないが、ニュートンが万有引力の法則を発見するきっかけとなったリンゴの木がカレッジの門前にある。
燕尾服に身を包み舞踏会……これぞ英国
ユニークな風習
英国最古の大学として、確固たる地位を築き上げているオックスフォードとケンブリッジ。伝統を重んじる両大学では、未だに過去から変わることなく受け継がれているユニークな風習がある。
1ハイ・テーブル、フォーマル・ホール

オックスフォード大学のクライスト・チャーチ
「ハリー・ポッター」シリーズの映画などを見ていると、細長い食堂の一番奥に一段高くなっているテーブルがあり、教授陣がずらりと並んで食事をしている光景を目にすることがある。これが「ハイ・テーブル」。教授陣やゲスト用に設けられたスペースで、通常生徒たちは使用することができない。カレッジによって服装規定などは異なるが、現在、普段の食事の際に正装する必要はない。しかし「フォーマル・ホール」と呼ばれるカレッジ主催の晩餐会は別。この際には正装が義務付けられていて、ディナー・ジャケットや学校指定のガウンを着用しなければならない。
2住居規定
学業のみならず、学生生活のすべてを共にすることで、身も心もオクソニアン(オックスフォード大学(卒業)生)、キャンタブ(ケンブリッジ大学(卒業)生)になっていく学生たち。こんな彼らには、何と居住地域が学校側より定められているのだ。オックスフォード大学には「6マイル・ルール」という規定があり、特別な許可がある場合を除き、学生は一定の期間以上、オックスフォードの中心地にあるカーファックス塔から6マイル以内の地域に居住しなければならない。一方ケンブリッジ大学で設けられているのが「キーピング・ターム」。学生たちは、町の中心地にあるユニバーシティー・チャーチから4マイル以内に住むことが義務付けられている。
3コメモレーション・ボール / メイ・ボール
常日頃勉強に追われている学生たち。そんな彼らが心待ちにしているのが初夏に行われる大舞踏会だ。オックスフォード大学では、トリニティ・タームの第9週の水曜日が学校の創立記念日にあたるため、3年に1度、この時期に「コメモレーション・ボール」と呼ばれる舞踏会が開催される。燕尾服を着ることが義務付けられている、非常にフォーマルなイベントだ。この他、同大学では毎年多くのカレッジで小規模な舞踏会が開催されているが、この時の服装規定はタキシードとなっている。
一方のケンブリッジ大学で開かれているのが「メイ・ボール」。学年末試験が終わった後のメイ・ウィーク中に開催されるためにこう呼ばれるようになった。このメイ・ウィーク、昔は5月に試験が終了していたためにその名が付けられたが、現在では試験期間がずれてきたため、6月なのにメイ(5月)・ウィークという混乱する呼び名となっている。
コメモレーション・ボールとメイ・ボール、共に辛く苦しい試験期間がやっと終わった学生たちにとっては、すべてを忘れられる貴重なひととき。夜通し踊り、騒ぎまくる。と言ってもそこはエリート。正装姿で由緒ある町を闊歩する様はまるで時代をさかのぼったかのような光景だ。チケット代も100ポンド前後というからさすがは英国有数のエリート校の面目躍如といったところか。未だ階級意識が強く残る英国。オックスブリッジの学生たちは、こうやって学生時代から場数を踏むことで、英国エスタブリッシュメントの真髄を学んでいくのだろう。
日頃優雅なエリートたちが火花を散らす
オックスブリッジ・ライバル対決
夏のテムズにボート・レースは欠かせない!
スポーツ対抗戦
すべてにおいて対抗意識を燃やす両校。その中でもスポーツの対抗戦はもはや英国の風物詩になっている。両大学が初めてスポーツ対決をしたのは、1827年のクリケット競技。以来、お馴染みのボート・レースやラグビーなど、さまざまな競技の対抗戦が行われている。
ボートレース
ロンドン、テムズ川で毎年、イースターの日曜日に開催されているボート・レース。初めて開催されたのは1829年のこと。第1回はオックスフォ ード大学が勝利。今年06年のレースも オックスフォード大学が五艇身差をつけて圧勝した。ちなみに通算成績はケンブリッジ78勝、オックスフォ ード73勝、引き分け1。07年は4月7日に開催される予定だ。
呼び方だって負けられない
呼称
普段の会話の中では、「どちらも素晴らしい大学だよ」と余裕のコメントをするオックスブリッジの学生たち。でも彼らのライバル意識は、互いの大学の呼び名にまで影響を及ぼしている。
一般的に知られているのは「The Other Side」(反対側の奴ら)。英国大学の両雄であるという意識が強烈に感じられる呼び方だ。
ちょっと辛辣なものでは、ケンブリッジを「Pale Imitation of the Real Thing」(青い模造品)、一方のオックスフォードを「the Dark Side」(暗黒面)(いずれもスク ール・カラーをもじった皮肉)と呼ぶものも。だが実際のところは優劣の意識というよりも、互いのライバル意識を英国式ユーモアで表したものだと言えよう。
やっぱり学生の本分は勉強!
大学ランキング
これから大学進学を考えている高校生たちにとって気になるのは、やっぱり大学のランキング。オックスフォードとケンブリッジはもちろん、学業の上でもトップを争っている。
毎年6月に発表される「タイムズ」紙のGood University Guideによると、オックスフォード大学は5年連続の第1位。続いて2位がこれまた5年連続でケンブリッジ大学となっている。面白いのは、細かく分類されている比較項目1つ1つを見てみると、圧倒的にケンブリッジが優位であるのにもかかわらず、総合ではオックスフォードがトップに立っているということ。オックスフォードが34項目中たった8項目でしかトップを取っていないのに対し、ケンブリッジは44項目中、何と35項目でトップを獲得している。
「タイムズ」紙によればオックスフォードがトップを取った1番の理由は、図書館及びコンピューター施設費と、卒業成績で「2:1 honours degree」*を取得した学生の割合の高さだという。ランキングに若干の差はあれど、レベル的には常にトップを争っている両校。1位、2位ということにあまり神経質になることはないのかも!?
*1st / Upper 2nd / Lower 2nd / 3rd / Passとなっているランクのうち、Upper 2nd 以上の成績を指す
| 2007年度 Top Universities League Table(「タイムズ」紙) | ||
| Oxford | Cambridge | |
| リサーチ評価 | 6.5 | 6.6 |
| 入学基準 | 511.7 | 525.1 |
| 学生/スタッフ割合 | 13 | 11.9 |
| 図書館/コンピュータ施設費用 | 1656 | 1129 |
| 設備費用 | 364 | 425 |
| グッド・オナーズ | 88.4 | 84.6 |
| 卒業見込 | 74.8 | 86.9 |
| 課程修了 | 97.7 | 98.9 |
| 計 | 1000 | 973 |
オックスブリッジ卒業生
天下のオックスブリッジの卒業生ともなると、古今東西世界中、ありとあらゆる分野で活躍している。今回はその中のほんの一部をご紹介。オックスフォード大学
トニー・ブレア
カレッジ: セント・ジョンズ・カレッジ
専攻: 法学
学生時代は政治活動には無関心で、自治会にも政治グループにも加わらなかった模様。学生時代の彼はそれよりも音楽活動を熱心に行っていたことで知られている。長髪を振り乱し、自身のバンド「The Ugly Rumours(醜い噂)」で演奏していたというから驚きだ。
マーガレット・サッチャー
カレッジ: サマーヴィル・カレッジ
専攻: 化学
学部時代の化学とはまったく異なる文科系の修士号も持っているという勉強熱心な彼女。ブレアとは対照的に、学生時代からオックスフォード大学保守党協会の会長を務めるなど、政治活動に熱心だったという。
ローワン・アトキンソン
カレッジ: クイーンズ・カレッジ
専攻: エンジニアリング(修士)
人を食ったようなとぼけた表情がトレードマークのコメディアン、ローワン・アトキンソンも実はオックスフォード出身のインテリ。日本でも大人気の「ミスター・ビーン」の構想は在学中、何とたったの48時間ほどでつくり上げられたものなのだとか。
ケンブリッジ大学
チャールズ皇太子
カレッジ: トリニティ・カレッジ
専攻: 最初は考古学、人類学だったが、後に歴史専攻へ変更
ちなみに卒業時の成績はセカンド(正確には2.2)。皇太子の成績までオープンになってしまうのはさすが英国。在学時にはドラマ・ソサエティに参加し、レビューやソロでの演技をたびたび披露、実は演劇関係に興味があったらしい。
エマ・トンプソン
カレッジ: ニューンハム・カレッジ
専攻: 英文学
女優としてだけでなく、脚本でアカデミー賞を獲得するなど、才色兼備ぶりを発揮しているエマ・トンプソン。在学中にはフットライト・コメディ・クラブの副代表を務めていた。1980年には、ケンブリッジ大学初の女性のみの舞台に、(共同)制作・演出、そして役者として参加している。
オックスブリッジ
スティーブン・ホーキング
ブラックホール研究の第一人者として知られるホーキング博士。実は彼、オックスフォード(ユニバーシティー・カレッジ)とケンブリッジ(トリニティ・ホール)の両大学で学んでいた。学部時代はオックスフォード、博士課程はケンブリッジ。現在はケンブリッジ大学でルーカス教授職(数学教授)に就いている。
在学 / 卒業生から聞いた「オックスブリッジ」ってこんなところ
オックスブリッジ在学 / 卒業生インタビュー
オックスフォード大学
Michael Jeffersonさん
デボン出身
イートン・カレッジ(パブリック・スクール)卒
セント・キャサリンズ・カレッジ在学中、日本語学専攻
オックスフォードを選んだ理由は
GCSEとASレベルの結果が良かったので、イートンの先生からオックスブリッジに出願できるレベルだと言われました。僕は日本語を学びたかったので、その分野をリサーチしてみたところ、日本語のみの学位はオックスフォードでのみ取得可能ということが分かり、最終的にオックスフォードに。両校ともほとんど違いはありませんが、自然科学の学位取得を目指すならケンブリッジ、というように、学業上での微妙な違いはあると思います。
大学やカレッジのユニークな風習を教えてください
オックスフォードならではの風習と言えば、「サブ・ファスク」でしょう。オックスフォードの学生は、試験や入学式の際、黒いジャケット、ズボン、靴、白いシャツに白い蝶ネクタイ、そして自分のアカデミック・ガウンを着用し、角帽をかぶります。あと面白いのが、試験の時に身に付けるカーネーション。試験のどの段階にいるかで、色を変えるんです。試験初日には白、最終日は赤、その他の日にはピンクのカーネーションというように。このカーネーションは、伝統的に友人からもらうことになっているんですよ。
Ashminder Kaurさん
ケニアのナイロビ出身(その後カナダ、英国在住)
Braeburn 校(プライベート・スクール)卒
リネカー・カレッジ卒、自然科学専攻
オックスフォードに問題があるとすればどこですか
これはオックスフォードだけでなく、ケンブリッジにも共通する問題だと思いますが、約40ものカレッジに対して、お金が均等に分配されていないことです。その結果金銭的に苦しいカレッジのいくつかは存続が危ぶまれているほどです。また政府及び労働党の方針でステート・スクールの生徒を優遇していますが、これはプライベート・スクールの生徒にとっては逆差別になりますし、学校としても生徒のレベルを下げるだけです。入学の基準は、学生がどれだけ優れているか、そして何を学校に提供できるか、これだけで十分ではないでしょうか。

オール・ソウルズ・カレッジ
大学やカレッジのユニークな風習を教えてください
オール・ソウルズ・カレッジには、200年毎くらいに行われる奇妙な伝統があります。とても若いとは言えない年配の教授たちがカレッジ長をイスに乗せて運び、カモを追いかけながらカレッジの周りを練り歩くのです。実はこの行事、最近行われたんですよ!
Harry Batesさん(仮名)
ロンドン出身
ステート・スクール卒
ハートフォード・カレッジ卒、物理専攻
オックスフォードを選んだ理由は
成績が良かったので、当時の先生が勧めてくれたんです。オックスフォードは世界でも最も評価の高い大学ですから、僕も喜んでチャレンジしてみました。まあ最悪の場合でも、ただ不合格になるだけですからね。僕が傷つくことは何もない。……幸運なことに、オックスフォードは僕を受け入れてくれましたけど!
オックスフォードとケンブリッジの違いとは
両者を比較してみると、オックスフォードの学生の方が世俗的なような気がします。ケンブリッジの学生にはちょっと気取ったところがあるんじゃないかな。もっともこれは、オックスフォードという確固たる存在に対する不安感の現れと言えなくもないと思いますけどね(笑)。
ケンブリッジ大学
Marie Taborさん
ロンドン出身
ロンドン市内のプライベート・スクール卒
トリニティ・カレッジ卒、東洋学専攻
ケンブリッジのここが嫌、という点はありますか
町が小さいということ、でしょうか。逃げ場がないのがつらいところですね。ロンドンのようにクラブなどがあればいいのですが。まあ周りに誘惑するものがないから、真面目に勉強するには良い環境だと思いますよ(笑)。あとはケンブリッジならではというわけではありませんが、小さなカレッジに所属している場合、良くも悪くも互いのことを知り尽くしてしまうという点があります。プライバシーを保つのが大変ですね。

セント・ジョンズ・カレッジ
メイ・ボールに関して詳しく教えていただけますか
毎年さまざまなカレッジで盛大に行われています。1番スケールが大きいのはやっぱりトリニティ・カレッジとセント・ジョンズ・カレッジ。入場料の高さも1番です(笑)。どこのカレッジでもダンス音楽からディスコ音楽まで、場所を分けてさまざまな音楽をかけているので、本当に楽しめますよ。
Dominic Youngさん
オーストラリア出身
オーストラリアのステート・スクール卒
クレア・カレッジ卒、東洋学(中国文学)専攻
ケンブリッジを選んだ理由は
英国の大学へ進もうと思い、インターネットで検索していたら、その時ちょうどオックスフォードのウェブサイトがエラーで読めなくなっていたんです。ケンブリッジのサイトは問題なく読めたので、ケンブリッジにしました(笑)。
有名なカレッジをいくつか挙げていただけますか
まず、トリニティ・カレッジ。ここは最もお金持ちのカレッジですね。すごく立派な建物を使っているけれど、寄付金もすごいから学生たちの部屋代などの負担はあまり大きくないという。実にうらやましい話ですね(笑)。それからモードリン・カレッジは今でも貴族意識の高いところ。労働者階級はだめ、という感じですね。僕の通っていたクレア・カレッジは、あまり知られていないんですが、庭にあるケム川にかかっている橋が非常に美しいんです。ここの景色がケンブリッジ大学の写真として用いられることが多いんですよ。
Kate Steadさん
ダラム出身
ステート・スクール卒
ニューホール・カレッジ卒、フランス語/ドイツ語専攻
ケンブリッジを選んだ理由は
GCSEとASレベルの結果が良かったので、学校の先生から勧められました。でも本当はロンドンという町に魅力を感じていていたし、ロンドン大学の方が面白そうだったので、そちらに行きたいと思っていたんですよ(笑)。
ケンブリッジならではのユニークな風習はありますか
これはケンブリッジだけなのかどうかわかりませんが、卒業式にはちょっと変わったことをします。卒業証書授与式で、はじめ学生は部屋の後ろの方で待っています。そして4~5人ずつ前に出て行って、カレッジの学生監(Proctor)の指を1人1本ずつ握るんです。そのまま前へ進んでいって、部屋の奥で待っている学寮長(President)の方へ行き、証明書をもらいます。今考えてみると不思議な風習ですよね(笑)。



在留届は提出しましたか?


寄宿制である、というのも典型的なパブリック・スクールの特徴の1つ。下級生はユース・ホステルのような6人部屋を共有し、学年が進むと2人部屋、上級生になると個室が与えられる、といったパターンが多い。このため朝昼夜の食事の時間、放課後の観劇やコンサート鑑賞まで、ともかくグループ活動三昧となる。寮内での喧嘩も日常茶飯事だそうで、生徒たちはこういった修羅場を経て自分の意見を主張することと共にチームワークの大切さを学んでいくという。








15世紀にヘンリー6世によって設立された超有名校。これまでに19名の英国首相を輩出している。貴族の子弟が多く通い、エリートの象徴として君臨している。
イートンのライバル校と目されるロンドン北西部の男子校。「ハロ ー・ハット」と呼ばれる水夫がかぶるような制服帽子が有名。北京やバンコクにも分校を持つ。
イングランド南部ハンプシャー州に位置する男子校。同地区の主教を務めていた「ワイカムのウィリアム」初代校長のモットー「礼儀作法が人間を造る」が校訓。
ウエストミンスター寺院の真横に位置する名門共学校。カソリック教会付属の教育機関として生まれ、宗教戦争を生き延びたという長い歴史を持つ。
スポーツの「ラグビー」発祥の地として知られる共学校。サッカーの試合中に思わずボールを手で持ちゴールに駆け込んだエリス少年の伝説は余りに有名。
チューダー朝のイングランド王、エドワード6世とエリザベス女王1世が設立に関わった歴史を持つイングランド中西部の男子校。数年後に共学化を予定している。
ロンドン南西部郊外バーンズにて、テムズ河を見晴らす校舎を持つ男子校。ロンドンの観光名所でもあるセント・ポール大聖堂付属の公立学校として生まれた。
ロンドン郊外サリー州に位置する。授業料と寮費合わせて年間2万3955ポンド(約479万円)という、英国で最も高価な学校。近代サッカー発祥の地との説もある。
ロンドン郊外ノースウッド地区の男子校。かつてはロンドンの金融街シティに位置していため、同地区で大流行したペストからの被害を乗り越えてきた歴史を持つ。

ウェールズの歴史は長い。ウェールズ人の祖先であるケルト人は、遥か紀元前5世紀頃に鉄器文化を伴ってブリテン島に渡ってきたという。自然を信仰の対象としたケルト人は、ブリテン島全域で暮らし、音楽・詩など芸術をこよなく愛したと言われている。



カーディフが名実共にウェールズの首都となったのは、ウェールズに独立した議会が設置された1998年のこと。「市」となってからもまだおよそ100年ほどという、ヨーロッパで最も若い首都だ。もともとは産業革命時に、石炭や鉄を集積する港として栄えた町だが、現在ではカーディフ湾に面したお洒落なウォーター・フロントが建設されたりと様々な変化の波に乗っている。EU諸国から毎年選ばれる「ヨーロッパ文化首都2008」候補地ともなり、これからの益々の発展が期待できる都市。
カーディフの真ん中にそびえる古城。ローマ人やノルマン人が要塞として使用したという歴史ある城だが、17世紀以降は廃墟と化していた。1766年に石炭の輸出で財を成したビュート公爵家が購入し、現在の形に復元された。建物内部は悪趣味なまでに豪華絢爛だが、庭にはクジャクやアヒルが戯れ、のどかな雰囲気を醸し出している。
海岸沿いに建ち並んだパステル・カラーのカラフルな家、「ピアッツァ」と呼ばれる村の広場、ウェールズに突如として現れたイタリアの町のようなポートメーリオンはユニークな趣向の村だ。
エドワード1世が1295年に着工したが、途中で資金が底をついて工事が中止されたという未完の城。しかしながら、完全な左右対称のバランスや城壁の中に城壁があるという珍しい構造上、建築の観点から言って「最も完全な城」と称されることもある。世界遺産指定。




スノードン山頂上までの約8キロを1時間かけて登る観光用の鉄道。登山はしたくないが、ウェールズの広大なパノラマを見てみたいという人にピッタリ。辛い登りは列車を使い、下りはウォ ーキングという楽しみ方も可能。
ウェールズでの移動に便利
英国に住んでいると、世界中の国の人々と共に生きていることを日々実感するのでは。その中でもインドでは1947年の独立まで約200年間、英国の支配が続いた関係で、多くのインド人たちが英国に移住して暮らしている。彼らの歴史は21世紀の今日に至るまで、社会のあらゆる面において見ることができる。この特集では現在の英国社会においてインド出身の人々がいかに活躍しているのか、探ってみたい。
英国で生活をする上で必需品が欲しくなった時便利なのが、ニュースエージェント。コーナーショップとも呼ばれるこの種の店では、なぜかインド系の人達が店番をしていることが多い。これは偶然なのだろうか? 昨年、全国小売ニュースエージェント協会の会長を初のインド出身者として務めたメハンドラ・ジャデージャ氏に話を伺った。



8月11日(金)から公開される「カビ・アルビダ・ナー・ケーナ(英語タイトル:ネバー・セイグッバイ)」。それぞれ倦怠期を迎えている2組の夫婦。互いに全く面識のなかった彼らが、ある時、運命の十字路に迷うことに……
左)ヘンナで施した繊細なデザインが花嫁の手を彩る
いい香り!料理で使用されるスパイス。 


英国人にとってウォーキングとは、なくてはならない生活の一部。都市部でのお手軽な散歩から、本格的なトレッキングまで、 さまざまなウォーキングを楽しむ英国人の支えとなっているのがフットパス(歩道)だ。英国中を縦横無尽に走るこのフットパス、実は法律によってその定義が明確に定められている。
無数の海鳥の生息地として名高いウエールズ、スコマー島。ウエールズ南西部野生トラストが管理しているこの島は、4月1日から10月31日までの期間(月曜日休)のみ一般開放されている。主な島のルートは十字型に広がっていて、短い距離の散策から島の沿岸部のほとんどを踏破する周回コースまで選択の幅は様々。ヨーロッパ北西部でも屈指の海鳥観察スポットなので、是非とも珍しい野生動物を見てみよう。
海鳥たちの宝庫として知られるスコマー島だが、見どころは鳥だけではない。アザラシを見たいのならば、9月は特にお勧めの季節。北端のGarland Stone(ガーランド・ストーン)では、白い毛皮に覆われたかわいらしい子アザラシの授乳シーンを観察できる。そして、島の中心にある農場は1800年代初頭に建てられたという歴史的なもの。情報集めのほか、宿泊施設としても利用できる。
ここの松林はすばしっこいマツテン(イタチ科の動物)の住処。マリー湖西部には他にもヤマネコやカワウソが生息している。また、湿地では多くのトンボが観察できる。その中には希少価値の高い種も。
大人気の映画、ハリー・ポッター・シリーズでホグワーツ魔法魔術学校として登場し、その悠々たる姿には覚えがある人もいるだろうアニック城。本コースでは、この中世の城から出発し、13世紀の姿を今に残す小さな修道院跡や公園の静寂の中をゆっくりとたどっていく。また、カントリー・ライフを特集する雑誌の調査で「英国で一番住みやすい場所」に選ばれたこともある美しい街も見どころの1つだ。
南ウエールズに広がるブレコン・ビーコンズ国立公園。1800メートルの山脈が悠々と連なり、数多くの滝や渓流、鍾乳洞が点在している夏場にもってこいのウォーキング・ポイントだ。心洗われるような水音を聞きながら歩けば、日頃のストレスもいつのまにか解消されているはず。
















英国ゴースト研究家
離婚して新しい妻を娶るために英国の宗教まで変えてしまったヘンリー8世の2番目の妻。取り立てて美人ではないが、きらきら輝く漆黒の魅力的な瞳にヘンリー8世が夢中になったと言われている。1533年ヘンリー8世と結婚し王妃の座に就くも、わずか3年後の1536年には不倫の濡れ衣を着せられロンドン塔に幽閉され、同年5月19日に斬首刑に処された。アンの幽霊は、処刑の翌日から目撃されるようになった。首のない4頭の馬に引かれた馬車の中には首から上のないアンが座っていたり、誰もいないはずの礼拝堂の明かりをつけ部屋を徘徊している姿が報告されている。約450年も前から、ロンドン塔の勤務簿にはアンの幽霊の出没記録が細かく記録されているのだが、特に斬首が行われたロンドン塔内のタワー・グリーンで目撃されることが多い。
アン・ブーリンの従姉妹で同じくヘンリー8世の妻(5番目)。1540年ヘンリー8世に見初められ結婚した後も、前の恋人との付き合いが終わることはなく、1542年、ついに王の怒りを買いロンドン塔に幽閉される。処刑の際、キャサリンは恐ろしいほどの力で処刑人たちの手を振りほどき、髪を振り乱し叫びながら処刑場の中を逃げ回ったそうだ。処刑人は大斧を振りかざして王妃の後をどこまでも追いかけ回したが、3 度大斧を振り下ろすも失敗に終わり、ようやく4度目にして王妃の首をたたき切ったと言われている。キャサリンの亡霊が頻繁に目撃されるのは、ヘンリー8世と暮らしていたハンプトン・コート・パレス。許しを請いながら、廊下を引きずられて行く姿や宮殿内ロイヤル・チャペルのドアをバンバンと叩く姿が目撃されている。






ライムハウス地区に出来た1955年当時のチャイナタウン(写真左)、

在英中国人にとっての心のよりどころに
早い、うまい、安いがウリ!
チャイニーズ・エルビスとはこれいかに

1955年生まれ。長崎県出身。東京大学在学時に劇団「夢の遊眠社」を結成。92年、劇団解散後に文化庁芸術家在外研修員として1年間のロンドン留学を果たす。翌年93年に帰国後は、企画・製作会社「NODA・MAP」を設立。以降、プロデュース公演形式で数々の作品を発表し続けている。


THE BEE
舞台は70年代の日本。平凡なサラリーマン、イドは自分の留守中、こともあろうか脱獄犯に妻子を人質に取られてしまう。途端に騒ぎ立てるマスコミや警察。彼らの高圧的な態度、欺瞞に満ちたその本質に触れたイドは、次第に常軌を逸していく……。




スタッグ・ナイトとは、結婚を間近に控えた男性が、友人たちと開く独身最後のパーティーのこと。一方のヘン・ナイトは女性のみのパーティーを指す。四六時中コッコとやかましいニワトリの名を取っていることからもわかる通り、時には警察沙汰になるほどの大騒ぎとなる。このパーティーの費用を出すのは友人たち。結婚後も変わらぬ友情と、男性の場合は今後奥さんに財布の紐を握られてしまう新郎への労わりを示しているんだそう。


婚約と婚約指輪の起源は中世英国にまでさかのぼる。先程も説明した通り、中世英国の一般家庭において、独身女性は大切な働き手だった。その貴重な人材を失ってしまう家族に対して、新郎は対価を支払わなければならなかった。その対価を支払う期間が「engagement」だったのである。当時、金の指輪は通貨として使われていたため、金の指輪が対価として新婦側の両親に送られたという。これが婚約指輪の始まりと言われている。
日本では常に悩みの種となるご祝儀。そんな風習のない英国では、その代わりに新郎新婦が欲しいものを自分たちでリスト・アップし、招待客にはその中から選んでプレゼントしてもらうという習慣がある。それが「ウェディング・リスト」。英国には専門店も数多くあり、お祝いを贈る人は指定されているお店へ出向き、リスト・アップされているものの中から自分の予算に合ったものを選ぶことができる。このウェディング・リスト、予算によってピンキリで、上流階級の人たちはハロッズやセルフリッジ、お金に余裕のない場合にはなんとテスコのトイレット・ペーパー1年分、なんていうのまであるらしい。
日本では天井まで届きそうな巨大なウェディング・ケーキを見かけることもあるけれど、ここ英国のケーキは極めてシンプル。基本は3段重ね。一番下は結婚式に出席した人が食べる用、真ん中は出席できなかった人に贈る用、そして一番上は最初の子供の洗礼式まで取っておく。子供が生まれるまでという長期計画だから、日持ちするようにスパイスたっぷりのフルーツ・ケーキを使うのが英国流。日本人にはちょっと甘すぎるくらいだけど、英国人はみんなこのケーキが大好きなんだそう。
■
1. 教会での結婚式
戸籍制度のない英国では、重婚を避けるために、まずは自分が独身であるという証明を役所に提出する必要がある。その上で誰も異論がなければ婚姻許可証を受け取ることができるのだ。その後挙式するのが結婚に至るまでの基本パターン。もともとローマ・カトリックを信仰していた英国が、英国国教会という独自の宗派を立ち上げたのは、時の国王ヘンリー8世が王妃と離婚するため。こんな背景を持つお国柄だけあって、他のキリスト教国と比べると、日常生活におけるキリスト教の浸透度はそれほど高くはない。また多民族国家である英国では、インド風の結婚式や、新郎と新婦の手を固く縛り付ける、ハンドファスティングというケルト起源の結婚式もある。最近は海外挙式を行う人も増えるなど、結婚式の多様化が進んでいるが、その一方で、やはり結婚式は教会でと考える人も多い。挙式と入籍が別々の日本とは異なり、挙式の瞬間が入籍となる英国では、結婚式はやはり神聖なもの。神の前で愛する人と誓いを交わしたいと思うのももっともかもしれない。

クリブデン - Cliveden
◆Hiromi Cherryさんウェディング・プロデュース会社
ハートウェル・ハウス - Hartwell House
ハイクレア・カッスル - Highclere Castle






