第189回
産業戦略について
英国が新しい産業戦略を発表したことは知っていますが、ニュースではあまり見かけませんでした。
政府の「現代産業戦略」は2025年6月23日に発表されましたが、世界的な出来事に埋もれてしまいました。例えば、米国のイランの核施設3カ所にバンカーバスター爆弾投下、ダマスカスの教会での自爆テロによる22人の犠牲、ウクライナのゼレンスキー大統領による英国訪問などが、英国のニュースを占めていました。これは、おそらく政府にとってはむしろ好都合でした。メディアの関心がほかに向いたことで、10年間の戦略に関する詳細かつ広範にわたる文書が、政治的な駆け引きに埋もれることなく、企業や関係者がじっくり検討できたからです。
新しい「現代産業戦略」はどのようなものですか。
英国で2017年以来となる正式な産業戦略であり、貿易、投資、スキルの育成、インフラ整備による経済成長に重点が置かれています。生産性の向上、ネットゼロ排出への取り組み、持続可能性の向上、サプライチェーンのレジリエンス確保、安全保障の強化、地域開発への支援などが柱です。また、八つの主要セクター「IS-8」として、先端製造業、クリエイティブ産業、ライフサイエンス、クリーンエネルギー、防衛、デジタル&テクノロジー、専門サービス&ビジネス・サービス、金融サービスが優先分野として明示されました。こうしたセクターを支えるサプライチェーンやインフラ関連企業も重要な基盤産業として位置づけられています。
政府はこの戦略をどのように実施するのでしょうか。
国際貿易協定の活用、輸出金融と輸出促進の強化、規制と計画行政制度の改革、ビジネスデータの整備、スキルを重視した教育、産学連携の強化、AIを中心としたテクノロジーの導入、金融と投資の拡大など多様な手段を提示しています。政府は、民間企業のパートナーとしてより積極的で介入的な役割を担う方針です。
この戦略には全体を貫くテーマはありますか。
主要なものに、長期的な成長のための安定的で予測可能な環境の創出、変化する世界の地政学的・技術環境の認識、国際貿易の重視、産業界と政府の協力促進、そしてエネルギー・コストやスキル不足、インフラの制約、規制の障壁、資金アクセスなどの障害への対処などがあります。
企業や関係者からどのように受け止められていますか。
概ね好意的に受け止められています。前回の戦略から時間が経っており、明確で野心的な枠組みが歓迎されています。一方、戦略の策定よりも実行のほうがはるかに難しいと考える声もあり、時間が経てば課題や批判が出ることも予想されます。それでも、この戦略文書は今後の成長のための強力な基盤になると評価されています。
この戦略は、日英関係にどのような意義を持ちますか。
八つの主要セクターは、長年にわたる日英の貿易・投資分野の歴史と密接に関連しています。広島アコードや英国のCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)加盟などの最近の動きと合わせて、この戦略が二国間の経済協力と相互利益を強化することを示唆しています。
現代産業戦略は英国にとってどのような意味がありますか。
この戦略は、今後10年の経済成長を導くための重要な取り組みです。政府が積極的な姿勢と長期的なビジョンを示し、強力な国際的パートナーシップに支えられた、持続可能で強靭な経済の構築を目指すものです。
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監査・会計 パートナー Ernst & Young、野村證券を経て現職へ。高度な会計技術に加え、ビジネス日本語も得意とする。社内のみならず日系顧客からも高い信頼を寄せられている。日本語スピーチコンテストでは2年連続入賞。