自閉性障害や知的障害を負う者が、数学や芸術などの分野で常人では考えられないような驚異的な才能を発揮する場合がある。サヴァン症候群と呼ばれるこの特異な能力を持って生まれた英国人男性による自伝「僕には数字が風景に見える」が今年6月に日本で出版されて以来、この不思議な現象に改めて注目が集まっているという。ハリウッド映画「レインマン」の主人公を彷彿とさせる著者は、イングランド南東部ケント州に住むダニエル・タメット氏。「英国のレインマン」と呼ばれる同氏が、電話インタビューに答えてくれた。
(本誌編集部: 長野雅俊)
「数字は僕の友達です」
2桁の数字の2乗、例えば「37×37は?」と聞かれて、即答できる人はそう多くいないだろう。いわゆる「並み」の人間であれば、頭の中で、もしくは不器用に指折りながら繰り上がる数字の扱いに格闘するか、もしくは端から自分の能力をわきまえて電卓の力を借りるしかない。
「英国のレインマン」ダニエル・タメットさんの計算能力は、時に市販の電卓を超える。「37の4乗は?」との問いを投げかけると、間髪入れずに「1874161」との正解を弾き出す。続けざまに「13÷97は?」と聞けば、「0.13402・・・・・・」と小数点以下100桁以上の数字を難なく羅列する。掛け算や割り算だけの話ではない。円周率は2万桁以上を暗誦してしまうし、2012年の5月5日が果たして何曜日になるか、といった計算も朝飯前。彼の脳みそがどのような構造になっているのかは謎だが、とにかく驚異的な能力を持っていることは確かだ。
「数字は僕の友達です」と語るダニエルさんには、私達の目を通したものとは違った形で数字が見えている。例えば「37」は、「お米みたいにつぶつぶの形」をしている。「89」と聞けば、空からポツリと降ってきた小雪のような風景を思い浮かべるという。さらにはそれぞれの数字の性格まで把握しているというから驚きだ。「11」はフレンドリーだけど、「5」は何だかうるさい奴らしい。「最も好きな数字は、物静かで恥かしがり屋の『4』。シャイなところが、自分にそっくりだから」。ダニエルさんの口からは、おとぎ話の世界の住人を思わせる言葉が次々と飛び出してくる。
ダニエルさんと数字との関係は、一般的に「共感覚」と呼ばれる、全人口のわずか1%に満たない数の人間のみが持つ特殊な能力に基づいている。端的に言えば、彼には数字が風景になって見えるのだ。例えば「53×131」という数式があるとする。この時、ダニエルさんには「53」がだるまのような形に、「131」は2つの玉が刺されたくしだんごのような輪郭を持った図形として見えてくる。そしてこの両者の間に出来たいびつな形が、2つの数をかけた解「6943」を示す画像として浮かび上がってくるのだという。掛け算をしている、というよりは、パズル遊びに近い感覚なのかもしれない。
詩的なレインマン
ダニエルさんはこれまで、アスペルガー症候群と呼ばれる軽度の自閉症を抱えながら生きてきた。コミュニケーション能力が欠けているから、相手の気持ちを深く読み取れない。生活習慣の変化を極力避けようとするから、毎朝食べるオートミール粥を秤皿の上に乗せて、きっかり45グラムであることを確認しないと気が済まない。外部の刺激に対して過剰に反応してしまうことがあり、歯ブラシで自分の歯を磨く音のうるささに耐えられない。
不思議なことに、ダニエルさんのように自閉性の障害を抱える人が数学や芸術などの分野で驚異的な能力を発揮する例がたまに見られる。サヴァン症候群と呼ばれる現象であり、1988年に公開され大ヒットしたハリウッド映画「レインマン」の主人公が抱えていたのがまさにこのサヴァン症候群だった。名優ダスティン・ホフマンが演じるレイモンドは、朝はメイプル・シロップをかけたパンケーキとつまようじがなければいつまで経っても落ち着かないし、どんな状況においても決まった時間に決まったテレビ番組を見なければいけないと強硬に主張して、トム・クルーズ演じる弟を徹底的に困らせていた。一方で、電話帳を一度読んだだけでそこに書いてある電話番号などの諸情報を暗記してしまったり、トランプのカードの残り数を覚えてカジノのブラックジャックで大勝ちを収めたりしていた。
ダニエルさんも、このサヴァン症候群の例に当てはまるとされている。ただ映画の中の、首を斜めに傾げながら脈絡のない言葉を何度もせわしなく呟くように繰り返すあのレインマンを想像してしまうと、期待は大いに裏切られる。ダニエルさんは、まるで詩を朗読するかのようにゆっくりと優しく話すからだ。しかも想像力を喚起するような、美しい言葉を好んで使う。落ち着きのある低い声で、上品な英語を操りながら詩的な言葉を所々に挟み込んでいくから、彼の言葉そのものが詩の一節みたいなのだ。思わず聞き惚れてしまいそうになる。
写真)ダニエルさんが描いた絵。彼には円周率までもが風景になって見える
ダニエルさんが映画版レインマンと異なるもう1つの点は、自分自身が何を考えて、そしてどう感じるかをきちんと第三者に説明できるということ。これはダニエルさんの自閉症状がごく軽度なものであるためなのだが、特異な能力を発揮するサヴァン症候群を抱える人間の中では非常に稀なケースだといわれ、医学研究機関から調査対象として引っ張りだこだという。「僕の場合は自閉症といっても軽度なので、ほとんど普通の生活を送ることができます。確かに、人が大勢集まるスーパーマーケットのような場所には気持ちが不安定になってしまうので行けないし、車の運転も絶対にできない。でも僕は自分がどういう環境を苦手とするかを知っていて、そういった場所を出来るだけ避けて毎日を過ごす方法を学んだので、特別な不便さはもう感じないのです。むしろ、いわゆる健常者でもなかなか実現できないような素晴らしい人生を送ることができていると思っています」。
写真)20世紀最大の物理学者アルバート・アインシュタイン博士がかつて使用した黒板の横で円周率を暗誦するダニエルさん
「誇り」を得るまでの道のり
英国では昨年から発売されていたダニエルさんの著書「Born on a Blue Day」の日本語訳版「僕には数字が風景に見える」が今年6月に出版され、日本でも今、評判になっているという。ダニエルさん自身による「素晴らしい人生」との評価に反して、本の特に前半部分には幼少期に受けたいじめやその際に覚えた孤独感を描いた箇所が多く見受けられる。こういった過去の辛い思い出や感情に改めて直面して、心的な負担にはならなかったのだろうか。「いいえ。執筆しながら感じていたのはむしろ誇りでしょう。自閉症という困難を抱え、寂しさに負けそうになっていたあの小さな男の子が、今では仕事を見つけて、生涯を共に生きたいと願うパートナーを得ることまで出来たのですから。よくここまで来たな、と感慨深い気持ちになりました」とまた一つ一つ、言葉を選びながら答える。
ただ「誇り」を感じるまでには、長い道のりがあった。幼少期は、とにかく異常なほど泣いてばかりで家族を心配させた。そして4歳の時に、突然てんかん発作を起こす。ダニエルさんのご両親にとって初めての子供であったということと、今ほどてんかん発作についての予備知識がない時代の話。生命の危険についての心配はもちろん、周りの子供との明らかな違いに大いにうろたえた両親の間には、しばしば激しい口論が発生した。ダニエルさんは、隣の部屋から「ダークブルーな声」が聞こえると、地べたにしゃがみ込み頭を地面につけながら、両手で耳を塞いで時がただ過ぎるのを待ったという。
写真)2万桁以上に及ぶ円周率の暗誦は、5時間を越える長丁場のチャレンジとなった
学校では、友達が全くできない。たとえ話しかけたとしても相手の目を見ることができずに自分の足元ばかりを見つめるなど、他者とまともなコミュニケーションが図れないのだ。他の子供たちから見れば無口で無反応、そして奇妙とも映るダニエルさんの行動はいじめにも発展した。「まだ幼児の頃は、周りの子供たちの行動なんて全く気にならなかったと思います。でも成長していくに従って、他人の存在が目に付くようになった。そうしたら、僕はなぜかいつも一人ぼっちだ、っていうことに気付いてしまったのです。特に8、9歳の頃からはいつも寂しさを感じていたことを覚えています。だから皆のように、普通になりたいってよく思 っていた」。
そんな彼にとっての唯一の友達が数字だったのだ。周りの子供たちが遊んでいる間、頭の中に浮かぶ個性豊かな数字と戯れながら、1人時間を過ごしていた。彼にとって数字とは、理解のない人間なんかよりずっと親しみやすい存在だった。
違うことを認めてもらえた海外生活
長い間にわたって周囲の世界から取り残されていたダニエルさんだったが、高校卒業後に転機を迎える。英国人の若者を対象とした海外ボランティア事業に応募するのだが、これに見事合格し、英語教師として東欧リトアニアの南部都市カウナスに派遣が決まったのだ。ここで英語を直接話す機会に飢えている現地の人々の歓待を受けて、生まれて初めて友達付き合いというものを学んだ。「自閉症であるかどうかという以前に、何よりも現地の人にとって僕は英語しか話せない外国人ですからね。でもだからこそ、英語教師として僕を慕ってくれる人たちがいっぱいいた。他人と違うということが、初めて肯定的に評価されたような気がしたんです」。肉親と数字がほぼ唯一の理解者であった彼にとって、他者と友人関係を結び得ることを知ったリトアニアでの日々は、大切な思い出として今も残っている。ちなみにこの時、語学の才能まで開花させている。せっかく出来た現地の友達ともっと色々な話をしたいからと、リトアニア語習得を思い立ってからわずか数日で、日常会話が出来るまでに上達してしまったのだ。人並み外れた記憶力を持つ傾向のあるサヴァン症候群ならではのエピソードであろう。今では15カ国語を操り、語学学習サイトの運営を本業とするダニエルさんの驚異的な語学習得能力は、この時に判明したのだった。
こうして1年のリトアニア派遣期間を経て、ダニエル さんは今までに感じたことのない自信を得て英国に戻ってきた。「英国に帰国してからも決して数は多くはないけれど友達が出来るようになって、自分という存在がやっと認められたという安心感を覚えるようになりました。周囲の人間と違うってことは、悪いことではない。皆それぞれ違ったやり方で社会に貢献できることが分かるようになったんです」。周りの人間との違いを受け入れることを覚え、他者と関係を結ぶことが出来るようになったダニエルさんは、やがて生涯の人と出会う。
それが、現在のパートナーであるニールさん。インターネットを通じて知り合い、以来7年間にわたって同棲生活を続けているという。恥かしがり屋で、庭で野菜を育てるのが好き、そしてお互い同性愛者であるなど多くの共通点を持つニールさんとの出会いを通して、他人とのコミュニケーションも以前よりずっと円滑に行えるようになった。前述した語学学習サイトも、コンピューター・プログラマーとして働くニールさんと共同で運営している。
ダニエルさん独特の詩的な語り口調にほだされて、「あなたにとって、愛とは一体どんなものですか」と聞いてしまった。「まず愛に定義があるのかどうか、ということから始めないといけないでしょうね。でも、愛とは何か、との問いについてはこれまでずっと考えをめぐらせてきました。一言で言うならば、『自分自身を誰かに委ねること』でしょうか」。いつも周囲から置いてけぼりを食っていたダニエルさんはついに、自分自身を他者の手に委ねることが出来るようになっていた。
もう一人のレインマンとの出会い
少しずつ、でも確実に周りの世界との接点を見つけ出したダニエルさんは、積極的に社会活動に関わるようになる。彼が24歳の時には英国のてんかん協会に連絡を取り、募金活動の一環として円周率の暗誦記録に挑んで、2万2514桁のヨーロッパ新記録を打ち立てた。またテレビ番組の企画でアイスランドに滞在し、4日間でアイスランド語を習得するという手品みたいな離れ業もやってのけた。自閉症を研究する機関の調査に協力したり、各メディアのインタビューや自伝の出版を通じて一般の人々に自閉症についての理解を促すというのも、今では大事な仕事の1つとなっている。
こうした社会活動を通して出会った人物の中で、ダニエルさんが特に印象に残っている人物がいる。ダスティン・ホフマンが演じたあのレインマンのモデルとなった、キム・ピークさんだ。米国のユタ州ソルト・レーク・シティ生まれのキムさんは、現在55歳。脳梁(のうりょう)欠損症と呼ばれる左右の大脳をつなぐ神経繊維が欠落した疾病ほか脳の各所に障害を負っている一方、1万2000冊もの本の内容を記憶しているという、まさに天才である。「英米のレインマンを会わせよう」というテレビのドキュメンタリー番組の企画によって、2人の会見が実現した。「彼との出会いは非常に印象深かったので、自伝の中でも1章をこのテーマだけに割きました。彼とは『通じ合う』という感覚を共有することができた気がするんです」。キムさんはきっと、ダニエルさんが1人で孤独に抱えてきた感情を、誰よりも理解していた。「彼は僕に、他人と違うことを恐れてはいけないって言っていたんです。そして私より重度の障害を抱えている彼が、様々な形で社会貢献をしようとしている姿を見て心を打たれました」。同じような孤独を感じた人間同士だったからこそ、理解し合える人を見つけた際の喜びもまた格別だったのだろう。
写真) ダスティン・ホフマン演じるレインマンのモデルとなった、キム・ピークさん
© Darold A. Treffert, M.D., and Wisconsin Medical Society

2004年には、オックスフォード大学の講堂において円周率2万2514桁の暗誦に成功した
© National Society of Epilepsy
「数字の国」へのパスポート
自閉症や共感覚、またサヴァン症候群といった症状や能力については医学的に解明されていないことが多く、ダニエルさんの脳の仕組みについてもまだ分からないことだらけだという。ただあくまでまだ仮説の域を越えないが、彼が言語やコミュニケーションを司る左脳に障害を負っているために、数学や記憶を扱う右脳がその働きを補足しようとして水準以上の能力を発揮している、という説明が最も説得力を持っているようだ。つまりダニエルさんの特異な能力と自閉症状とは、コインの裏表の関係にある可能性が高いと考えられる。では例えば、その驚異的な計算能力や暗記能力と引き換えに自閉症を治すことができるとすれば、ダニエルさんはその道を選ぶのか。「そうはならないでしょうね。なぜなら、私は治療を必要としないからです。もちろん、今の生活で不便を感じることはたくさんあります。でもだからといって、幸福な生活を過ごせないというほど不便なわけではない。私が考える幸せの形というのは、自閉症を治すとか治さないという話ではなくて、自分自身をどれだけ深く理解することが出来るかってことなんだと思います。自分の特性を生かして、どうやって社会と関わり合うことができるかということを考える方が大事だと今は思うようになりました」。ダニエルさんが続けて言った言葉は、まさに彼の本心を表しているのだろう。「しかも私は、生まれ持ったこの脳をいたく気に入っているんです。『治療する』なんて、とんでもない」。
インタビューをする前から、どうしても聞きたかったことがある。幼い頃友人が全くいなかったダニエルさんにとって、数字は唯一彼を理解してくれる友達であったからこそ特別な意味を持っていた。それでは成人して社会的な役割を担えるようになった今の彼にとって、数字はどんな存在なのだろう。「正直、数字との関係については変化がありました。もはや私の一番大切な友達ではなくなった。きちんとした人間関係を結べるようになってから、実社会で築く関係性の方が大切であると考えるようになりました。でも、数字が私にとって今でも特別な意味を持っていることは確かです。そして私の大切な友達が住む世界と、数字に溢れたあの世界を両方持っていることこそ幸せであるとも思います。どちらかの世界を捨てなければいけない、ということはない。両方の世界を大切にしたい。いわば私は2つの国籍を持っているということでしょうか。私の友達、人間が住む国へのパスポートと、数字だらけの国へのパスポートを持った、二重国籍なんですよ」。最後まで、彼の言葉に酔いしれてしまった。

ダニエル・タメットさんの著作
左) Born on a Blue Day A Hodder & Stoughton book
右)日本語訳版 「僕には数字が風景に見える」 古屋美登里訳 講談社
ダニエル・タメットさん プロフィール
Daniel Tammet
1979年1月31日生まれ、ロンドン出身、ケント州在住。アスペルガー症候群と呼ばれる軽度の自閉症を抱えながら、驚異的な計算能力と語学習得能力を発揮する。2004年3月14日に、円周率の2万2514桁を暗誦しヨーロッパ記録を樹立。同年に「The Boy with the Incredible Brain」と題したテレビのドキュメンタリー番組で取り上げられ注目を浴びた。2007年6月に自伝の日本語版を出版してからは日本でも大きな話題を集め、現在は語学学習サイト Optimnem(www.optimnem.co.uk)を運営する傍ら、来年の1月に発刊予定の自伝第2作を執筆中。
ダニエルさんが参加するチャリティの詳細
The National Autistic Society(英国自閉症協会)
www.nas.org.uk
The National Society for Epilepsy(英国てんかん協会)
www.epilepsynse.org.uk



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「スレッドニードル通りの老婦人」の愛称で親しまれる連合王国の中央銀行、イングランド銀行。バンクの交差点付近に位置し、通りを挟んで向かい側には、高級ブティックやレストランに様変わりした旧王立証券取引所がある。シティの中心に位置する、まさにロンドンを代表する建造物の一つだ。
予約制だが、今年も長蛇の列が予想される「ガーキン」。芸術と科学の融合を目指す大建築家、ノーマン・フォスター卿設計の「キュウリの漬物」ガーキンは、今ではすっかりロンドンのランドマークとして定着した。ロンドンを360度眼下に眺めることが出来る最上階の展望フロアーは、カプセル状の無柱空間になっている。
産業革命と共に、英国が世界に誇るハイテク建築のトップ・スター、リチャード・ロジャース卿の代表作であるロイズ保険本社ビル。配管などの建築設備を外部に露出させた外観は、工場のような印象を与える。パリのポンピドー・センターは、ロジャース卿とハイテク建築の朋友、イタリアのレンゾ・ピアノが共同設計した出世作だ。
巨匠、ノーマン・フォスター卿設計のロンドン市庁舎。賛否両論はあるが、元々は環境を考慮した建築とされている。例えば「同じ容積ならば、直方体より球面にする方が、表面積が少なくなり断熱効果が高い」といった具合に。だが実際には全面ガラス張りのため、空調負荷が高く、光熱費が高くつくといった批判も起こっている。
長年にわたり遊閑地だったエリアを床面積の広い近代ビジネス・パークとして再開発した、フォスター設計のガラス張りのオフィス・ビル群。タワー・ブリッジやシティなどの眺望が最高だ。ロンドン・ブリッジ駅から市庁舎まで、敷地内を対角線上に横切るメイン・ストリートが特徴的。
ハイテク建築の父、リチャード・ロジャース卿の設計事務所。旧石油精製所をアトリエとして改装している。74歳という高齢を迎えるにあたり、後継者へのバトンタッチとして近年事務所の名前が変わったが、今もロジャースは健在。常に新しいデザインを発信し続けるデザインの現場を見ることができるのも、オープン・ハウスの醍醐味だ。
2012年ロンドン・オリンピックの開催地の一つ、リー・バレーの河口にあるコンテナ・シティ。輸送用のコンテナを積み重ね、デザイナーやアーティストのためのスタジオを造っている。人里離れた埠頭という立地上、一見近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、オープン・ハウス中なら堂々と見学することが出来る。
テムズ河を航行する船のように優美なフォルムのゲート。普段は川底に隠れている回転式の堰は、一般的に無骨なイメージのある河口堰とは大違いで、英国のインダストリアルな伝統と職人芸を感じさせる構造物だ。隣接するインフォメーション・センターでは、河口堰のメカニズムやテムズ河の生態系などを学ぶことが出来る。
鉄とガラスとコンクリートというマテリアルを駆使して確立された、これまでとは全く異なるスタイル。しかし工業化の波にもまれ、モダニズムは焦点を失う。単なる四角い箱の建物が世界中に繁殖してしまったのだ。そして各国の建築家たちは、こぞって次の様式を模索し始めた。そんな混沌とした時代にあってガラスや鉄を巧みにデザインしたシャープで機械的な建築が出現する。これがハイテク建築である。
今をときめく建築家、デービッド・アジャニの力作。斬新な色ガラスの組み合わせによるファサードは、灰色のイーストエンドに奇妙な光を照らしている。公共図書館のあり方・使い方についての新しい提案が随所に見られる新しい時代の図書館だ。
設計者と環境コンサルタントが手を組んだピーボディ・トラスト社による省エネルギー建築。BedZEDとは、「Beddington Zero Energy Development」の略で、エネルギー消費の少ない持続可能なサステイナブル建築の模範作だ。省エネのアイデアが盛り沢山な100戸の住宅と10のオフィス・スペースから成る。
未来の建築はどうなるか。その一つの解法として、流線的なフォルムや宇宙船のようなカプセル型の建築を造り続けるデザイン・チーム「フューチャー・システムズ」。王立クリケット場にあるロード・メディア・センターなどを手掛けた彼らが設計したこの教室は、子供に夢を与え、想像力を掻き立ててくれる。
レンガ造りの建物が立ち並ぶ都市のコンテクストの中に、一際目に付く白亜の集合住宅。街の景観、あるいは調和を乱す異文化の挿入とも取られかねない冒険的、実験的な開発。プライベートな空間とパブリックなストリートの関係性が豊かに表現されている。
作家イアン・フレミングにより映画「007」シリーズで希代の悪役に名前を使われた建築家ゴールドフィンガー。これら2つの建造物は、1950年代に起こったコンクリートの打ち放しのラフな表面、暴力的・威圧的な外観が特徴的なブルータリズム建築の記念碑的建物である。


London Fashion Week
知人から電話がかかってきて、50歳以上の女性を対象としたオーディションをするからあなたも応募しなさいって言われたんです。問い合わせ先の電話番号をもらったのでそこに連絡したら、オーディション当日にバスローブを持ってくるように指示されて。その時点で「これは何か変だぞ」って思ったのですが、ものは試しだと思ってとりあえずオーディションに参加することに決めました。
Doveのキャンペーンに続いて、大手デパートのジョン・ルイスも革新的なプロジェクトを始動させた。サイズ・ゼロならぬ、サイズ12のモデルを起用したキャンペーンを発表したのだ。話題を集めることで商業的な成功を実現することに加えて、女性の美をめぐった論議に一石を投じるのが狙い。PR担当のマーク・フォーサイスさんに話を伺った。
「サイズ・ゼロ」問題に対して警鐘を鳴らし続けているのが、「Beat」と呼ばれる摂食障害者を支えるためのチャリティー団体だ。「サイズ・ゼロ」の言葉が一人歩きしていることについて危機感を抱く同団体の代表者、スーザン・リングッドさんに意見を聞いた。


英国が、世界で最も高級で貴重な香水として生み出した傑作が、その名もズバリ、「No.1 Perfume Collection」。その中でも、1番高価なのがこれ、「No.1 Imperial Majesty」(500ml)だ。お値段は、11万5000ポンド(約2760万円)。どうしてそんなに高いかというと、クリスタルの最高峰、バカラのボトルに、5カラットの天然ダイヤモンドがキラリ。香水そのものは、1オンス1200ポンド(約25万8000円)の超贅沢品が16オンス。高すぎてちょっと手が出ない、という方には、お得な「No.1 Perfume」(30ml 1260ポンド)もございますよ! ということで。
使い勝手が良いのはもちろん、インクを詰め替えれば半永久的に使用でき、経済的でもある万年筆。しか しスイスを代表する高級文具メーカー、カランダッシュが発表した「La Modernista Diamonds」は、書き味を試すのもはばかられるほどのお値打ち品。銀のボディーに5072個のダイヤモンドと96個のルビーが埋め込まれ、お値段はなんと16万4000ポンド(約3940万円)。「世界で最も高い万年筆」として、ギネス・ブックにも掲載されている。世界で限定1本のこの万年筆は、現在ハロッズで販売中。手には取れなくとも、ぜひ本物を見てみたい。
カクテル1杯、あなたならいくら払う?せいぜい10ポンドぐらいではないだろうか。ところが、マンチェスターのハーヴェイ・ニコルズで2005年に発表された「Dazzle Cocktail」は、1杯1万5250ポンド(約350万円)! それもそのはず、ストロベリーとライチのシャンパンの中に浮かぶのは、ピンク・クンツァイトという希少な宝石とダイヤモンドがついた指輪なのだから……。ちなみに、このDazzle Cocktailはシリーズで展開。一番高いのは2カラットのピンク・トルマリン・リングが入った2万7000ポンド(約550万円)の1杯で、なんでもセキュリティに守られながら運ばれてくるとか。ロマンティックな気分にひたっている余裕もなさそう?
みなさんすっかりおなじみのロンドン名物、ダブル・デッカー。縦横無尽に走るこのバスの中で、1番長いルートは、「X26」番。ヒースロー空港からイースト・クロイドン(ロンドン南部ゾーン5)まで、34キロの道のりを約80~123分で結んでいる。始発から終点まで乗ったら、ずいぶん得した気分になりそうだ。ちなみに、まさにずばり「No.1」は、どのルートかご存知?トッテナム・コート・ロードからカナダ・ウォーターを結ぶルートがそれ。といっても、1番最初に開通したルート、というわけではない。
英国一どころか、世界一のものがある。ロンドン・チューブはノーザン・ラインにある「ハムステッド駅」だ。何がかといえば、1番深いところにある地下鉄駅。ハムステッド・ビレッジが急な丘の上にあるため、その麓にある駅は深く、地下58.5メートル。ギネス・ブックにも載っている。考えてみるともっと驚くのは、そのオープンが1907年ということ。日本ではまだみんな着物を着ていた明治時代、そんなところまで掘った英国鉄道マンたちの偉業に拍手!(日本で1番深い駅は大江戸線六本木駅42m)
ロンドンの地下鉄って、日本のそれと比べて、どこもかしこもエスカレーターが長いと思わない?中でも1番長いのが、これまたノーザン・ラインにある「エンジェル駅」。世界一とは言えないけど、西ヨーロッパ最長のその記録は、長さ60メートル。たしかに下から見ると、頂上が見えないほどの長さ!昨年には、ここをスキー板を履いて滑り降りるという無謀な挑戦をして、地下鉄員や警察からかなりの処罰を受けた輩もいるのだとか。アルペンを思い出させるような佇まい、さすがは英国一の長さだ。
英国が世界に誇る「1番」と言えば、こちらもおなじみの「ロンドン・アイ」。1999年に完成した観覧車で、頂点までの高さは135メートルと世界最大!だったはずが、2007年3月、中国にそれを超える160メートルの巨大観覧車が完成、トップの座を奪われた。しかし、英国内ではしばらく1番でいられることは間違いないだろう。また、ロンドン・アイの1 つのカプセルの定員は25人で、これはいまだに世界一!
建築規制が厳しく、「高いビル」なんて存在しなかったヨーロッパ。そこへ1966年、当時の英国人たちの度肝を抜く高さでそびえ立ったのが、117メートルの「Centre Point」。その後15年間、他の追随を許さぬ高さで不動の地位を誇っていた。しかし時代は移り変わり、1980年にはさらに高い183メートルの「NatWest Tower」(現・Tower 42)が完成。そして、1990年には、ついに200メートルの大台を超えた「One Canada Square」が登場。235メートルの高さを誇り、今のところこれが英国一の高いビル。しかし21世紀も迎えた今、2012年にはオリンピック開催を控えていることもあって、ロンドンではスカイスクレイパーの建設ラッシュが起こっている。中でも、2012年完成予定の「Shard London Bridge」は、310メートルの高さで堂々の1番になる予定だ。
たいと
英語
ジョン・グレン
ギネスブック
ルイス・フィリペ
君が代
500円玉
一般に流通しているなかで、世界一額面の高い紙幣が、シンガポールの「10,000ドル札」。 日本円にしてなんと、 これ1枚で75万円超!うっかり落としたり、スラれたりしたら大変!(※2005年時点)
オンラインで申請 4~6週間で審査結果が
鮭の日
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サッカーの日
下駄の日
配線器具の日
リメンバランス・デー





いまだに古めかしい儀式を行なうのはなぜ?
フリーメイソンの起源

コベント・ガーデンの駅を出て東に歩いていくと、すぐにグランド・ロッジの建物が目に入った。期待と不安を抱えながら建物に近づいていくと、ちゃんと博物館の案内が出ていた。そして、建物に恐る恐る足を踏み入れる。左側から突然声がかかったので振り返ると、そこには老紳士が。ここで博物館に行きたいことを伝えて、受付名簿にサイン。建物内の博物館の場所と、30分後に無料のガイド・ツアーが実施されることを教えてくれる。どことなく語り口も穏やかで、さすがは友愛を信条とするフリーメイソンだと感心する。
ツアー開始を待つ間、博物館の展示を見る。ここには、フリーメイソンの衣装を始めとする様々なコレクションが展示されている。ガイド・ツアーが始まる時間になって、ガイドの老紳士が現れる。ちなみに、ガイド・ツアーは1時間おきにあるようで、この老紳士も「今日3回目で疲れたよ」と冗談交じりに言う。ガイド・ツアーの参加者は意外にも多くて総勢10名。その国籍は米国人の老夫婦が2組4名、ニュージーランドの若者が2人、スペインからの女性が2人、アジア系の女性が1人、そして筆者である。
まずは、簡単なフリーメイソンの概略の説明から始まった。この老紳士はガイド担当だけあって、話もユーモアにあふれていて参加者を楽しませてくれる。いよいよ建物の内部に入ると、最初の部屋には歴代のグランド・ロッジにおけるグランド・マスターの肖像画が。そこには現在のグランド・マスターであるケント公の顔もあった。
続いて両脇にたくさんの部屋が並んだ幅の広い廊下を通ると、床も壁もきれいに磨かれていることに気付く。さすがフリーメイソン、細部まで手入れが行き届いているな、と妙に感心しつつ歩いていくと、Grand Templeと呼ばれるフリーメイソンの儀式が行われる大ホールの前に辿り着く。ここの天井にはフリーメイソンのシンボルを使った装飾が描かれていることを発見。Grand Templeの入口となっている大きなドアに施された彫刻の説明を終えた老紳士ガイドが、ついにそのドアを開ける・・・・・・。

5月17日発行の本誌では、

英国の「知の権威」が語る捕鯨問題 ①
捕鯨活動が最も活発に行われた18世紀には、当時英国の主要港であった英国北部の都市ハルとロンドンが2大拠点となっていました。この2地点から年間何百という単位で捕鯨船が出航し、大きく分けて2カ所に向けて旅立っていったのです。1つはグリーンランドや、カナダ沖のデービス海峡といった北方の海。もう1つは南方の海で、太平洋や南米の海岸部、そしてハワイと日本の中間点となる海域でも捕鯨を行っていました。

英国の「知の権威」が語る捕鯨問題 ②






ゴードン・ブラウン首相(56)

ジャッキー・スミス内務相(44)
アリスター・ダーリング財務相(53)
デービッド・ミリバンド外務相(42)
エド・ボールズ児童・学校・家族相(40)
ダグラス・アレキサンダー国際開発相(39)
ジェームズ・パーネル 文化・メディア・スポーツ相(37)
ジョン・ デナム 革新・大学・ 職業技術相(54)
ショーン・ウッドウォード 北アイルランド相(49)
ハリエット・ハーマン下院院内総務(57)
ヘーゼル・ ブリアーズ コミュニティー・地方自治相(51)



5月末から自然史博物館で始まったこのスペシャル・エキシビションは、入場者全員が南極探検隊の一員となって、いろんなチャレンジをこなしていくというもの。-10℃というレアな世界を体験できたり、実際に南極探検で使われていた道具を見学したり、知っているようで知らない極地に関するクイズやゲームに挑戦したり、始めから終わりまで興味津津!テレビや映画でしか見たことのない南極の世界、果たして何人がサバイバルできるのでしょうか!?
凍ったバナナで釘も打てる
かわいいあの子の離乳食は? 
寒い&怖いは当たり前……?

乗りこなせれば天下無敵!
ここで展示されているのは、実際に南極で使われていたスノー・モービル。しっかりしたシートで、乗り心地バツグンです。運転に特別な免許はいらないそうなので、この機会にコツを覚えてしまっても良いのでは?ちなみに、深く積もった新雪の中を運転するのが一番難しいそう。
リサーチ・ステーションでは、体験隊が実際にどんな部屋で生活し、仕事をするのかが学べます。お店も、テレビも、車も、病院もない、地球で最も孤独な大陸、南極。若き隊員見習いたちは、ここで無事に1年を過ごせるのでしょうか? 
実際に英国陸軍で支給される非常食をもとにつくられたサバイバル・パック。アルミニウムの袋は、直接火にかけることもできる。中身は栄養価の高いエナジ ー・フード、コーヒー・セットなど
アデリー・ペンギンの白と黒を強調したかったのだろうけど……。大胆な発色のこの飴は、クロスグリのフレーバー。もちろん舌や唇にも着色するので、舐める時は気をつけて
ロンドン中心部からさほど遠くない場所に、本格的な遊園地があるのはご存知ですか?500エーカーもの広大な敷地に、25以上もの乗り物やアトラクションがぎっしり詰まったソープ・パーク。ここでは、絶叫系アトラクションを制覇しなくては気がすまない「上級者」や、恐いもの見たさでマイペースに楽しみたい「中級者」、そして小さなキッズたち「初級者」が、皆それぞれ満足できること間違いなし。日ごろのストレスや「なぜ夏が来なかったんだ……」という憤りを、アウトドアで思う存分発散しちゃいましょう!
ほぼ90度!を時速130キロで急降下!


バンジ-&逆バンジ-に挑む 


⑦ Ribena Rumba Rapids
⑧ Mr. Monkey's Banana Ride
⑨ Sea Snakes And Ladders
世界中で愛される人気キャラクター、機関車トーマスとその仲間たち。チビッコなら誰もが、あの青い列車に乗って、シュッポ、シュッポと風を切って走るシーンを心の中に抱いているはず。そんな子供たちのイマジネーションを実際に叶えてくれるのが、このイベント。英国各地のヘリテージ・レールウェイに、サー・トーマス・ハットやファット・コントローラーをはじめ、おなじみの機関車たちが勢ぞろい。トーマスとディーゼルのレースやさまざまなアトラクションが繰り広げられるほか、もちろん、実際に乗り込むのもOK! 本物の蒸気機関車に乗れるなんて、大人もワクワクの新鮮な感動に出会えるはずですよ。
ブロックと言えばレゴ! 何百個、何千個、何万個もの小さなブロックを組み立てて、実にさまざまなモノを造りだしてしまうあのレゴ・ワールドは、お見事!うちの子も、こんな無限の想像力があったらなぁ……。それなら実物に触れるのが一番ということで、ここレゴランドで1日たっぷり遊びましょう。まず、目を見張るのが、約4000万個のレゴを使って再現されたロンドン。ビッグ・ベンもロンドン・アイも実によくできていて、思わずじーーっと見入ってしまう完成度の高さです。ほかにも、レゴでできた電動自動車やローラー・コースターなど「乗って楽しむレゴ」あり、レゴのスタッフの指導に沿って「作って楽し むレゴ」ありの充実ぶりです!
普段は都会の雑踏の中を走らせているマイカーに乗って、そのまま、さまざまな動物たちが暮らすサファリ・パークへ!窓の外、背の高~いキリンに手を振ったかと思いきや、ふと気づけば、あわやライオンが大接近!?はたまた、クマやオオカミが走ってついてきたりして、まさに野生の王国にワープしたかのような感動を味わえます。飼育スタッフの話を聞いたり、実際に動物たちと触れ合ったりできるほか、鳥のフライング・ショーなどさまざまなアトラクションもお楽しみ。また、このサファリ、実はWoburn Abbeyという美しいカントリー・ハウスの付属施設で、他にもゴルフ場や豪華なアコモデーションなども。せっかくなら、泊りがけで出かけたい一大スポットです。
普数あるプラネタリウムの中でも、グリニッジ天文台で繰り広げられるそれは、世界でも随一!最新のデジタル・レーザーでドームいっぱいに映し出される満点の星空は、本物を凌ぐ迫力で、思わずため息ものの美しさ。そこへ現役の天文学者が星の誕生からその死まで、ドラマティックなストーリーの語り部となって、宇宙探検の旅へ連れて行ってくれます。さらに、メイン・プログラムの後には、さまざまな疑問・質問に分かりやすく答えてくれるというおまけつき。キッズの知的好奇心が満たされるのはもちろん、大人にとっても、小さな悩みなんて吹き飛ぶほどの壮大な世界に夢がふくらみそう。
映画に出てくるクールなスパイを見ては、私もスパイになりたい!な~んて憧れてた子はいない?はい、なってくださいスパイに!というのが、サイエンス・ミュージアムで行われているこのエキシビション。まずはスパイ・メーカーに雇われ、暗号の解読法や変装の仕方、嘘の見極め方など、スパイに必須のスキルを修得。そして、本格的なスパイ道具を持たされ、闇の組織の実態を暴くために、いざ出陣!しかし、敵もなかなか手強くて、最新のセキュリティ・ガードをはじめ、あの手この手でスパイの侵入を防ごうとする……。さあ、あなたは無事ミッションを成し遂げ、ファイナル・ステージまで進めるか!?
ガーデンハットやサングラス、プリントTシャツなどのオリジナル・ウェアを作ったり、顔にペインティングをしておちゃめな昆虫に変身したり、顔はガードして 蜂の巣を見学したり、併設のガーデンで採れたハーブでパンやビスケットを焼いたり……。夏休みのキッズたちに、とっておきのお楽しみとなりそうなのが、ここGEFFRYE MUSEUMで開かれている「サマー・ホリデー・アクティビティ」。下は3歳から上は15歳まで、年齢別に考えられたワークショップは、実にさまざま。なかでもアート・クラフト系は充実で、世界でたったひとつのモノをつくれ ば、夏休みの課題にもぴったり。
爽やかな風に吹かれて、パッカ、パッカ、パッカ……。大人でも一度は挑戦してみたいと思う、上品で優雅な乗馬。でもご存知ですか?実はこれ、普段は使わない筋肉を使うので、見た目よりも意外にハードでいい運動になるんです。今年の夏は、天気もパッとしなくて気分も晴れないという人たち、親子そろって挑戦してみませんか?しかも、ロンドンのど真ん中、ハイド・パークでトライできるというのだから、お手軽さも満点。未経験でも、スタッフの丁寧なレッスン(有料)があるので大丈夫。無邪気で純粋なキッズたちは、大人より案外すんなり乗りこなしそうですね。
ロンドンのテムズ河東部から、エセックス、フォートフォードシャーまで50キロ以上にも延びる広大な公園が、ここリー・バリー・パーク。豊かな自然の中、魚 釣りやボートなど、水辺のアクティビティが充実。また、敷地内の散策に出かけたいなら、便利なレンタサイクルがおすすめです。都心の真ん中とは違う新鮮な 空気に、大人の方が気分すっきり癒されそう。また、グリルの貸し出しもあるので、食材を準備していけば、緑に囲まれた公園の中でバーベキューを楽しむこと も可能。大自然の中、思い切り体を動かして、おいしいものを食べて遊べば、親子のコミュニケーションもぐっと深まりそうですね。
1989年7月、BPは陸軍省より、第二次ボーア戦争最中のアフリカに赴く命令を告げられる。豊富な金の鉱脈を巡って南アフリカのトランスバール共和国と争ったこの戦争でBPは、「マフェキングの包囲戦」と呼ばれる戦いに参加。8000人以上の敵軍に、200日以上にわたって包囲されるという事態に見舞われた。

BPは、子供たちを4組のグループに分け、8日間にわたって共同生活を送らせた。キャンプ活動の内容は、テントの張り方や地図の使い方の講習、野生生物の観察、救助法や愛国心の勉強など。それらすべての学習には「体験重視」という方針が貫かれていた。ボーイスカウト運動について述べる際、「すべての子供たちに、彼らの方法でいいから自分で火を起こさせろ。失敗したことが分かったら、今度は正しい方法を教えて、もう1回試させるんだ」と再三にわたって語ったように、BPは子供たちが自分たちで失敗を体験することが重要だと考えていた。そして失敗の中にこそ教育の本質があるというのが、彼の思想であったのだ。
1908年になると、BPは後に聖書、コーラン、毛沢東語録に続く20世紀のベストセラーとなる「Scouting for Boys」という名の本を出版する。6部構成のこの本においては、まずボーイスカウトの心得とでも言うべきものが、騎士道、アフリカ民族の風習など多彩な例を挙げながら説明されている。そして意外にも日本に関する記述も多い。日本の武士道、柔術の思想を称えながら、寒風摩擦の効用などを説いている。文章中では日本人を「Jap」と呼んでいるところに時代を感じる。






