英国が世界に発信する音楽といえば、すぐに思い浮かぶのがインディーズ系のロック・バンド。でも最近それに負けじとチャートに色を添え、記録破りのヒットを飛ばしているのが女性ソロ・アーティストたちだ。アイドル・グループの一員じゃないと売れなかった時代は終わり、ようやく日の目を見ている英国の歌姫たち。英国を語る上では外せない、そして今年大注目のアーティストたちをご紹介しよう。
(本誌編集部: 國近絵美)
1983年9月14日生まれ ロンドン出身
ジャンル:ソウル、ジャズ、R&B
担当:作詞・作曲も手掛ける

血だらけのバレエ・シューズ、剃刀の切り傷だらけの腕、マスカラが流れ落ちた頬。自傷行為にドラッグ中毒、そして投獄中の夫。もしエイミー・ワインハウスに歌がなかったら、彼女は一体どうやって生きていたのだろう。そしてもし彼女がいなかったら、英国のタブロイド紙は毎日どうやって紙面を埋めるのだろう──そんな心配をしてしまうほど、あらゆる種類の不幸を煮詰めたような濃く重い問題を抱え、そしてそのほとんどが現在進行形で大々的に報じられている彼女。それでもエイミーのCDが売れ、世界各国で賞を受賞し続ける理由は、まさに「才能」という一言につきるだろう。
03年にアルバム「Franc」でデビューし英国だけで67万枚のセールスを記録、ブリット・アワードやマーキュリー・プライズの候補入りを果たす。そして06年に発表したセカンド・アルバム「Back to Black」ではグラミー賞5冠を始めとする、ありとあらゆる賞を総なめに。先日発表された英国の30歳以下の音楽業界長者番付では資産2000万ポンド(約44億円)で堂々の10位に輝いた。トレード・マークであり「ハチの巣」と呼ばれる後頭部もっこりヘア・スタイルは知名度と共に人気を集め、あのシャネルのデザイナー、カール・ラガーフェルドをも魅了し「彼女こそミューズだ」といわしめるほど。最近ではギャラが1億円を超えるライブの依頼も続いているようで、まさに英国が世界に誇る「歌姫」に成長した。
とはいえ、エイミーには凡人離れした不幸がよく似合う。名字をもじった「Wino(安酒飲みのアル中)」という愛称そのままに、酒もドラッグも倒れるまでとことん楽しみ、去年11月から収監中の夫とは「21世紀のシドとナンシー」 ともいうべく激しい愛憎劇を繰り広げる。頬っぺたに根性焼きを入れようと、オーバードーズで入院しようと、ライブをどたキャンしようと天下御免。でも、「天城越え」をカバーさせたら天下一品、そして極妻が誰よりも似合うに違いないエイミー姐さんの激しさ、これからは音楽活動一 本に絞って欲しいところだ。
1985年5月2日生まれ ロンドン出身
ジャンル:ポップ
担当:作詞・作曲、ギター

ひらひらのドレスにスニーカーという出で立ちで颯爽とUK音楽業界に登場したリリー・アレン。オンラインのコミュニティ・サイト「MySpace」でデモ音源を公開しデビュー前からファン獲得に成功した、その後に続く「ネット出世型アーティスト」の先駆けだ。小鳥さんのような可憐な声とは裏腹に、日常生活を毒舌たっぷり、コックニー訛りもろ出しで唄うその姿はまさに「近所のネエちゃん」。男勝りで飾り気のないイメージと、アイドル系セレブとの口喧嘩やサイズ・ゼロ批判も手伝って、一躍全国に浸透した。
個人的な好き嫌いはともかく、リリーの英音楽業界への一番の貢献は「べったり濃厚、どこまでも追いかけます失恋女」系、あるいは「私って超セクシーでしょ」アイドル・グループ系といった、それまでメジャー受けしていた女性アーティストの枠をぶち壊したことだ。バンドが主流の英音楽界に、ポスト・リリーとして口達者な女性歌手が多く登場したのもまさに彼女が切り開いた道のおかげ。音楽もキャラも好き嫌いがはっきり別れるのはこの際ご愛嬌といったところだ。
コメディー俳優のキース・アレンを父に持ち、映画プロデューサーの母親に、弟も最近注目株の俳優という芸能一家出身のリリー。とはいえ、酒やドラッグの使用が見つかって13校もの学校を転々とし15歳でドロップアウトしたお転婆娘でもある。その同じ年には、母親に友人宅に泊まると嘘をついてイビサ島でドラッグを売って生活したり、恋人との別れを苦に自殺未遂を図り、監視つきの施設に4週間入院したりしたという、エイミー・ワインハウスもびっくりのエピソードも隠し持つ。今年初めに当時恋人であったエド・シモンズ(ケミカル・ブラザーズ)との子どもを流産してから元気が無いとはいえ、現在2枚目のアルバムを製作中。BBCにトーク・ショー「Lily Allen and Friends」を持ち、演技の世界にもかなり興味を示しているといわれる彼女、しばらくはリリー節でお茶の間を賑わしてくれることだろう。
1984年6月23日生まれ ウェールズ出身
ジャンル:ソウル、ポップ
担当:作詞・作曲

モータウン風な60’sサウンド、スモーキーな声に拳を利かせた独特の歌い方、小柄ながらプリプリしたセクシーさ ──古いアルバムから取り出したような、洗練されつつも肌なじみの良い「ヴィンテージ」な雰囲気をかもし出すダフィ。そしてそれらのイメージと、ウェールズの村出身という「田舎者=素朴」なギャップが彼女の売りだ。
人口約2500人という村で10歳の頃までウェールズ語を母国語として育ったダフィは、歌手を夢見ていたものの全く手ごたえがなく、夢を諦めかけていた。だが手当たり次第に送ったデモ・テープが名インディーズ・レーベル「ラフ・トレード」の創立者に気に入られ、ロンドンに移動。元「スウェード」のバーナード・バトラーをプロデューサーに迎え、デビューするや否や大ヒット、英国ではすでにレオナ・ルイスのチャート記録を更新する勢いだ……。
こう聞くとまるで英国版シンデレラ・ストーリーだが、 ダフィの事務所が打ち出すイメージは、マドンナも所属する広報事務所という「プロ中のプロ」によって、盆栽のようにきれいに剪定されている。例えば13歳の頃に母親が再婚した際、元妻が3000ポンドで義父の暗殺者を雇っていたとか、19歳の時にオーディション番組「Wawffactor」(ウェールズ版「Xファクター」)に出場して準優勝していたとかいう話は、全く聞こえてこないのだ。そのうちダフィのソウルフルな歌声と共に、レーベル契約からデビューまでの謎の準備期間4年間の話も、聞こえてくるかも……?
1988年5月5日生まれ ロンドン出身
ジャンル:ソウル、ジャズ
担当:作詞・作曲、ギター

「男に不自由しない限り痩せようと思わない。で、不自由してないから痩せない」。そう豪語する、日本では滅多にお目にかかれないタイプの、しかしとっても英国人らしい歌手、アデル。先月恋人がバーバリーのモデルに乗り換えた時も「絶対に痩せない」と言い切った彼女は、現在、英国音楽業界が最も注目している新人の1人だ。
「第2のエイミー・ワインハウス」として売り出されたアデルの魅力は、なんといっても圧倒的な包容力を持ち「トラフィック・ストッパー(思わず立ち止まってしまう声)」と称される声音。「お母ちゃん」と呼びかけたくなるオバタリアン・キャラも、歌い出すと一転、19歳(5月5日で20歳)とはとても思えない、酸いも甘いも知りつくした憂い漂う歌姫に激変する。シングル・デビューする前に老舗音楽番組「レイター・ウィズ・ジュールズ・ホランド」でTVデビュー、そしてアルバム発表もしていないうちから08年度のブリット・アワードで、批評家たちが最も有力な新人に贈る「Critics Choice」賞を受賞するなど、異例のラブコールを受けているのも頷ける。
一方で、タバコと下ネタとゴシップ雑誌が大好きというアデル。業界には珍しく、スパイス・ガールズやガールズ・アラウドといったバリバリのガールズ・ポップも大好きと認める正直者でもある。「将来はポップ歌手に曲を書いて、印税で暮らしていきたい」というから、意外な場所で彼女の名前を目にする日も近いかもしれない。
1985年4月3日生まれ ロンドン出身
ジャンル:ポップ、R&B
担当:作詞・作曲

オーディション番組「Xファクター」に出場し、審査員から「スターとしての素質がない」など厳しい意見を言われながらも見事勝者となったレオナ。「英国版『ASAYAN』出身ということは、英国版『モーニング娘。』ってこと?」という疑問は全くの杞憂で、「第2のマライア・キャリー」 と称される、歌唱力が売りの正統派ディーバなのだ。
06年に発表したデビュー・シングルが30分で5万人にダウンロードされ世界記録を樹立して以来、英国、米国のみならず全世界で様々な記録を打ち立てている、「英国の星」となったレオナ。これまで米国からの輸入に頼っていたR&Bやポップのジャンルで、米国チャートを駆け上ってぎゃふんと言わせてほしいところだ。ただ問題は、家族受けの良い「いい子ちゃん」イメージがこれから吉と出るか凶と出るか。9歳の頃から仲が良い彼氏と同棲中というのも、今の英国音楽業界では逆にちょっと浮きすぎな気も……。
1987年7月6日生まれ ロンドン出身
ジャンル:ポップ、ロック
担当:作詞・作曲、ギター、キーボード、ベース

13歳のころから作曲を始め「歌う物語作家」と呼ばれるケイトは、落語家のような機転やトンチの利いた歌詞が人気。類稀なる人間観察力と、それを歌詞に置き換えキャッチーな曲をつける才能は、まさに「第2のリリー・アレン」の謳い文句がぴったりだ。
でも実はケイトが夢見ていたキャリアは女優で、高校は演劇学科だったという。卒業後に演劇学校のオーディションに行き失敗し、失意を紛らわそうと映画を観に行ったら階段から転がり落ちて足を骨折。3週間寝たきり状態になった時に両親からエレキ・ギターをプレゼントされ、足を動かせるようになるとライブを決行した。MySpaceで発表した音源をリリー・アレンが褒めちぎったことから爆発的に人気が出て、あれよあれよという間にレーベルと契約へ。才能さえあれば「棚からぼた餅」もこんなに上手くいくものか……とため息ものだ。
1980年1月18日生まれ ロンドン出身
ジャンル:ヒップホップ、R&B、ラップ、ソウル
担当:作詞・作曲、プロデューサー

04年にデビューしながらもひっそりと消え去り、今年3月にシングル「アメリカン・ボーイ」のヒットで堂々のカムバックを果たしたエステル。自身のレコード・レーベル「Stellar Ents」を持ち、20代とはとても思えない貫禄に溢れる彼女は、現代のUK音楽業界に1人立ち向かう獅子のような存在だ。「黒人女性アーティストよりも白人女性アーティストが優先されている」とか、「英国人ヒップホップ・アーティストの市場がない」とか至極まともなことを言うかと思えば、大きく的外れするのが玉にきずでもある。
アデルとダフィを名指しで「彼女たちは『黒人音楽』を歌っているっていうけど、彼女たちの音楽なんて私には何の意味もない」と罵倒。ダフィに「才能と願望さえあれば、肌の色なんて関係ない」とまっとうな反論をされている。英国に見切りをつけて米国に移動し、今回逆輸入という形でようやくヒットしたのだから、鼻息荒くなる気も分かるけれど。

「世界は狭い」というけれど、UK音楽業界は本当に狭い!というわけで、今回紹介した歌姫たちの人間関係やつながりを覗いてみよう。
「The BRIT School for Performing Arts & Technology」、通称「ブリット・スクール」。BRITとは「The British Record Industry Trust」の略で、所在地はロンドン南部のクロイドン。助成金を得ているが政府からは独立した機関で、パフォーマンス・アートとメディアの教育のみに焦点を絞った英国唯一の無料学校である。
英国のグラミー賞と称される「ブリット・アワード」は、学校の資金集めとして開催されていることで有名だ。ヒット・チャートを同卒業生が独占してしまいそうな、今最も勢いのある英国の「タレント養成学校」で、インディーズ系バンド「フィーリング」やグラミー賞候補入りも果たしたイモジェン・ヒープも同校の卒業生。
ドイツ生まれのふわふわの天使、北極グマのクヌートが世界中で熱狂的な人気を集めると、その後別の北極グマが生まれる度に「新生クヌート」として大々的に紹介される今日この頃。そう、これこそが音楽業界でも顕著に見られる「便乗してしまえ現象」なのである。
例えば、エイミー・ワインハウスが爆発的に人気となると、彼女のファンたちは「同じジャンルの音楽をもっと聴きたい」という欲求を持つようになる。するとレコード会社はここぞとばかりに同類の新人を売り出しにかかり、彼女たちが好もうと好まざろうと、同じジャンルのアーティストだと分かり易いよう「第2のエイミー」と呼び大々的に宣伝するのだ。
アーティストたちの生の声を聞くことはもちろん、今やセールスにも影響を及ぼす業界の「広告ツール」となったMySpace。今回登場したアーティストたちのヒット数で、ファンの注目度を見てみよう
| 1位 | リリー・アレン |
1570万ヒット
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| 2位 | レオナ・ルイス |
1381万ヒット
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| 3位 | エイミー・ワインハウス |
1250万ヒット
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| 4位 | ケイト・ナッシュ |
888万ヒット
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| 5位 | アデル |
295万ヒット
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| 6位 | ダフィ |
225万ヒット
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| 7位 | エステル |
171万ヒット
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*数字は全て4月29日現在。万単位以下は省略



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夫: ゴードン・ブラウン (英国首相)
夫:デービッド・キャメロン(保守党党首)
夫: ニック・クレッグ (自由民主党党首)
夫: エド・ボールズ(児童・学校・家庭相)
夫: トニー・ブレア(元英国首相)


















視覚に訴えるものは、心にも訴える──ビジュアルを重視した舞台デザインに定評のあるシアター・カンパニー「Fevered Sleep」による、「光」に焦点を当てた3、4歳向けの劇。この作品は、いうなればこれまでの作品群の「いいとこ取り」だ。生演奏の音楽に合わせて、美しい照明やちびっ子たちの想像をかきたてる舞台装置や演出が惜しみなく披露される。さあ、柔らかくって温かい、光で作られた空間に飛びこんでみよう。
1軒のレストランを舞台に、父親、息子、孫という親子3代にわたる男たちの物語を描いたダーク・コメディー。そしてこの物語が演じられるのは元ピザ屋という、なんともストーリーにぴったりの空間だ。自分のルーツは何なのか。自分は今、住んでいる場所に馴染んでいるのか。なぜ皆そんなに不安そうに生きているのか。なぜ、皆はじっとしていられずに移動し続けるのか……。笑いの裏に潜む、現代社会に生きる男たちの生の声と疑問に耳を傾けよう。
デジタル映像が織り成すバーチャル世界で、官能的に、グロテスクに、非現実的な突然変異を繰り返す1人の人間。ダンスとインスタレーションが見事に溶け合ったこの作品は、ダンス・カンパニー「Chunky Monkey」と、ビデオ・トラッキング・システムの開発者とのコラボレーションによって実現した。体の動きを光や模様に変えるシステムの手にかかれば、ダンサーは瞬く間に異生物に変身。幻覚を見ているような錯覚さえ起こすこの視覚効果に備わった、現実世界からの束縛を解く力を体験しよう。
アンドリュー・デイビス(写真)による指揮のもと、フィルハーモニア管弦楽団が死、誕生、愛、そして救いという普遍のテーマを音に託し、人間であるがゆえの疑問を考察する。演目はエレクトロ・アコースティックな作品を多く発表する前衛的な作曲家、ジョナサン・ハーヴィーの「Tranquil Abiding」と、死者へ向けた哀歌と復活をテーマにしたマーラーの交響曲第2番 「Resurrection Symphony」。
約70年前ブライトン・ドームでは、1936にも及ぶ手作りのパイプから成るパイプオルガンが目玉であった。そしてそれを再現しようと考えたのが、ベルリン出身のロバート・リポックだ。エレクトロニカの第一人者として活躍する彼は、なんと3000ものパイプを使用したオルガンに挑戦。さらに、 オーストラリアで前衛的な音楽を発信するトリオ「The Necks」も参加、リポックと共にオルガンで「まさか」の冒険に出る。
フランス人劇作家のカロン・ド・ボーマルシェによる風刺的な戯曲にモーツァルトが作曲したオペラ「フィガロの結婚」を、クラシカルな作品を大胆に改作することで有名な「アルモニコ・コンソート」が上演する。封建貴族に仕える家臣フィガロの結婚式をめぐる事件を描く、というのがオリジナルのストーリー。貴族を痛烈に批判したスキャンダラスな内容のため、当時は上演禁止になることも度々あったというこの物語が、今回は舞台が18世紀から1950年代に移されて展開するという。
フェスティバルの初日を飾るのは、英国の小学校70校と地域コミュニティーたちがそれぞれ1年間かけて計画したという、キッズが主役のパレード。今年で開催18年目を迎えるこの行進では、毎年4000人もの子どもや保護者たちが参加し、思い思いのクリエイティビティーを発揮している。
英国のデジタルアート・グループ「ブラスト・セオリー」による、観客に現実とバーチャル世界で同時進行するゲームに参加してもらうという、一風変わったパフォーマンス。モバイル機能を使用したハイテクなワイヤレス・ゲームを、なんと自転車で町を走りながら体験できるという。自慢の愛チャリを持参するも良し、会場で借りるも良し、ゲーム機とヘッドセットを着用したら、それが物語の幕開けだ。



正式にはNational Identity Management Systemと呼ばれる、通称「IDカード計画」。従来の身分証明書とは違い、個人情報を電子化しコンピューターに登録、政府が管理するシステムと連結させるというもの。NIRには住所氏名はもちろん、警察との接触歴など50カテゴリーもの個人データが保存され、常にアップデートされる。カードには指紋・顔写真などの生体認証が付けられ、身元確認とともに、NIRに保管されている個人データの照会が可能に。建物の出入りや交通機関の利用など、生活のあらゆる場面で対応スキャナーが導入され、エントリー記録がデータベースに保管されることも考えられる。NIRはさらに、内務省に許可された外部機関とのデータシェアが認められており、運転記録や診察記録といった他データへのアクセスも、当人の許可なしで行うことが可能になる。
最低限のコストとして、政府は5.8兆ポンド(約1300兆円)を算出。一方、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス(LSE)が出した見積もり額は、それを遥かに上回る28兆ポンド(約5300兆円)であった。これはカード解析ソフトに対応するコンピューター・システムを、政府の各部署に導入するコストを見据えた結果だ。結果的に加算される税金は、現在、国民一人当たり200ポンドと見積もられている。
英国の人口は約6000万人。この莫大な人数からデータを収集するのは並大抵ではない。まずは登録を促すシステムと、登録所の確保が必要だ。そこで、アイデンティティ・アンド・パスポート・サービスの管轄下、身元偽造を防止する目的で、パスポート申請の際に質問と指紋採取などを行う、通称「Interrogation Centre」の設置が開始された。イングランド東部に位置する街、ノーウィッチを皮切りに全国69カ所に設置予定で、運転免許証を取得する場合にも同じようなシステムを導入することが検討されている。
ガタカ(1997年)
ドラマ「The Last Enemy」
プロフィール 





Mottisfont Abbey
Nymans Garden


Montacute House




英国ナショナル・トラスト(The National Trust)は、1895年に設立された民間のチャリティー組織です。イングランド、ウェールズ、北アイルランドに270平方キロを超える美しい田園地帯と、960キロもの長さを誇る、自然のありのままの姿を残す海岸線、300カ所以上の歴史的建造物と230以上の庭園といったプロパティ(保存地)を保有・公開しています。これらはすべて会員や市民の手によるボランティアによって守られています。
ティー・ルームと並んで、ナショナル・トラストの大きなプロパティには必ずショップがあります。店内には、その地方独自の工芸品や、ファームの羊毛で作ったピクニック用のカーペット、センスの良いナショナル・トラストのブランド製品などが並んでいます。それらの商品はどれも観光地の定番土産品とは全く一線を画するもの。その証拠に、地元の人々はバースデーやクリスマスのプレゼントとして、ナショナル・トラストの商品を選ぶ光景がよく見られます。
英国ナショナル・トラスト日本人会とは













味、ボリューム、店の雰囲気。どれをとっても大満足のベジタリアン・レストラン
ティー・タイムもお薦めな、ブライトン生まれのベジタリアン・レストラン
海辺の街で本格的なシーフードを味わいたいならここ!
動物皮革不使用が自慢のシューズ・ ショップ。値段も50~80ポンドとお手頃
まずはここで情報収集を。電話でブライトン行きの格安列車チケットも購入可能。







赤タスキが目印、シャンパンの 代名詞
藤田嗣治が設計のかわいらしいチャペル
ドンペリで有名なモエ・シャンドン社
フランス最高職人のチョコ!

中央には温泉水を飲める噴泉がふたつあり、旅行者や地元っ子を癒す憩いの場となっている。コップを忘れたので手ですくって飲もうとしたが、水温はなんと52.8度。かなり熱いので、すくうのにひと苦労である。1ユーロ払えば、同じ建物内にある観光案内所でコップを入手出来ると聞いたので行ってみると、残念ながら売り切れとのことだった。
エリーゼンブルンネン
創業1890年の老舗カフェ。さまざまな形のプリンテンが楽しめる

ドイツで初めて世界遺産に登録された大聖堂
グラヌス(Granus)


The Beatles ビートルズ 


White Riot (1977)

04年には約20年の時を経てDVD化された。ダイアナ妃(当時)やフレディ・マーキュリーなど、今はなき人々の姿も記録されている




スミス京子
エスペン・クルカグ 
異なる試験にはそれぞれの傾向と対策があるが、どの試験を受けるにしても共通して覚えておきたい大事なことがある。この点について、ロンドンの語学学校 「ブルームズベリー・イン ターナショナル」のイアンウィッチ・ビンセント校長からのアドバイスを伺った。

16世紀後半から17世紀を生きた戦国大名。征夷大将軍として江戸幕府を開いた。関ヶ原の戦いを制して天下を取り、その後は武家諸法度、禁中並公家諸法度を制定するなどして国の制度を改め、天下統一を成し遂げた。後に264年にわたる「太平の世」と呼ばれる時代を築いた武将として歴史に名を残している。1616年没。
作家・劇作家。本名は平岡公威。東京帝国大学法学部卒業後、大蔵省銀行局を9カ月で退職し作家としての道を歩み出す。「仮面の告白」「金閣寺」「豊饒の海」など数々の名作を残し、ノーベル文学賞候補にもしばしば名が挙がった。過激な行動でも知られ、「楯の会」と呼ばれる武装組織を結成。1970年に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地にて割腹自殺を遂げる。
小説家、英文学者。「吾輩は猫である」「坊ちゃん」「倫敦塔」などの現代でも読み継がれる作品の執筆とともに、「私の個人主義」などに代表される講演活動などを通して19世紀後半に活躍した。また彼の自宅で開かれた「木曜会」からは、芥川龍之介や阿部次郎などの文化人が生まれている。1900年には英文学研究を目的にロンドンへ留学。1916年没。
映画監督。1943年に「姿三四郎」で監督デビュー。「羅生門」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞。ほかに「用心棒」「七人の侍」「八月の狂詩曲」などの作品を世に送り出して世界の脚光を浴びた。ジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグといったハリウッド界の関係者からも尊敬を集め、「世界のクロサワ」と呼ばれる。1998年に死去した。
明治時代の天皇。父の孝明天皇の崩御に伴い14歳で天皇に即位する。江戸幕府第15代将軍の徳川慶喜より大政奉還を受け、王政復古の大号令をもって天皇親政を開始。版籍奉還や廃藩置県といった明治維新と呼ばれる当時の日本の大改革を見守り、その後も日清戦争、日露戦争と続いた激動の時代を生きた。乗馬と和歌を愛する教養人としても知られた。1912年没。
戦国時代を生きた大名。桶狭間の戦いや長篠の戦いで勝利を収めて、天下統一の下地を整えた。比叡山延暦寺の焼き討ちなどの過激な政策で恐れられる一方で、キリスト教を保護したり、楽市・楽座などの全国的な経済政策を施行したりするなどの試みが評価されている。家臣の明智光秀に謀反を起こされ、1582年に本能寺で自害した。
武士、水墨画家、工芸家。江戸時代初期に「二天一流」と名付けられた二刀流などを含む独自の兵法を完成させた。佐々木小次郎との決闘が行われた「巌流島の戦い」のエピソードは有名で、歌舞伎や浄瑠璃、小説などの世界でも繰り返し描かれてきた。彼が著した兵法書である「五輪書」は現代でも愛読されている。1645年没。
軍人、政治家。戊辰戦争の指揮、そして勝海舟と共に江戸城の無血開城を実現させるなど明治維新において大きな役割を果たした。以後は参議として新政府に入るも、大久保利通らと政治的な対立を起こし下野。西南戦争の指導者となるが、この戦争に敗れて1877年に自害を遂げる。東京の上野恩賜公園にある、犬を連れた銅像が有名。
お笑いタレント、映画監督、俳優。浅草フランス座のエレベーター・ボーイとして働いた後に、お笑いコンビ「ツービート」を結成して1980年代の漫才ブームを席巻。1997年「HANA-BI」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞するなど、近年では映画監督としても活躍し、文化人として認知される。東京都足立区出身。61歳。
元首相。郵政大臣、厚生大臣、農林水産大臣を歴任し、2001年に内閣総理大臣に就任。「聖域なき構造改革」をスローガンに、郵政民営化を推し進めるなどの強力なリーダーシップを発揮した。そのほか、金正日書記との初の日朝首脳会談や靖国神社参拝を行うなどして話題に。マスコミを巻き込む政治劇は「小泉劇場」と表現された。神奈川県横須賀市出身。66歳。
お笑いコンビ「ダウンタウン」の芸人。吉本興業所属。漫才やコント、フリートークなど幅広いジャンルで活躍する。1984年にABCお笑い新人グランプリ受賞。エッセイ集「遺書」で250万部の売上を記録し、1994年度の高額納税者番付1位に。2007年には「大日本人」で映画監督デビューし、カンヌ国際映画祭に出展した。兵庫県尼崎市出身。44歳。
作家。1979年のデビュー作「風の歌を聴け」で群像新人文学賞受賞。1987年に発表した「ノルウェイの森」が計780万部を超す大ベストセラーとなり、「ハルキスト」と呼ばれる熱烈なファンを生んだ。2006年にはフランツ・カフカ賞受賞。長編小説、短編小説、随筆、ノンフィクション、翻訳と多彩な分野で才能を発揮する。京都府京都市出身。59歳。
ジャニーズ事務所所属のアイドル・グループ。1991年にデビュー。中居正広、木村拓哉(写真)、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の5人のメンバーで構成され、ドラマ、テレビCM、歌番組、バラエティ番組など日本の様々なメディアに登場し、一世を風靡している。2003年に発表した「世界に一つだけの花」はCD売上250万枚を超えるヒットとなった。
シンガーソングライター。「ヒッキー」との愛称で親しまれる。15歳で本格的な音楽活動を開始。1999年に発売された1stアルバム「First Love」が800万枚以上の売上となり、国内アルバム史上売上1位となる。2004年に全米デビュー、2005年には全英デビューを飾った。作詞作曲に加え、近年では編曲も手掛ける。米国ニューヨーク出身。25歳。
サッカー選手。スコットランド・プレミア・リーグの強豪、セルティックFCに所属。フリーキックの名手として知られる。2000年JリーグMVP。2002年日韓W杯本大会の代表メンバー落選を経験し、2005年よりセルティックFCに移籍。2007年にはサッカー記者協会とプロ選手協会の両方から年間最優秀選手として表彰された。神奈川県横浜市出身。29歳。
元サッカー日本代表選手。1995年にJリーグのベルマーレ平塚に入団。1998年イタリア・セリエAのペルージャに移籍。ASローマ、パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナと渡り歩き、2005年よりイングランド・プレミア・リーグのボルトン・ワンダラーズに所属。2006年に引退。ワールド・カップ3 大会連続出場。山梨県甲府市出身。31歳。
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「我輩」
「あぶない!」
「ギリギリ」
「心」
「めちゃくちゃ」
「頑張って」
「あいまい」






