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Fri, 06 February 2026

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EU離脱 ブレグジット(BREXIT)にまつわる10の疑問

EU離脱まで秒読み開始!or Not?EU離脱-BREXIT-
まつわる10の疑問

「まだ決まってないの?」、「もう聞き飽きた」。そんな声すらちらほら聞こえる「ブレグジット(英国の欧州連合からの離脱)」。2016年6月の国民投票で離脱が決まってから2年半以上が過ぎ、ここにきて離脱日(3月29日)が延長される可能性が大となってきた。ここで改めて、ブレグジットとは何か、基本事項を確認してみよう。(文: 小林恭子)

Q1そもそも 「ブレグジット
(Brexit)」とは?

「英国の欧州連合(EU)からの離脱」を指す。「英国または英国の(BritainまたはBritish)」と「退出する(Exit)」を組み合わせた造語。オックスフォード英語辞典によると、発案者は親欧州のシンクタンク「ブリティッシュ・インフルエンス」の創設者ピーター・ワイルディング氏。2012年、債務超過状態となったギリシャがユーロ圏から出る可能性が取り沙汰され、「ギリシャの退出」という意味で「グレジット(Greece+exit=Grexit)」という言葉が生まれたが、同年5月、ワイルディング氏は、英国が欧州で指導力を明確にしなければ、ギリシャのユーロ圏からの退出に続いて「ブレグジット」が発生するかもしれないとブログに書いた。その後、自分がこの言葉を使ったことをすっかり忘れていたワイルディング氏は、オックスフォード大学出版局から辞典に「ブレグジット」が加えられるという知らせをもらい、驚いたという。「人生には、時々、突拍子もないことが起きるものだね」と語っている。

ちなみに、「Exit」の英国読みはカタカナにすれば「エクスィット」。そこで「Brexit」を「ブレクスィット」と呼ぶのが英国風だが、ブレア元首相を始め「ブレグジット」と発音する人も少なくない。

Q2なぜReferendum(国民投票)を することになったのか?

国民投票結果

2013年1月、保守党と自由民主党(LDP)との連立政権を率いるデービッド・キャメロン首相(当時)が、演説で「次の総選挙で保守党が過半数の議席を獲得したら、国民投票を行う」と投票の実施を宣言した。党内の欧州懐疑派によるEUからの脱退を求める声が強まり、国民の中にも反EU感情が高まっていたことを受けての決断だった。2015年5月の総選挙では、保守党が単独で過半数の議席を獲得し、宣言通り国民投票の実施が確定した。

その結果、2016年6月23日に行われたEU残留か離脱かを問う国民投票は、離脱支持が51.9%(1741万742票)、残留支持が48.1%(1614万1241票)となり、僅差で離脱派が勝利。離脱が決定した。誰もが「残留」になると考えていたため、政治家だけではなく、多くの国民がこの結果を驚きをもって迎えた。

Q3これまで英国の首相は欧州統合にどんな対応をしてきたか?

エドワード・ヒースエドワード・ヒース首相保守党 在任1970~74年

親欧州度
100%

1973年、英国をEUの前身となる欧州共同体(EC)に参加させた。英国は当初欧州統合の動きに加わらなかったが、経済的利点を目的に1960年代に2度加盟申請。ドゴール仏大統領の反対で実現しなかったが、欧州との積極的な関係を望むヒース首相の下、ドゴール氏の退任(1969年)後、加盟が実現。

マーガレット・サッチャーマーガレット・サッチャー首相保守党 在任1979~90年

親欧州度
-100%

徹底した欧州懐疑派。1984年、ECへの拠出金が多い割りに恩恵が少ないとして、一定の払戻金が英国に支払われるようにした。ECの委員長ジャック・ドロール氏が欧州の統合深化を促したのに対し、「欧州の超国家主義者がブリュッセルで新たな支配を目指している」と演説(1988年)した。

ジョン・メージャージョン・メージャー首相保守党 在任1990~97年

親欧州度
50%

EUの創設を決めた「マーストリヒト条約」発効(1993年)時の首相。統一通貨不参加、欧州社会憲章からの適用除外を獲得した。サッチャー首相よりは親欧州だが、ECの連邦化の動きには警戒。1992年のブラック・ウェンズデー事件で欧州為替相場メカニズム(ERM)を脱退し、英国は変動相場制に移行。

ブレア・ブラウンブレア・ブラウン政権労働党 在任ブレア1997~2007年、ブラウン2007~10年

親欧州度
50%

1980年代前半まで、欧州懐疑派の労働党だが、ニール・キノック氏が党首となった頃(1983年)から親欧州路線に。トニー・ブレア首相は欧州社会憲章への参加、欧州安全保障・防衛政策(ESDP)の樹立を認め、ユーロ参加も視野に入れた。しかし、ゴードン・ブラウン財務相の反対で実現しなかった。

デービッド・キャメロンデービッド・キャメロン首相保守党 在任2010~2016年

親欧州度
20%

EU残留か離脱かを問う国民投票を実施させた。2010年以降、ユーロ危機が拡大し、ユーロを導入していない英国も欧州の財政支援を求められるようになった。このため反EU感情が募る中、EUを改革し英国の要求を通した上で国民投票実施し、残留が選択される構図を描いた。

テリーザ・メイテリーザ・メイ首相保守党 在任2016年から現在

親欧州度
?%

元残留派だが離脱強硬派の姿勢を維持する。「ブレグジットはブレグジットを意味する」が当初の口癖で、何としても離脱をやり遂げると確約。また、「EUの関税同盟からも、単一市場からも出る」、「悪い離脱条件であれば、EUとの合意がないままでも離脱する」と離脱強硬派であることを宣言した。

Q4離脱すると
どうなるのか?

「人、モノ、サービス、資本」の自由な移動を基本とする統合体としてのEUから離脱することで、「自由な移動」が停止する。例えば、EU域内の市民の英国での就労に制限がかかり、逆に英市民にはEU域内での就労が制限される。医療サービス、飲食業界などに多大な影響が出るかもしれない。また、これまで域内の国同士でのモノやサービスの移動、つまり貿易にはこれまで関税がかからなかったが、離脱で関税が発生する。英国はEUの加盟国として71カ国と40の特恵貿易協定(Preferential Trading Agreements)を結んでいるが、離脱によってこれが消えるので同様の協定を新たに結ぶ必要もある。さらに、EUの規則や法制度から抜け出ることになるが、離脱でビジネス及び生活面で支障がないよう国内で新たに規制、法律を整えなくてはならない。

Q5Article 50(リスボン条約の第50条)とは?

EU基本条約(リスボン条約、2007年締結)の第50条を指し、離脱の手続きを規定するもの。離脱を行う国がEU加盟国の代表らで構成される欧州理事会(首脳会議)に離脱の意思を通知することで、50条の発動となる。メイ首相が50条を発動したのは2017年3月29日。2年間で将来の英国とEU側との関係の枠組みを交渉し、合意を得ることを目指す。移行期間は全EU加盟国が同意すれば、延長もあり得る。2017年6月から、第1段階として英国に住むEU市民、EUに住む英市民の権利保障、英国がEUに払う清算金、北アイルランドの国境問題について協議が始まった。2018年11月、英国とEU側が離脱協定案(Withdrawal Agreement)に合意。議会での承認を経て、交渉の第2段階は通商関係が中心となる。

Q6Withdrawal Agreement(離脱協定案)とは?

2018年11月、英政府とEU側が合意した、離脱の条件を決める協定案を指す。文書は600ページ近くにまで達しており、これとは別に26ページにわたる、将来の英国とEUの長期的な関係を定める「政治宣言」も作成された。

離脱協定案の要旨

2020年12月31日まで、ほぼこれまで通りの状態が続く「移行期間」を定めた。英国はEU加盟国のとしての地位を失うが、期間中はEUの規則に従う必要がある。2020年から1年か2年の延長も可能だ。延長には英国と全EU加盟国の合意が必要で、2020年7月までに申請することが必要。

英国はEUに対し、「清算金の支払い」を求められており、その額は390億ポンド相当(約5兆7200億円)と言われている。数年間で払うことも可能。移行期間中の費用も含み、もし移行期間が延長された場合は追加金を払う。ちなみに現行では英国のEUへの支払いは実質で年間108億ポンド。

英国内のEU市民、およびEU域内の英市民は離脱後もこれまで通りの居住権と社会保険へのアクセスが保障される。同じEU加盟国に5年以上住む市民は永住権の申請ができる。ちなみに、政府は英国に住むEU市民でアイルランドの国籍を持つか永住資格を持っていない人は新たな在留資格の取得を申請する仕組みを整えている。

英領北アイルランドとアイルランド共和国の国境には「バックストップ(安全策)」が設定される。

Q7Backstop(安全策)
とは?

「バックストップ」(安全策あるいは緊急対策)は、離脱によって英領北アイルランドとEU加盟国であるアイルランドとの国境に問題が生じることを防ぐ方策を指す。離脱後、通常であれば物理的な国境検査(「ハード・ボーダー」)が必要となる。しかし、北アイルランドではアイルランドとの帰属を志向するカトリック住民と英国の一部であることを望むプロテスタント住民の間で私兵民兵組織を介してのテロ行為を含む暴力事件が発生し、3000人以上が命を落とした歴史(「北アイルランド紛争」)がある。国境検査所は、しばしば暴力行為の発火点となった。1998年の「ベルファスト合意」によって和平が成立し、現在、北アイルランドとアイルランドとの間にハード・ボーダーはない。

もしハード・ボーダーが再開すれば治安に悪影響を及ぼす恐れがある一方で、ハード・ボーダーがなければEU域内でのみ実現する人、モノ、サービスなどの自由な往来が離脱国英国でも可能になってしまう。

将来的に離脱した英国とEUがどのような通商関係を持つかは、今後の話し合いによるため、もし移行期間が終わる2020年末までに長期的な通商関係について両者が合意していない場合でもハード・ボーダーができないように、バックストップを設定した。

この案では、EUと英国の間には一種の関税同盟が締結される。北アイルランドについては単一市場のルールも部分的に適用されることになるが、バックストップを解消するためには、英国とEUの両方の合意が必要となる。離脱強硬派はそれが原因で「永遠にEUの規則から逃れられない」ことを危惧し大反対した。

北アイルランドとアイルランドの国境付近北アイルランドとアイルランドの国境付近

Q8合意なき離脱(No Deal)
とは?

離脱後の英国とEUの関係をどうするかを決める離脱協定に合意がなされず、3月29日の離脱予定日に英国の離脱が実現する状態を指す。離脱条件を決めずに離脱するので、2年間の移行期間は設けられず、「崖から飛び落ちるような離脱」になるとも言われている。北アイルランドとアイルランドの間には、ハード・ボーダーが復活する可能性が出てくる。また、英国は世界貿易機関(WTO)を通じてEUや他の国との通商関係を決めていく一方で、自由貿易を行う国を探すことになる。

3月13日、「いかなる状況でも合意がない離脱はしない」とする動議が下院で可決された。採決には法的拘束力がないものの、「合意なしの離脱」も離脱交渉の手段として重視する与党・保守党内の離脱強硬派への圧力となった。翌14日には、下院は離脱交渉の延長を申請する動議を可決した。

Q9なぜそんなに議会で
もめているのか?

2019年1月15日、メイ首相がEUと合意した離脱協定案が大差で否決され、議会は迷走状態に入った。代案が決まらず膠着状態となっている最大の理由は、意見を異にするグループが混在し、互いに譲らないからだ。まず、下院議員全体では残留派が大部分を占める。内閣は「ハード・ブレグジット(EUの関税同盟からも単一市場からも離脱)」を前面に出す離脱強硬派と「ソフト・ブレグジット(なるべく現状に近い離脱)」を望む穏健派とに分裂している。保守党内には、平議員ジェイコブ・リースモグ氏が指導者となる離脱強硬派の「欧州リサーチ・グループ(ERG)」があり、親欧州的な離脱案にならないよう、メイ首相に圧力をかける。一方の最大野党労働党は「離脱を実行する」というマニフェストで2017年の総選挙を戦ったものの、議員らは本音では国民の生活に負の影響が出ると予測される離脱に反対だ。コービン党首は姿勢を明確にせず、再度の国民投票を支持すると議会で述べたのは2月末だった。2月には、労働党議員8人と保守党議員3人による、中道政治勢力「独立グループ(TIG)」が発足した。メンバーは全員が残留派で、再度の国民投票の実施を望んでいる。

EU離脱における2大政党勢力図

Q10メイ首相の案と
他のグループの争点とは?

  3月29日、予定通りに離脱 バックストップ案 清算金の 支払い 合意なき離脱の可能性 再度の国民投票
メイ首相案
1月15日否決、
3月12日修正案否決
支持 賛成 賛成 あり 反対
欧州リサーチ・グループ
(ERG)
支持 反対 反対 あり 絶対反対
労働党 反対・
延長支持
メイ案に反対 メイ案に反対 なし 賛成
スコットランド独立党
(SNP)
反対・
延長支持
メイ案に反対 メイ案に反対 なし 賛成
独立グループ
(TIG)
反対・
延長支持
メイ案に反対 メイ案に反対 なし 賛成
民主統一党
(DUP)
支持 この設定そのものに反対 メイ案に反対 なし 反対

参考:www.bbc.co.uk(2019年3月19日時点)

第二次世界大戦後の欧州統合の歩み

1950 ロベール・シューマン仏外相がドイツとフランスの石炭・鋼鉄産業の共同管理を提唱(「シューマン宣言」)
1952 ベルギー、ドイツ、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダによる、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)成立
1958 欧州経済共同体(EEC)、欧州原子力共同体(EURATOM)設立(ローマ条約)
1967 ECSC、EEC、EURATOMの主要機関を統合。
3共同体の総称が欧州共同体(ECs)に
1968 関税同盟完成
1973 英国がアイルランド、デンマークとともに加盟
1981 ギリシャ加盟
1986 スペイン、ポルトガル加盟
1993 単一市場始動。マーストリヒト条約発効によりEU創設
1995 オーストリア、フィンランド、スウェーデン加盟
1999 統一通貨「ユーロ」導入(流通開始は2002年)
2004 チェコ、エストニア、キプロス、ラトビア、リトアニア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、スロベニア、スロバキア加盟
2007 ブルガリア、ルーマニア加盟
2009 リスボン条約(EU基本条約)発効
2013 クロアチア加盟
2016 英国がEUからの離脱を国民投票で決定

2019年、今後の予定

3月21~22日 EU首脳会議
3月29日 英国がEUから離脱(予定)

現在のEU加盟国

イギリス
オーストリア
ベルギー
ブルガリア
クロアチア
キプロス
チェコ
デンマーク
エストニア
フィンランド
フランス
ドイツ
ギリシャ
ハンガリー
アイルランド
イタリア
ラトビア
リトアニア
ルクセンブルク
マルタ
オランダ
ポーランド
ポルトガル
ルーマニア
スロバキア
スロベニア
スペイン
スウェーデン

現在のEU加盟国

英国で「反EU感情」が高まった深い理由とは……

独立独歩の精神にあふれる国民性

地政学的には「欧州」のくくりに入る英国だが、国内では「欧州に行く」という表現があるように、英国人にとって「欧州」とは「欧州大陸」、つまり「外国」という感覚がある。何世紀も前から欧州大陸にある国々との戦争を経験した過去を持つ英国。かつての大英帝国の歴史を自負し、独立独歩の精神にあふれる国民性から、第二次世界大戦後の欧州大陸で起きた統合の動きを、常に一歩離れた場所から見てきた。経済的利点を目的に、1973年にはようやくEUの前身となる欧州共同体(EC)に加盟したものの、その後もEUの統一通貨ユーロは導入せず、国境検査を通さないシェンゲン協定にも不参加だ。

押し寄せた移民と世界金融危機

2004年、旧東欧諸国を中心とした10カ国がEUに新規加盟したことで、ポーランドやチェコなどからの移民が増えた。新移民たちが教育、医療、雇用に圧迫感を与えていく中、2007年に世界金融危機が発生。2011年、ユーロ圏国家の危機を防ぐために英国も財政支援を求められた。もともと不満を抱えていたところにこうした動きが加わり、保守党内の右派「欧州懐疑派」や英国のEUからの脱退を求める英国独立党(UKIP)の運動活性化に火を付けた。UKIPが従来の保守党支持者を奪うことに危機感を抱いたキャメロン首相は国民投票という形で「ガス抜き」を試みたものの、大きな代償を払うことになった。

タブロイド紙が報じた英国の「離脱劇場」

その時々のニュースのトピックを、大げさにかつユーモアを交えて伝えるのが英国の新聞の特徴だ。特にタブロイド紙は「そこまで言わなくても……」と思うようなきつい表現も使うが、これは「権力者を徹底的に批判する・ちゃかす」反骨精神の表れとも言えそうだ。2016年の国民投票と翌17年の総選挙、そして今年になって行われた離脱案をめぐる動議の際の、各紙の見出しを拾ってみた。

「ADIEU」EUよ、さようなら

英国の新聞国民投票の結果判明後、各紙の1面はそれぞれ大きく異なる論調を掲載したが、「サン」紙は「EUよ、さようなら(Adieu)」を意味する見出しでEUを青くした。青はEUの色である(2016年6月)

「COR-BIN」コービンをゴミ箱に入れよう

The Sun「総選挙は保守党に投票しよう」と、コービン労働党党首をゴミ箱に入れた、「サン紙」の1面(2017年6月8日付)

「Dismay」困惑

Daily Expressメイ首相の離脱協定案が大差で否決された翌日、「Dismay(困惑)」の見出しが「デーリー・エクスプレス」紙に躍った。メイ(May)首相の名前の語呂合わせである(2019年1月16日付)

「BREXTINCT」ブレクスティンクト

The Sunメイ首相を絶滅した ドードー鳥に見立てた「サン」紙。「ブレグジット(Brexit)」と「絶滅した(extinct)」を組み合わせた造語が見出しだ(2019年1月16日付)

*この特集記事は3月19日現在の情報を基に作成されています。最新の離脱関連ニュースは、弊社サイト内の「英国のEU離脱をめぐるニュースまとめ」をご覧ください。
http://www.news-digest.co.uk/news/features/uk-brexit.html

 

倭–YAMATO 小川正晃

欧州ツアー真っ只中、肉体一つで生み出す和太鼓の波動 小川正晃倭–YAMATO代表

小川正晃

過去25年間で3800回を超える公演を行ってきた和太鼓パフォーマー集団、倭 – YAMATO。和太鼓の音に、魅せる、聴かせるという徹底した演出を施し、世界で通用する舞台芸術へと昇華させた代表の小川さんに、今回の英国公演についてお話を伺ってみた。

倭 – YAMATO プロフィール1993年、奈良県明日香村を拠点に小川正晃氏が創設。現在20名のメンバーは共同生活でチームワークを高め、演奏だけでなく演出から衣装までその全てを独自に考案する。和太鼓のパワフルな世界観を「肉体の音楽」と称し、年間の半分以上を海外公演に費やしている。http://www.yamato.jp

英国で公演ツアー中ですね。今回のツアーのテーマや見どころを、教えてください。

今回は新プログラム「情熱 – Passion」の公演ツアーとなります。今年2月から2年かけて世界各地で300~400公演を予定しています。ツアーはイタリアのミラノを皮切りに欧州を回り、現在英国全土で17公演を行なっているところです。人々の身体の中にある「情熱の炎」を、和太鼓の爆音と倭メンバーの鍛え上げた肉体を使って舞台上で表現します。現在のツアー・メンバーの平均年齢は22歳。日本の伝統を背負い、新しい未来を創る今を生きる若者たちの情熱を感じていただければと思っています。

これまで54カ国で演奏されていらっしゃいますが、国によって派手な演出にするなど、変化を付けるのでしょうか。

倭の舞台は世界中どこへ行っても変わりません。日本の伝統楽器を用いてこれまで聴くことのなかった新しい和太鼓の音楽、人を元気にするパフォーマンスを創造することが私たちの目標です。国によってリアクションに違いはありますが、皆さん楽しんでくださり、その笑顔や拍手にエネルギーを乗せて僕たちに届けてくれます。皆さんが私たちのエネルギーをどのように受け止めてくれるか、またどのように返してもらえるかを想像する、それが醍醐味です。

英国では「ストンプ」などの打楽器のショーが人気ですが、英国の観客のノリはどうですか。

倭が全英ツアーを開始して15年が経ちますが、毎回どの都市に行っても熱狂的な拍手、歓声をいただけることを大変うれしく思っています。舞台を楽しんでくれることと同時に、パフォーマーを良い気分にさせてくれる英国の観客の皆さんはマジで最高です。

倭 -YAMATO

オランダには倭による和太鼓の学校がありますが、この学校ができた経緯を教えていただけますか。

欧州で活動を始めてもう20年近くになりますが、学校ができるまでは、公演を観ていただいて終わり、でした。聴くのも楽しいですが、和太鼓は自分で打ち鳴らす方がもっと楽しい。オランダに和太鼓を置けるようになったこともあって、是非とも和太鼓に挑戦してほしいと思い教室を始めました。今ではオランダ各地で教室を開催し、200名以上のメンバーが和太鼓演奏で汗をかいています!

英国の倭ファンに向けてメッセージをお願いいたします。

2年ごとに英国に帰って来られることをメンバー一同本当に感謝しています。私たちの情熱と、皆さんの情熱で燃え上がりましょう。どうか倭に会いにきてください。皆さんにお会いできることを楽しみにしています!

Yamato Passion

2019年3月12日(火)~31日(日)19:30
£15〜38
*土・日は14:30もあり、詳細はウェブサイトを参照

Peacock Theatre
Portugal Street, London WC2A 2HT
Tel: 020 7863 8222 
Holborn / Temple駅
http://peacocktheatre.com

 

演出家 藤田俊太郎 - 英国と日本でミュージカル「VIOLET」を演出

梅田芸術劇場 x チャリングクロス劇場 日英共同プロジェクト 英国と日本でミュージカル「VIOLET」を演出 藤田俊太郎

藤田俊太郎

一人の演出家に一つの作品、そして二通りのキャスト。ロンドンのチャリングクロス劇場で上演中のミュージカル「VIOLET」は、実にユニークなアイデアから生み出された。日本人演出家を起用し、ロンドンでは英国キャスト、日本では日本キャストを配して同じ作品を上演するこのプロジェクトで演出を務めるのは、日本ミュージカル界の新鋭、藤田俊太郎さん。ロンドンで英国キャストとともに稽古に励む藤田さんに話を聞いた。(インタビュー・文: 村上祥子)

SHUNTARO FUJITA 1980年生まれ、秋田県出身。2005年、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。2004年にニナガワ・スタジオ入所。俳優活動を経て、2016年まで蜷川幸雄作品の演出助手を務める。「The Beautiful Game 」(2014年)や「ジャージー・ボーイズ」(2016、2018年)などミュージカルや演劇作品の作・演出を担当。2015年に第22回読売演劇大賞の杉村春子賞と優秀演出家賞、2017年には第24回読売演劇大賞の優秀演出家賞及び第42回菊田一夫演劇賞を受賞。

日本で海外の、または海外で日本のミュージカルや芝居が上演されるケースはみられますが、今回は同じ作品を英国と日本、それぞれ別のキャストで上演するという非常に珍しいプロジェクトになりますね。

この企画は、梅田芸術劇場のプロデューサーである村田裕子さんが、ロンドンで上演されていたトム(・サザーランド)演出の「タイタニック」を観て感動されたことがきっかけでスタートしたものです。日本でも上演したいと考えた村田さんはトムに直接メールを送り、2015年にはトム演出で日本人キャストによる「タイタニック」が上演されました。その後、梅田芸術劇場とトムが組んだ「グランドホテル」(2016年)と「パジャマゲーム」(2017年)の2作が日本で上演されましたが、前者を演出中にトムがチャリングクロス劇場の芸術監督に決まったのです。次の段階として日本人が手掛けた作品を同劇場で上演したいということになり、梅田芸術劇場側と同劇場のプロデューサー、スティーヴン・レヴィさんが話し合って実現に至りました。

英国キャスト版の主役は、ロンドンで好評を博した「ファン・ホーム」に主演したカイザ・ハマーランドさん。選考はどのように行われたのですか。

トムとスティーヴンが英国でオーディションを行って候補者を絞り、その映像を皆で観て決めました。カイザは圧倒的な表現力で、映像を観た瞬間に「この方がヴァイオレットをやるのだな」と分かりました。俳優としての「傷」をちゃんと持っていて、それをきちんと表現できる、陰と陽を併せ持った良い女優さんですね。

現在(昨年12月末)はリハーサル中とのことですが、日英の進め方の違いに戸惑われることもあるのでは?

稽古はとても順調です。俳優たち一人ひとりの作品や役柄に対するアプローチは明快ですし、枠組みをしっかり伝えれば、自発的に動き、こちらを楽しませてくれます。通訳の方が入ることで、通常よりもかなり稽古の進行に時間がかかっていると思うのですが、明確な核やビジョンを持つ演出家ならば皆も待ってくれるし、心を開いてくれる。人種も言語も関係ない。フェアですよね。

舞台は人種差別を禁じる公民権法が制定された1964年の米国。英国も日本も当事者ではない題材を扱うことに難しさは感じますか。

僕は(昨年)2月に米南部に行ってきたのですが、人種差別という概念が根本にある、その感覚は特に日本では実感しづらい面もあるかと思います。1960年代の米国や、物語の背景にある公民権運動の空気感などを伝えるために、色々な仕掛けが必要だなと感じました。

客席が舞台を挟み込む形になるようですね。

対面式で盆(回り舞台)を使う形にしてもらいました。実際にバスで旅をするかのように、あらゆる方向へ進める形にすることに必然性を感じたのです。ヴァイオレットはバスに乗って旅をしますが、この「バス」がメタファーですよね。ここではないどこかへ行くということ、もしくは帰るということ。右に進むのか左に進むのか、前に進んでいるのか、戻っているのか。また、公民権運動のきっかけの一つであるバス・ボイコットもあります。今の時代と1960年代を地続きにし、観客の皆様がパッセンジャーとなるバスという存在が、この作品を取り上げるべきだと直感した一つの大きな理由です。

この作品は、人種問題に外見や父娘の関係、宗教的な要素も絡んできます。藤田さんにとっての肝とは?

不慮の事故によって顔に傷を負ったヴァイオレットが宣教師に会うために旅に出るわけですが、そこで黒人のフリックと出会います。彼は全人生を懸けて闘っている、闘わざるを得ない人。本当に闘っている人と出会った時に彼女の価値観が変わっていくのです。誰しも傷を持っているのではないかというのが、この作品のテーマだと思います。そして自分自身を受け入れられた時に初めて、他者や自分の「美しさ」を受け入れることができるのではないでしょうか。

そう考えると現在の社会にも通じるものがありますね。

稽古場でカンパニーの皆がEU離脱のことを、それぞれが当事者として日々話題にしており、皆の中の社会に対する価値観が変わってきていることを強く感じます。では僕が生活している日本はどうかなのかと顧みます。また米国では現在、1960年代から徐々に積み重ねられてきたものが根こそぎなくなってしまう危険性がある。そしてそれは世界中で見られる傾向でもあります。 特に60年代以降、闘う人たちがいて、新たな価値感が生まれ、それを受け入れた人たちがいた。人はそれぞれ違うのだということがきちんと受け入れられ始めた。そうやって時間をかけて獲得してきた権利がなくなってしまうとするならば、世界は偏った方向に進み始めていると言えるのではないのでしょうか。世界中があらゆる価値観の変革を求めていたという意味で、60年代は人類にとってテーマであり続ける時代だと思いますし、60年代を描いた作品を今、上演する意義を強く感じています。

ミュージカル「VIOLET」

VIOLET米南部の田舎町に住むヴァイオレットは、過去に父親の持っていた斧が飛んでくるという不慮の事故により顔に傷を負い、人目を避けるように暮らしていた。そんな彼女が、さまざまな怪我を治すという宣教師に会うため、長距離バスで旅に出る決意をする。

2019年4月6日(土)まで
月~土 19:30
(水は14:30、土は15:00もあり)
£17.50~42.50
*ロンドン公演終了後に東京・大阪にて日本キャスト版を上演予定

Charing Cross Theatre
The Arches, Villiers Street
London WC2N 6NL
Tel: 0844 493 0650
Charing Cross/Embankment駅
https://charingcrosstheatre.co.uk

「VIOLET」ロンドン公演
チケット・プレゼント!

ミュージカル「VIOLET」ロンドン公演のチケットを9組18名様にプレゼントいたします。ご希望の方は応募フォームに、希望する上演日時(下記から選択)を含む必要事項をご記入の上、送信ください。

● 3月8日(金)19:30 3組(6名様)
● 3月9日(土)15:00 3組(6名様)
● 3月9日(土)19:30 3組(6名様)

*当選された方々には、弊社からご連絡させていただきます

締め切り
2019年2月28日(木)午後6時
※ 応募を締め切りました。沢山のご応募ありがとうございました。

 

小林沙羅 - ソプラノ歌手 - インタビュー

小林沙羅

初めてにワクワクし、
「多彩」な自分でいたい
小林沙羅 ソプラノ歌手

オペラや歌曲というと、オーケストラのコンサートやミュージカルに馴染みのある人でも若干、敷居が高く感じられるかもしれない。ソプラノ歌手の小林沙羅さんは、観客にそうした垣根を感じさせずに作品の言葉の響きやメロディーの美しさを届けるべく日本国内外で活動している。そんな小林さんが、3月2日にロンドンのウィグモア・ホールで英国デビューとなるコンサートを開催することになった。有名オペラはもちろん、日本人作曲家による新作オペラにも積極的に取り組み、作詞・作曲も手掛ける小林さんのオペラや歌曲への思いとは。(インタビュー・文: 村上 祥子)

SARA KOBAYASHI 東京藝術大学卒業。同大学院修士課程修了。2010年度野村財団奨学生、2011年度文化庁新進芸術家在外研修員。2014年度ローム ミュージック ファンデーション奨学生。2010年から2015年にはウィーンとローマにて研修と演奏活動を行う。2017年第27回出光音楽賞受賞。2006年に「バスティアンとバスティエンヌ」バスティエンヌ役でデビュー後、多くのオペラに出演。数々の新作オペラ初演も務める。2012年ブルガリア国立歌劇場「ジャンニ・スキッキ」ラウレッタ役で欧州デビュー、その後「愛の妙薬」アディーナ役でも出演するなど海外へも活動の幅を広げている。日本声楽アカデミー会員。藤原歌劇団団員。大阪芸術大学准教授。 https://sarakobayashi.com

物心つく前から常にそばにあった

人生において初めて音楽を意識したのはいつですか。5歳からピアノを学ばれたとのことですが、ご両親が音楽関係の仕事に携わっていらっしゃったのでしょうか。

音楽は物心つく前から常にそばにありました。両親は音楽とは全く関係のない仕事についていますが、2人とも趣味でピアノやギターを弾いたり、歌ったりすることが大好きでした。私が赤ちゃんのころには子供用の童謡のレコードを常に流していたらしく、2歳のときには既に色々な童謡を歌っていたそうです。父はレクイエムが好きで、日曜の朝から大音量でレクイエムがかかっていたりしました。歌うことは小さいころから大好きで、休日に家族で輪唱したり、合唱したりするのがとても楽しみだったことを覚えています。

ピアノ以外にもクラシック・バレエや日本舞踊など、様々な芸術を学ばれたそうですね。その中で音楽、それも声楽の道を選ばれたきっかけは何だったのでしょうか。

私は人前で何かを発表することが好きで、ピアノやバレエの発表会や幼稚園の劇、学校の学芸会なども大好きでした。日本舞踊を始めたのは10歳のころ、(歌舞伎役者の)坂東玉三郎さんが主宰していた演劇塾「東京コンセルヴァトリー」に入ったのがきっかけです。歌舞伎や演劇、本格的なオペラなどの生の舞台をたくさん見せていただき、いつか私も舞台に立つ人間になりたいとはっきりと自覚しました。そして高校2年生でいよいよ進路を選ばなければならなくなったときに、まずは好きで、そして得意な歌を専門的に学び、それを強みに舞台に立てるようになろうと思い、声楽の勉強を始めました。高校時代は合唱部に入っていて、顧問の先生に「あなた、とてもいい声を持っているから、歌で大学を目指してみたら?」と言っていただいたのもきっかけの一つになりましたね。

いつごろプロの声楽家になろうと決意されたのでしょう。

声楽を始めたときにはもうプロを志していた、ということになります。ただ、初めからクラシックの声楽家、オペラ歌手になるつもりはなく、演劇やミュージカルの方に興味がありました。やがて大学に入って様々な声楽作品やオペラ作品に触れるうちに、その魅力の虜になってしまい、私の進む道はこれだ!と意識するようになったのです。

声楽以外にも、特に身体を使って表現する芸術を身に着けたことは、プロとして活動される上で役立っていると感じますか。

それはとても感じています。特にオペレッタ*1に出演する際は、実際にダンサーと同じくらい踊れないといけないこともありますし、最近は演出家がダンサーで、身体的な表現力を求められることも増えてきています。私は歌い手であると同時に表現者でありたいと考えているので、聴くだけでなく、観ても楽しめる舞台を作りたいと思っています。

*1 台詞と踊りからなる歌劇で、喜劇的な内容の作品が多い

「狂おしき真夏の一日」 三枝成彰のオペラ「狂おしき真夏の一日」でエミコ役を演じる小林さん

どの国でも言葉を大切にしている

東京藝術大学大学院の修士課程を修了後、海外に留学されました。海外での生活はそれが初めてだったのでしょうか。

実は2歳から5歳までドイツのボッフムという街に住んでいたので、それが最初です。父の仕事の都合で家族そろって移住し、私は現地の幼稚園に通っていました。そこでの経験は、私の性格やものの考え方、言語的な感覚などに影響を与えていると思います。

ウィーンとローマ、ベルギーで声楽を学ばれたそうですが、なぜそれらの土地を選ばれたのですか。それぞれの場所では具体的にどのようなことを学ばれたのでしょう。

ウィーンには大学院を修了してから留学し、5年間住みました。毎日、一流の演奏家がウィーンを訪れ、素晴らしいオペラや演奏会が開催されている、留学前から憧れの街でした。とても良い先生にめぐり合うことができ、ドイツ・リート*2やオラトリオ*3、オペレッタなどを学びました。ただ、やはりイタリア・オペラやベルカント唱法*4もしっかり勉強したいという思いが芽生え始め、後半3年間は年の半分ほどはイタリアに行っていました。パルマにも良いコレペティ*5の先生がいたので何度か行きましたし、ローマには声に輝きのあるテノールの先生がいらして、先生の友人宅に泊まり込んで毎日レッスンを受けていました。

ベルギーには留学はしていなかったのですが、留学1年目にエリザベート王妃国際音楽コンクールの世界大会に参加し、2週間ほど滞在しました。賞は取れなかったのですが、あのテレサ・ベルガンツァ*6氏のレッスンを受けられたことは忘れられません。ピアニッシモのパッセージが上手に歌えたときに、興奮したベルガンツァ氏がなんと口にキス(!)をしてくださったのです。ほかにもイタリアでミレッラ・フレーニ氏やマリエッラ・デヴィーア氏を含め、憧れの歌手たちから実際にレッスンを受けることができた経験は私の宝物です。

*2ドイツの歌曲。詩歌に音楽を付けたもの
*317世紀半ばにイタリアで始まった楽曲。聖譚曲(せいたんきょく)。宗教的物語を題材に取る、合唱に重きをおいた音楽作品
*4イタリア・オペラで望ましいとされる歌唱法
*5レペティトゥア。オペラ歌手やダンサーにピアノ演奏をしながら指導するコーチ
*6スペイン出身の世界的なメゾ・ソプラノ歌手

実際にそれぞれの場所で学ばれてどのような部分に共通点や相違点を感じられましたか。一概に言うことは難しいかと思いますが……。

私はウィーンでは歌曲とオラトリオとオペレッタ、ローマではイタリア・オペラというように勉強する内容を分けていたので、その違いを比較するのは難しくはあります。ただ、やはりイタリアでは何より「声」を大事にし、その響きや輝き、明るく遠くまで響く発声法を重んじているように思いました。ウィーンでは声量よりももっと細かい音楽的表現を重視し、最高音も張り上げるよりも抑制をきかせることを大事にしているように感じました。

国によって人の気質も、言語も、好まれる音楽の表現方法も違ってくるな、とはよく思います。ですが、どの国でも言葉をとても大切にしているというのは実感しました。母音の響きや子音の処理の仕方など、いかに伝わりやすく、そして表現豊かに発音するか。これはどんな国でもどんな言語でも、歌にとって重要なことなのだと思います。

2015年からは拠点を日本に移されたとうかがいました。それまではどこを活動拠点にされていたのですか。

2015年まではウィーンに自宅があったので、ウィーンが拠点でした。ただ、休みのたびにローマに行っていましたし、日本やそのほかの国で演奏会があるときは家を空けていましたので、ウィーンで長期間ゆっくり生活する、ということは本当に少なかったように思います。ただ、やはり一番ほっとしてリラックスできるのはウィーンの自宅でした。

小林 沙羅様々な作品に挑戦する小林さん

垣根を設けずチャレンジしたい

日本でも様々な都市を回り、コンサート会場だけでなく、学校や野外フェスティバルなどでも演奏されていらっしゃいます。日本で演奏される上で特に大切にされていることは?

いつもワクワクする仕事をしていたい、そして守りに入らず、常に挑戦し続けていたい、というのが私のモットーです。レパートリーを決め、それを守ってずっと演奏している歌手の方たちもいて、喉のためにはその方が良いとも言われますが、私は自分の活動にあまり垣根を設けず、様々なことにチャレンジしていく方が性分に合っているように感じています。「多彩」な自分でいたい。初めての作品との出合いや、初めての共演者との出会い、初めての場所での演奏はいつもワクワクします。でも一方でオーバーワークにならないようには気を使っています。以前はいただいたお仕事を詰め込めるだけ詰め込むという感じでしたが、最近は本番の前日と本番の次の日は喉と体を休めるために意識的にオフにするようにしています。野球のピッチャーと同じで、演奏会で全力投球をする分、きちんと体を休ませることは練習と同じくらい大事なのだと思うようになりました。

西洋のオペラの名曲のみならず、日本の歌曲も歌われ、数々の新作オペラに出演。ご自身で作詞・作曲も手掛けられています。また、現代詩を研究する音楽グループ「VOICE SPACE」にも所属されるなど、日本語、言葉を非常に大事にされている姿勢が印象的です。

私は祖母が物書きだった影響もあり、小さいころから本や詩集をよく読んでいました。朗読することも大好きで、演劇の台本を手に入れては朗読したり、詩集を朗読したりしていました。海外にいるときは日本語がとても恋しくなり、手元にある新聞や雑誌の広告欄も含めて隅から隅まで読んだりしていました。それほど日本語が大好きなのです。

日本語を歌うと発声が崩れるとおっしゃる先生もいらっしゃいますが、私はそんなことはないと思います。確かに日本語には特有の響きというものがあって、イタリア語とは違います。ただ元来、大多数の言葉が子音と母音の組み合わせ、または母音のみで成り立っている日本語は、イタリア語と同じくらい歌いやすく、メロディーに乗りやすい言葉なのではないでしょうか。日本の歌曲やオペラの歴史はまだまだ始まったばかりです。今という時代を生きて活動している私たちが、新しい作品や表現法を生み出していくのは大事なことですし、とてもやりがいがあり、面白いことだと思うのです。これから先もどんどん、新しい歌曲やオペラの作品を世の中に生み出していくための力になれたらうれしいと考えています。

春間近の英国で行われるコンサート

欧州各地でも精力的に活動されていらっしゃいますが、これまでに英国のステージで歌われたことはありますか。

それが、英国での演奏は今回が初めてなのです!演奏させていただく作曲家の一人、藤倉大さんのコンサートを聴きに行ったり、オペラやミュージカルを観に行ったりしたことはあるのですが、自分が演奏するのは初めて。英国は伝統を大切にしながらも、新しいことを敬遠せず、楽しんで応援する、というようなイメージがあります。非常に文化の成熟した都市だなと感じています。

声楽に関して、英国ならではと感じられる特徴はありますか。

英国で声楽を学んだことがないので発声法に関しては分からないのですが、作品については、イタリアのように情熱とメロディーと声の輝きで訴えかけるのとも、ドイツのように哲学的に論理的に、自然と自分の心の内とを絡めて語るのとも違い、暗くて悲しい内容を明るいメロディーでさらりと歌ってしまうような皮肉さを持ち、しかしあくまで上品に賢く、美しく、というイメージがあります。これは私の勝手なイメージですし、すべての曲に当てはまるわけではありませんが。

ウィグモア・ホールで行われるコンサートが英国デビューとなるわけですが、構成などは決まりましたか。

プログラムが決まりました。今後、変更もあるかもしれませんが、前半はドイツ、英国、フランス、イタリアの歌曲を集めました。テーマは「花」です。まだまだ寒い3月の頭ではありますが、春がもうすぐそこに来ている時期ですので、花にちなんだ曲を集めてみました。後半は日本人作曲家の作品。英国在住の藤倉大さんの作品や、武満徹さんの名作、山田耕筰さんの本格的な連作歌曲、そして実際に踊りながら歌う橋本國彦さんの「舞」をプログラムに入れました。日本語の分からない方でも楽しんでいただけるのではないかと思っています。

コンサートにはオペラや歌曲にはあまり馴染みがないという方もいらっしゃるかと思います。聴きどころ、楽しむポイントを教えてください。

本格的なプログラムではありますが、どれもとても美しく聴きやすい作品を選んでいます。意味の分からない言語であっても、その響きやメロディー、ピアノとの掛け合いなどを楽しんでいただくだけでも素敵な作品ばかりです。前半はそれぞれの国の言葉や音楽的表現、花に対するアプローチの違いなどを感じながら聴いていただくのも面白いかと思います。後半は日本語の名作ばかり。特に最後の「舞」は歌とセリフと踊りが入り混じったような作品で、気合を入れて挑みますので、ぜひ楽しみにしていていただけたらうれしいです。

Sara Kobayashi橋本國彦作品の「舞」で着用の深紅の衣装は、時広真吾氏のデザインによる

ロンドン公演

Avex Recital Series 2019
Sara Kobayashi soprano;
Ayaka Niwano piano

2019年3月2日(土)13:00開演
小林沙羅(ソプラノ)、庭野綾加(ピアノ)
チケット: £18/12

会場: Wigmore Hall
36 Wigmore Street W1U 2BP
最寄駅: Bond Street

チケットお問い合わせ先
Tel: 020 7935 2141 
https://wigmore-hall.org.uk

コンサートに関する問い合わせ先
エイベックス・リサイタル・シリーズ
www.avexrecitalseries.com

プログラム

シューベルト「野ばら D.257」
R・シュトラウス「乙女の花 Op. 22」より 「矢車菊」「ポピー」
クィルター「3つの歌曲 Op.3」より 「第1曲 愛の哲学」 「第2曲 赤い花びら、優しく眠る」
パーセル「薔薇の花よりも甘く Z585」(ブリテン編曲)
ブリテン「夏の名残のばら」
フォーレ「イスファハンの薔薇 Op.39-4」
ドビュッシー「忘れられた小唄」より 「グリーン」
トスティ「アマランタの4つの歌」
藤倉大「Kiite きいて」 「夜明けのパッサカリア」
武満徹「小さな空」 「死んだ男の残したものは」
山田耕筰「風に寄せてうたへる春の歌」
橋本國彦「舞」

※止むを得ない事情により曲目・曲順などが変更になる場合があります

 

コメディアン、BJ フォックス - 英日の文化の違いを笑いに昇華

新春特集 - 2019年を楽しむために

英日の文化の違いを笑いに昇華して、
親しみやすいコメディーを目指す
BJ FOX コメディアン / 俳優

BJ フォックスさんは、NHK ワールドのドラマ「Home Sweet Tokyo」で、主演・脚本を務めた英スタンダップ・コメディアン。同ドラマのシーズン2が昨年12月に放映されたばかりで、コメディーを中心に多方面で活躍している。BJ フォックスさんの人気の理由は、英国と日本の違いをただ揶揄することで笑わせるのではなく、日本人ですら気が付かなかった一歩先のオチで、観客の笑いのツボを刺激するからだ。そんな英日の笑いに精通したBJ フォックスさんに、英日のコメディーについて話を伺ってみた。

BJ FOX

BJ フォックス 1981年、ロンドン西部ヒリンドン生まれ。日本でスタンダップ・コメディアン、俳優として活躍中。日本語のお笑いライブ「おコメディ焼き!LIVE」を主催する。英国人が日本人の妻、娘、義父との同居に奮闘しながら日本文化を学んでいくNHKワールドのドラマ「Home Sweet Tokyo」で主演・脚本を担当。

日本人も気付かない、ささいな出来事に着目

BJ フォックスさんが初めて来日したのは、17歳のときの静岡県浜松市でのホームステイだった。その後、東京の大学へ1年の留学、卒業後に英語教師として再び来日。それから一旦ロンドンで働いたものの、シンガポール駐在を経て東京へ転勤となった、日本と強い縁で結ばれた人物だ。スタンダップ・コメディーとの運命の出合いは、シンガポール駐在時。飛び入りで参加する機会があり、そのときからお笑いに魅せられていったという。そんなBJ フォックスさんの笑いは、自身の経験を通じて緻密に練り上げたものだ。

「日本での生活で面白いと思ったこと、矛盾しているなと思ったことをネタにしています。自分では気付いていないのに、言われてみると『あるある!』という事柄に笑いを見出しています。僕はただ違うとか、おかしい、と言うだけではコメディアンとしては未完成だと思っていて、これが違って、あれがおかしくて、そしてその一歩先にオチがあり、そのオチが一体何なのか、その延長線を探すことが重要だと思っています」。

ブラック・ユーモアはポジティブ効果だらけ?

英国の笑いと言えば、皮肉で笑いを取る「ブラック・ユーモア」で認知されている。日本人には一見とっつきにくいユーモアの形態だが、英国出身のBJ フォックスさんにとってそれは、単なる笑いを超えた意外な効果があると言う。

「悲しい出来事があっても、あえてブラック・ユーモアを使うことで状況を理解したり、受け入れたりすることがイギリスの国民性の一つと言えるかもしれません。最近、ローワン・アトキンソンが主演した第一次大戦の戦場を舞台にしたコメディー・シリーズ『ブラックアダー・ゴーズ・フォース』を改めて観ましたが、ラストの悲しいシーンですらユーモアいっぱいに表現していました。

ユーモアやコメディーは、難しい概念を分かりやすく説明する素晴らしいツールであり、特にイギリスで人気のある政治や時事的なコメディー・ショーで、この面を強く感じますね。BBCのパネル・ショー『ハブ・アイ・ゴット・ニュース・フォー・ユー』は、1990年から毎年放送されている超人気番組です。

一方で、近年視聴率を獲得しているのはBBCの『ミセス・ブラウンズ・ボーイズ』です。男性のコメディアンが母親役を演じるファミリー・ドラマで、内容はシンプルで下品ですが、ハートウォーミングな面もあり大変人気があります。イギリスのユーモアは多種多様になってきていると言えますね」。

海を越えて繋がる笑いのスタイルとは

英国人が好む有名人や政治家をからかうスタイルは、日本人には少し引かれてしまうときもあると語るBJ フォックスさん。「批判に抵抗がある」と独自に分析する日本の笑いは、一見英国のそれとは一線を画しているように見える。しかし、様々なコメディーを見てきて、数々のステージでパフォーマンスをした結果、BJ フォックスさんは意外にも共通点が多いと話す。

「日本のお笑いは、ボケとツッコミのコンビがメジャーですが、イギリスでも1970年~1980年代にかけて人気を博したコメディアンのモーカム&ワイズとリトル&ラージに同じような雰囲気を感じますね。実体験から言うと、ドラマ『Home Sweet Tokyo』で、僕が演じる主人公のブライアンが『ノリツッコミ』を紹介するシーンがあるのですが、収録時にその単語の意味が分からなかった僕に、監督が『おかしい状況でも否定せず我慢し、我慢し続けたら、急に激しく否定する』と丁寧に説明してくれました。これってイギリスのモンティ・パイソンの有名な『死んだオウム』の掛け合いをほうふつとさせるんです。このコントは『Dead Parrot』でYouTubeにアップされているので、ぜひ見比べてみて下さい」。

コメディアンから俳優、そして脚本家へ

スタンダップ・コメディアンとして活躍するかたわら、近年はその才能を生かし、NHKワールドのドラマ「Home Sweet Tokyo」で主演及び脚本を務めた。ドラマには日本で暮らす外国人ならではの視点を盛り込み、その違いを決して否定的ではなく、ソフトな印象で面白おかしく視聴者に伝えた。

シーズン1では、視聴者にとって一番分かりやすい形で、まずは日本に興味を持ってもらえそうなテーマを選びました。したがって、『安全性』『お風呂』『お弁当』などになったわけです。シーズン1の評価が良かったため2018年12月に続編の放送が決定したので、より自信を持ってアプローチでき、結果としてマイナーな、しかし興味深い日本文化を紹介することができました。

例えば日本のバレンタイン・デーにおける義理チョコは、英国と共通しているけれど、もっとジャパナイズされている面白さがあるので、僕にとってはマストで取り上げたいネタでしたね。また、同エピソードで、イギリス英語では『サッカー』ではなく『フットボール』と言うことなど、英国精神あふれる細かい部分まで紹介させていただきました。それから『断捨離』というコンセプトも。シーズン2のエピソードは色々な意味で奥が深いのではないかなと思います。

ドラマ制作は非常に素晴らしい経験でした。今回の制作にあたってハプニングがたくさんあったんです。真っ先に浮かんだのは、お寺・神社に関するもの!温泉のシーン(シーズン2エピソード3:One Night at the Onsen)でお化けが出てくるため、日本のテレビ業界の慣わしで、撮影開始前に主要スタッフがそろって神社に行き、撮影が無事に進行するようお祓いをしました。

また、最後のエピソードは、娘の七五三のお祝いで家族で神社に行くシーンがあったのですが、リハーサルのときに、手水舎で手を清めたあと、水で口をすすいだとき、間違えて飲んでしまいました! 娘役のアイラちゃんも妻・いつき役の木村佳乃さんも笑い出し、おかげで『日本のマナーがわかってないなぁ』というシーンを自然に撮ることができました。一瞬、演じているブライアンと僕が一つになった感覚でした」。

国際色豊かな笑いに取り組みたい

「お笑い」という括りのなかで自由に活動を広げるBJフォックスさん。最後に今後取り組もうと思っていることついて聞いてみた。

「2020年の東京オリンピックに向けて、世界中から日本への注目が高まる中、『Home Sweet Tokyo』を始め、ユーモアを通じて更に日本のことを紹介していきたいと思います。もしくは、グローバル化して行く日本に対して、あえて逆パターンにもチャレンジしたいと考えています。日本語でイギリス風なブラック・コメディー番組なんていうのはどうかな。英国ニュースダイジェストの読者の皆さんに、どちらに興味をもっていただけるか気になりますね!」。

●「Home Sweet Tokyo」はこちらから視聴できます。
NHK World「Home Sweet Tokyo」https://www.nhk.or.jp/homesweettokyo/

 

英国・ドイツ・フランスの「笑い」を大解剖!

新春特集 - 2019年を楽しむために

英国・ドイツ・フランスの「笑い」を大解剖!

あらゆる場を盛り上げ、会話の潤滑油となるユーモア。しかし、世界各国における文化の違いがあるように、笑いの感覚も国ごとに微妙に異なるのではないだろうか。そこで今回は英国・ドイツ・フランスの「笑い」の特徴を、現地編集部が調査した。3国共通で浮かび上がってきた「政治」というキーワードを検証するのに加え、国別の笑いを楽しむコツなどをご紹介。「初笑い」というにはちょっと真面目な欧州の笑いを大解剖する。
(英・独編集部、沖島景)

欧州の笑いの始まり
中世では笑ってはいけなかった?

21世紀の現在、「笑い」と聞くと肯定的な要素が思い浮かぶが、時代や国によって「笑い」に対する評価が変わってくる。近年、中世の笑いが大きく話題になったのは全世界でベストセラーを記録したウンベルト・エーコの小説「薔薇の名前」だろう。この作品は、北イタリアのカトリック修道院で起こる謎の連続殺人事件を解明する物語で、その事件の鍵は「笑い」だ。舞台は14世紀初頭、欧州で笑いが抑制されていた時代。古代ギリシアの哲学者アリストテレスが喜劇について論じた著作を手に入れた修道士ウィリアムは、老修道士ホルヘと「笑い」について論戦を展開する。ホルヘは笑いによって神、教会の権威が失墜することを疑惧し、「笑いは私たちの肉体の弱点であり、退廃であり、失われた味だ」、「笑いは愚かさの徴(しるし)」と言い放つー。実際、12世紀にアリストテレスの著作が再発見されてからは、笑いについての解釈が議論されるようになった。「薔薇の名前」はこの時代を舞台にした物語である。

フランスの中世史家、ジャック・ルゴフによれば、笑いは3つの時期に分けられるという。第1期は4~10世紀ごろで、笑いは悪魔の表現であると考えられ、笑いは抑制されていた。第2期には宗教的良心を判断する神学、決議論が成立し、笑いの適法性と笑い方が問いただされる。そして第3期は「解放された笑い」の到来だ。

現在の笑いとは違う概念であった第1期。4世紀以前にも笑いの倫理について述べられている書物はあったが、ふざけた卑猥な話は禁じるが笑い自体は許されていた。4世紀になると修道院で笑いについて問題視され始め、5世紀の神学者、説教者であるヨアンネス・クリュソストモスは笑うことを禁じた。それはエペソ人への手紙で「卑しい言葉と愚かな話やみだらな冗談を避けなさい。これらは、よろしくないことである。それよりは、むしろ感謝をささげなさい」と述べられているからだ。そして「イエスは決して笑わなかった」ということからも、笑いは次第に糾弾されるようになった。例えば中世ドイツ人聖職者のヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098年~1179年)は、笑いを悪魔の象徴とし、災いを招くと指摘していた。人間に意味のない音を出させることは人間を動物レベルに落とすとし、また笑いは体液の変化を起こし、バランスが崩れることで病気が生じるとも主張していた。

「人間は笑う力を授けられた唯一の動物だ」と言われているが、歴史を紐解くと時代によって、その授かった力を抑えつけなくてはならない厄介な存在だったことが分かる。

参考文献:「薔薇の名前」(東京創元社)、「図解 笑いの中世史」(原書房)、「キリスト教と笑い」(岩波新書)

英国・ドイツ・フランスの「笑い」の特徴

英国・ドイツ・フランスの人々は、いったいどんな笑いを好むのか。似ているようで微妙に異なる3国の笑いのツボや、その国らしいお笑いを楽しむ方法をご紹介しよう。

UK英国

ブラックな笑いで権威を批判し自らの立場を主張する

英国の笑いと聞いてまず思いつくのは、王室や政治家などの権力を持つ人間や、自国の社会制度を批判した、風刺(Satire)や皮肉(Irony)、そして嫌味(Sarcasm)を含むブラックな笑いではないだろうか。英劇作家のウィリアム・シェイクスピアは「リア王」の中で、王に辛辣な言葉を浴びせる道化を登場させたが、ほかの登場人物が王に対して面と向かって言うことのできない真実を、道化は易々と「笑いを提供する者」という立場を利用して伝えている。ここではユーモアは、都合の悪い事実を暴き出す道具として使われているのだ。

時代が移り、シェイクスピアの子孫である現代英国のコメディアンたちも、ジョークやコメディーを通し、世の中の様々な矛盾に物申している。移民の両親を持つコメディアンは英国人が持つ外国人に対する偏見をネタにし、フェミニストや性的少数者も自分の置かれた立場を笑いで表現。質の良いブラック・コメディーは政治や社会問題などつまらないと思っている人々の目を開く役割を果たしてくれる。今、最も時代が必要としているもの、それはブラックなお笑いかもしれない。

ドイツドイツ

真面目なドイツ人の笑いの歴史は国民性と政治にあり

「真面目なドイツ人」という認識は、万国共通と言えるだろう。ドイツを代表する詩人・ゲーテはかつて、「ドイツ人の演劇は真面目な国民性にふさわしく、たちまち道徳的な傾向に転じた」と述べており、ドイツにおいて質実な国民性が喜劇的な内容に対して不利に作用していることについて言及している。また、劇作家のブレヒトも「我々ドイツ人は真面目さを大いに鼻にかけている」と、すべてを真剣に捉える自国民に対して疑問を呈している。しかしながら、多才なコメディアン、ロリオー(Loriot)のようにそんなドイツの国民性を皮肉って笑いに昇華させるアーティストが受け入れられていることも事実だ。

また、ドイツにおける笑いには歴史的な背景も色濃く現れている。その中で最も象徴的なのが、独裁政治を行ったナチス・ドイツの例。ナチスは自身に向けられるジョークに対して我慢ができなかったとされ、政府を風刺して笑った者は、処罰の対象となったというエピソードだ。裏を返せば、笑いは権力者に立ち向かうための武器になることをドイツ人が知っていたということだろう。

フランスフランス

ブラック・ユーモアも受け入れるフランス革命から続く精神

フランスで日本の漫才や落語のような「お笑い」に相当するものといえば、ワンマン・ショーだろう。ワンマン・ショーは政治家や有名人を揶やゆ揄したり、モノマネをしたりすることが多い。ときには人種差別などの社会的な問題を笑いに変えて訴える手法も見られるが、その多くはコメディアン自身がアフリカ系フランス人などの場合で、自ら体験したことを笑いで伝えている。フランスでは他国とはまた違う表現の自由があり、あらゆる権威を笑い飛ばし、批判していくことが許されている社会である。それは絶対王政を倒したフランス革命から続く共和国の建国の精神。他国から見ると眉をひそめるユーモアもあるだろう。しかし、特定の人を中傷することや差別的発言、戦争の犯罪を称賛しない限り、公の場でも風刺画という手段を使っても比較的許される風潮があるのがフランスの特徴だ。

フランスの世論調査会社BVA が調査した日常の笑いについての統計によると、フランス人が笑いの中でどのジャンルを好むかという質問では、80%が言葉遊びが好きなことが判明。56%がジョークや面白い話を好むが、モノマネは25%しか支持を得なかった。

三国三様!英・独・仏の人々はいったいどんなところでコメディーを楽しんでいる?

UK英国

ビールを片手にパブでスタンダップ・コメディーを

1人の話し手が観客の前に立ち、マイク片手にとっておきのジョークを次々と浴びせていくスタンダップ・コメディーは、英国のお笑いの王道スタイル。ステージを併設したパブや、コメディー・クラブと呼ばれる劇場などで、話し手は何年もの歳月をかけて練り上げたネタを繰り返し演じることも多いが、日によってアドリブや観客との掛け合いが展開されることも。特に手ごろでお勧めなのは、コメディーを楽しめるパブ。入場料はだいたい5ポンド(約720円)からと敷居も低く、ビールを飲みながら気軽にステージを楽しめる。ベテランの芸を観ることはもちろん、新人コメディアンの発掘の場としても存在する。一方、コメディー・クラブにも大抵バーが付属しており、結局のところ、英国のお笑いは常にアルコールとともにあるといっても過言ではない。

英国で人気のコメディー 登場人物にはこと欠かない

1980年~1990年代に民放局ITVで放送され、英国ばかりか海外でも人気を博した風刺人形劇「スピッティング・イメージ」。王室メンバーや国内外の政治家などのグロテスクなまでにデフォルメされた人形が登場し、時事にまつわる風刺劇が繰り広げられる。現在この番組が復活するという噂がある。

スピッティング・イメージ人形劇「スピッティング・イメージ」のサッチャー元首相(写真右)

ドイツドイツ

映画を見れば、ドイツ人の笑いのツボが分かるかも?

ドイツの笑いは政治や国民性などをネタにしたものが多く、日本人にはドイツ人の笑いのツボが分からないこともある。しかし、悲喜劇と呼ばれるジャンルの映画では、比較的分かりやすいドイツの笑いが楽しめる。例えば、「グッバイ・レーニン!」はベルリンの壁によって生き別れた家族を描く悲しい物語だが、思わず笑ってしまうシーンも多々登場する。近年日本でも公開された「ありがとう、トニ・エルドマン」や「はじめてのおもてなし」などもまた、含み笑いを誘いつつ、観る人に考えさせちゃっかり泣かせるところが、いかにもドイツらしい。また「帰ってきたヒトラー」は、現代にタイムスリップしたヒトラーがモノマネ芸人としてデビューを果たすという内容。自国の歴史やメッセージを込めて笑いに変える手法は、現代のドイツならではだ。

ドイツで人気のコメディアン 秀逸な自虐的笑い

ドイツ人なら誰もが知っているコメディアン、ロリオーに代表されるような自国民の性質を皮肉った笑い、その系譜を受け継いでいるのがドイツを拠点に活動する26歳のスイス人、ヘーゼル・ブラッガー(Hazel Brugger)。淡々とした話し口調で、時折ブラックなユーモアを投げかけ観衆の心をわしづかみにする。

ロリオー自身が監督を務めた映画「Pappa ante Portas」に主演するロリオー

フランスフランス

フランスで笑いを楽しむなら劇場へ

ジャン=ピエール・ジュネの映画「アメリ」に出演したジャメル・ドゥブーズは人気コメディアンで、フランス国内で毎年ワンマン・ショーを行っている。また若いコメディアンが世に出ていくことを支援し、パリの10区(42 Boulevard de Bonne Nouvelle)に劇場を構えてショーやオーディションを開催。新人コメディアンのショーを満喫できる。古典喜劇を堪能するならルイ14世が発足させた「王立劇団コメディー・フランセーズ」へ。別名「モリエールの家」という名の通り、上演作品のレパートリーにもモリエールの作品がある。ただこの劇団はモリエール劇団と悲劇を得意とする劇団とを統合させた背景を持ち、演目によっては悲劇であることもあるのでご注意。また19世紀に広まった人形劇「ギニョール」(Guignol)でも笑いを楽しめる。

フランスで人気のコメディアン 辛辣なユーモアが人気

20世紀の喜劇俳優としては映画「大追跡」(1965年)などで活躍したルイ・ド・フュネス、またバイク事故により死亡したコリューシュが不朽の人気。コリューシュは差別や偏見といった題材を扱い辛辣なユーモアで知られていた。現在人気が高い女性のコメディアンは、フローレンス・フォレスティ。

フローレンス・フォレスティワンマン・ショーで人気を博すフローレンス・フォレスティ

笑いが社会に与えた影響からお勧めのコメディーまで
6つの「笑い」のエピソード

英国エディンバラ・フリンジはコメディアンたちの出発点!

毎年8月にスコットランドで開催されるエディンバラ・フェスティバル・フリンジは、演劇やコメディーを中心としたフェスで、申請すれば誰でも参加が可能。そのため、このフェスに出演することで注目を集め、一旗揚げようとする野心旺盛なコメディアンたちが殺到する。その昔、若きローワン・アトキンソン(Mr. ビーン)やスティーブン・フライなども出演した。出演のための審査がないことから、通常のイベントでは考えられない前衛的なネタを披露するコメディアンもいるのだとか。

英国笑えない? 英国流のきついジョーク

第二次大戦時、広島と長崎で相次いで被爆し、後に93歳で亡くなった日本人男性を「世界一運が悪い男」と紹介したのが、2012年に放映されたBBCのお笑いクイズ番組「QI」の司会者スティーブン・フライ。ゲスト回答者たちが「93歳まで長生きしたなら、不幸ではないかも」「原爆が落ちた翌日に列車が走るとは、英国では考えられない」などと発言した。そのため、この映像を不快に感じた在英邦人らが日本大使館へ連絡をし、BBCと番組制作会社は、連名で謝罪声明を発表するに至った。

ドイツ際どい政治ネタで風刺するローゼンモンタークのカーニバル

普段はどんなにビールをあおっても礼儀正しく真面目なドイツ人が、年に一度ハメを外して楽しむ日が、2月のローゼンモンターク(バラの月曜日)に開催されるカーニバル。 特にドイツ西部のマインツ、ケルン、デュッセルドルフのカーニバルは大規模で、多くの山車が街中を練り歩く。その中でも目を引くのが政治風刺をテーマにした山車。国内政治批判に関わるものから、国外に向けたメッセージなど多岐にわたる。笑いにあふれるカーニバルでもシニカルな要素を盛り込むのがドイツ流。

ドイツドイツ人になるための本、笑われている本人たちも爆笑?

在独英国人、アダム・フレッチャー氏の英独バイリンガル本「ドイツ人になる方法(How to be German)」(C.H.Beck刊行)では、海外から見たクスッと笑えるドイツ人の姿がシニカルに描かれる。例えば「ドイツにおける3つのP(計画・準備・プロセスの頭文字)を身に着けるため、数年先まで休暇の予約を取ろう。そのプロセスを簡素化するなら毎年マヨルカ島(ドイツ人定番の休暇先)への旅行がお勧め」と皮肉りながらも、的を得た内容を展開。ドイツ人にもウケが良くシリーズ化されている。

フランス日仏の「笑い」の感覚の違いが明らかに

ブラック・ジョークを好むフランス人だが、日本人には到底理解できない事柄もある。例えば風刺人形劇でニュースを伝える「レ・ギニョール・ド・ランフォ」が2011年の東日本大震災の後に放送したニュースでは、震災で被害を受けた仙台の町並みと第二次大戦後の広島の写真と比べて「日本は60年間も復興に向けた努力をしていない」とコメント。更に福島第一原発の周辺の現場で復旧作業に当たる作業員をスーパーマリオに見立てるなどし、在フランス日本大使館が抗議をする事態に発展した。

フランス「笑い」が襲撃事件に発展 シャルリー・エブド

過激な風刺画のイラストを多用する「シャルリー・エブド」紙がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことが悲劇を引き起こした。2015年1月7日、武装したテロリストが同社に侵入し乱射、12人を射殺。フランスでは各新聞で政治や社会的問題を風刺画で表現する風習があるが、同紙の絵が「笑い」の限度を超えているかどうかも含めて意見が飛び交った。同社は以前から複数のイスラム系団体から訴えを起こされていたが、政教分離の国、フランスの裁判所は無罪を言い渡していた。

 

川村元気(映画プロデューサー/小説家/絵本作家) インタビュー

映画プロデューサー/小説家/絵本作家 川村元気

川村元気

ロンドンではテート・モダンに行ったりと、
アート鑑賞を楽しみました

ベストセラーとなったシュールな寓話小説「世界から猫が消えたなら」の英語版、「If Cats Disappeared from the World」の刊行(Picador社)で、2018年の秋にチェルトナム文学祭*1から招待を受けた川村元気さん。最新作や英国滞在時のことなどについて、お話を伺った。(協力: 国際交流基金)

*1 英西部チェルトナムで毎年10月に開催される文学の祭典。2018年はフェスティバル内にEast Meets Westというプログラムがあり、川村元気さんを始めとした日本や韓国の作家が招待された

Genki Kawamura 1979年横浜市生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。映画「電車男」「告白」「悪人」「モテキ」「君の名は。」など数々のヒット作を世に送り出す。初めての小説「世界から猫が消えたなら」はベストセラーになり、英語を含む15カ国語に翻訳される。2019年には、認知症と記憶をテーマにした小説「百花」が出版予定。2020年に開催される東京五輪の開会式・閉会式プランニング・チームのメンバーに就任している。

2019年は、文芸春秋で連載されていた小説「百花」が出版されますが、この作品におけるテーマは、どのようなものでしょう。

認知症になり様々なことを忘れていくシングルマザーと、その一人息子の愛と記憶の物語です。

いつも作品作りの前に取材を敢行され、とても多くの人にお話を聞かれるそうですが、どうしてそのような方法を?

ノンフィクションの世界には、フィクションでは決して思いつかないような言葉や出来事があり、そういうものを少しでも物語の中に取り込んでいきたいと思っているからです。

2018年の10月に英国に滞在されたときのことについてお聞かせください。

「世界から猫が消えたなら」の英語版出版を機会に、チェルトナム文学祭で講演をしました。イギリスの読者とのQ& Aでは非常に興味深い意見が出て面白かったです。夏目漱石を始めとして、日本の小説が「猫」をテーマとするものが多いということに関した質問や、本作の中で「携帯電話」が消えることについて*2、インターネットやスマートフォンが我々の生き方をどう変えたのか、などの議論が活発に行われました。

*2 悪魔に「世界からひとつ何かを消すと、1日寿命が伸びる」と囁かれた主人公は、まず携帯電話を消すことにする

短い滞在だったとは思いますが、空いた時間は何をされていましたか。

ロンドンではテート・モダンや、フリーズ・アート・フェア*3に立ち寄ったり、アーティストのダミアン・ハーストの作品が展示されているレストランに行ったりと、主にアートを楽しみました。

*3 毎年ロンドンで開催される大規模な現代アート・フェア。ロンドンの美術誌「フリーズ」が主催している

これまでの川村さんの作品のファンや、英語版「世界から猫が消えたなら」で新たに読者になった英国在住者に向けて、一言いただけますか。

イギリスで「世界から猫が消えたなら」がどんな方に読まれ、どんな感想が出てくるのか、楽しみにしています。何かが「無い」という状態を想像することで、そこに「ある」ものを感じるというのは日本的な発想だと思っていますが、きっと世界中の誰もが共有できる感覚でもあると思っています。

 

英国の女性参政権運動を支えた日本の柔術 - サフラジェットとイーディス・ガラッド

英国の女性参政権運動を支えた日本の柔術 サフラジェットとイーディス・ガラッド Jiu-jitsu Suffragettes and Edith Garrud

2018年は英国で女性参政権が認められて100周年。今年はロンドンの国会議事堂前広場に、参政権運動を率いたミリセント・ギャレット・フォーセットの銅像が建立されたほか、博物館で特別展が企画されるなど、国内で様々な記念の催しが開催され、サフラジェットを始めとする当時の女性参政権活動家たちに改めて注目が集まりました。しかし、英国の女性参政権運動を日本の「柔術」が陰で支えていたことはあまり知られていません。今回は、女性活動家たちに護身術として柔術を教えた一人の女性、イーディス・ガラッドを通して、サフラジェットと柔術の関係をご紹介しましょう。(文: 清水 健)

柔術の実演柔術の実演で警官役の男性の動きを制するサフラジェット(写真左)

英国の女性参政権運動について

女性参政権活動家は「サフラジスト」(Suffragist)と呼ばれるのに対し、戦闘的な女性社会政治連合(WSPU)はこれをもじって「サフラジェット」(Suffragette)と人々から揶揄されたが、WSPU のメンバーはむしろこれを誇らしげに名乗った。なお、当時ロンドンで活躍していた日本人画家の牧野義雄も、女性参政権運動を支援していたことを自伝に記しており、ロンドン博物館には牧野がサフラジェットたちと記念撮影した写真が保管されている。

1918年2月6日に一部の女性が投票権を獲得。11月21日には21歳以上のすべての女性に被選挙権が与えられた。ただし、男女を問わず21歳以上の国民すべてが選挙権を持つには、10年後である1928年の普通選挙法制定を待たなければならなかった。

知られざるイーディス・ガラッド

2012年6月30日、ロンドンのイズリントン区にあるソーンヒル・スクエア60番地で、1971年に99歳で死去したイーディス・ガラッドを称える銘板の除幕式が行われました。同区が市民の選ぶ偉人を顕彰する「イズリントン・ピープルズ・プラーク」の一人として選ばれたのです。英国初の女性指導者としてサフラジェットたちに柔術を教えたイーディスは、ここに1880年代から1925年まで住んでいました。

この銘板の実現に尽力した格闘家のトニー・ウォルフ氏は、2009年にイーディス・ガラッドの伝記を刊行し、これまでにサフラジェットの活躍を描いたドキュメンタリー番組や劇画を監修していますが、「イーディスがいなかったら、女子の格闘技はこれほど広まっていなかっただろう」と語っています。また、サフラジェットを描いた2015年の映画「未来を花束にして」(原題: The Suffragettes)では、イーディス役の人物は登場しませんが、出演女優の一人、ヘレナ・ボナム・カーターは自ら演じる活動家の役名をイーディスへ変えてもらい、イーディス・ガラッドへの敬意を表しています。女性は男性に庇護される存在であるというヴィクトリア朝の考え方を打ち破り、女性が精神的にも身体的にも自立する力を与えたイーディスの功績が再評価されつつあります。

イーディスを顕彰するピープルズ・プラークイズリントン区に掲げられた、イーディスを顕彰するピープルズ・プラーク

警察と衝突する活動家たち

イーディスが誕生した1872年当時の英国は、1867年の第2回選挙法改正によって都市の労働者にも選挙権が拡大されていました。しかしこれは男性に限られ、女性に関しては参政権を認める修正案が提出されたものの否決されています。それまでにも女性参政権を求める運動はありましたが、ウェールズで育ったイーディスが格闘家のウィリアム・ガラッドとの結婚を機にロンドンへ移ったころには、参政権運動は再び高まりをみせていました。当時、女性の大学就学に力を入れていたミリセント・ギャレット・フォーセットを会長に、1897年、女性参政権協会全国連合(NUWSS)が結成され、イングランド北西部にはマンチェスターで活動していたエメリン・パンクハーストの主導で、1903年に女性社会政治連合(WSPU)が結成されています。

NUWSSは財産を持つ中流階級の女性に参政権を与えることを目指して活動し、政治集会や小冊子の発行、署名活動などを通して国会議員へ働きかけました。しかしこうした穏健で合法的な活動ではなかなか進展が見られず、痺れを切らした急進派のWSPUは、演説妨害や器物損壊など暴力的な活動を展開し、投石、放火など闘争を激化させていきます。

やがて過激化するサフラジェットに対して警察も高圧的になり、女性たちを腕力で排除するようになります。こうした動きに対しエメリンの次女シルビア・パンクハーストは、「私たち女性も男性と同じように柔術を習わなくてはなりません」と演説し、護身術の必要性を仲間たちに説きました。では、サフラジェットはなぜ護身術に日本の柔術を選んだのでしょうか。

英国と柔術との出会い

19世紀末の英国では、暴漢から身を守るための護身術に対する関心が高まっていました。特に柔術は、攻撃してくる者の力と体重を利用して相手を制する原理と、身体の鍛錬により精神の修養に努めるという理念から、紳士にふさわしい護身術であると見なされていたのです。

英国における柔術の始まりは、1895年に鉱山技師として日本に滞在していた英国人エドワード・ウィリアム・バートン=ライトが、教育者の嘉納治五郎(かのうじごろう)が創始した講道館などで柔道を習った経験を生かして考案した、バートン流柔術「バーティツ」(Bartitu)という護身術でした。バートン=ライトは1898年に英国に帰国すると、ロンドンの繁華街シャフツベリー・アベニューに道場を開きます。

バートン流柔術「バーティツ」エドワード・ウィリアム・バートン=ライト(中央)と バーティツの技

バートン=ライトの護身術は、1899年に当時広く読まれていた月刊誌「ピアソンズ・マガジン」の特集記事で紹介され、英国中に広く知られるようになります。探偵小説「シャーロック・ホームズ」の作者アーサー・コナン・ドイルは同記事に発想を得て、ホームズが宿敵モリアーティ教授と決闘した際、日本の格闘技バリツ(バーティツ)の心得があったおかげで助かったと書いています。

バーティツ道場では日本から招かれた柔術家の上西貞一や谷幸雄らが指導に当たりましたが、やがてこの道場が1903年に閉鎖されると、上西と谷はそれぞれ英国で自分の道場を開設しました。小柄な日本人が巨躯の英国人を投げ飛ばす姿や、1905年に日露戦争で日本が大国ロシアに勝利したこととも相まって、柔術の人気は一般にも広まり、道場は盛況となります。

やがて1908年末に上西が日本へ帰国すると、弟子のウィリアム・ガラッドが道場を引き継ぎますが、ここで女性や子供に柔術を指導していたのが、その妻のイーディス・ガラッドでした。

ジュウジュツ・サフラジェット

1909年5月にロンドンでWSPUの大会が開催されたとき、ガラッド夫妻は柔術の演技を依頼されます。壇上に上がったイーディスは身長約150センチと小柄にもかかわらず、180センチはある警官役の男性を軽々と投げ飛ばし、参加者から歓声が上がりました。政府や警察という強大な相手に対して、力の弱い女性でも戦えるという勇気をサフラジェットたちに与えたのです。これを機にイーディスはサフラジェットに柔術を指導するようになり、それはサフラジュツと呼ばれ始めます。柔術の「柔よく剛を制す」は、警官の暴力的な扱いに対して、まさに女性らしい反撃の方法であると見なされました。

以後、イーディスはWSPUの活動に積極的に関わり始めました。警察の標的となっていたエメリン・パンクハーストら指導者たちを守るため、WSPUは25人ほどからなる女性のボディーガード集団、親衛隊を組織。イーディスの指導した親衛隊は、「ジュウジュツ・サフラジェット」と呼ばれて畏怖されるようになります。1910年7月には風刺雑誌「パンチ」にイーディスが警官を次々と投げ飛ばしている姿が掲載され有名になりました。またイーディスの道場はロンドン市内で投石して警察に追われたサフラジェットたちの避難所になっていました。

「パンチ」誌「パンチ」誌に掲載されたイーディスの姿を描いた挿絵

しかし、サフラジェットと警察の暴力的な闘争は、1914年に第一次大戦が始まることで一気に終息を迎えます。サフラジェットが女性参政権運動から離れて戦争への協力姿勢を示したことで、政府は収監されていたサフラジェットに恩赦を与え、エメリン・パンクハーストも戦闘的な活動を終了させました。

そして、第一次大戦中の女性の社会貢献もあり、ついに1918年、30歳以上の女性に参政権が与えられることとなります。

それから100年。サフラジェットを始めとした当時の女性参政権活動団体の奮闘のおかげで、英国の女性たちがいくつもの権利を勝ち取り、現在も更なる歩みを進めているのは誰もが知るところです。

エメリン・パンクハースト警官に取り押さえられるエメリン・パンクハースト(写真右から2人目)

語り継がれるガラッドの功績

後年、柔術指導者として女性参政権運動を支えたイーディス・ガラッドは、93歳の誕生日にある雑誌のインタビューに応じています。小柄で柔和な老婦人でありながら、その立ち居振る舞いはかくしゃくとしており「彼女の精神はイングリッシュ・オークの木のように高くそびえている」と記者を感嘆させました。そして幸福と健康の秘訣を問われて、柔術により自己鍛錬が身についているおかげです、と答えています。イーディスは英国初の女性首相が誕生する8年前にあたる、1971年に99歳で永眠しました。その人生は常に英国における女性の権利の歩みと共にあったと言えるかもしれません。

ヴィクトリア朝の女性と護身術についての研究で博士号を取得したエメリン・ゴドフリーさんは、イーディス・ガラッドはもっと評価されるべきであると語ります。「パンクハースト母娘と親衛隊の表立った活躍に比べて、イーディス・ガラッドの功績はこれまで見過ごされてきました。しかし柔術によって女性も自らの力で身を守ることができると教えたイーディスは、現代の#MeToo運動時代の女性にも力強いメッセージを伝えているのではないでしょうか」。

 

会田誠 インタビュー

実験的な作品を世に送り出し、
鑑賞者の内なる感情を引き出す
会田誠現代美術家

10月、ロンドンで開催された国際交流基金主催のトーク・イベントに登壇した現代美術家の会田誠氏。美術の教科書に載る「あぜ道」のような絵画から、文部科学省に対する不平不満をぶちまけた立体作品「檄」まで、良くも悪くも話題になるアートを生み出し続ける人物だ。世間に衝撃を与え続けてきたイメージが強いが、インタビュー時のご本人は驚くほど気さくで、質問に対して丁寧に言葉を紡いでいく姿が印象的だった。(インタビュー・文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

会田誠
MAKOTO AIDA 1965年10月4日生まれ。新潟県出身。1991年東京藝術大学大学院美術研究科修了。絵画だけでなく、写真、立体、映像、マンガ、小説など表現方法は多岐に渡る。国内外で展示を行い、近年の主な個展は「天才でごめんなさい」(森美術館、2012年-2013年)、「考えない人」(仏ブルターニュ公爵城、2014年)、「GROUND NO PLAN」(青山クリスタルビル、2018年)など。

奥座敷のような作品が面白い

ロンドンに来る前、パリで開催されたアートフェア「Asia Now Paris」でインスタレーションを発表した会田氏。これまでにも数多くの作品を海外で展示してきたが、制作過程では「海外からの目」は気にしていないという。

僕は日本で暮らし、国内で作ることを方針としています。多少の例外はありますが、最初から海外の人たちが理解しやすい作品にする、ということはしていません。それでも面白いと感じてくれるなら海外でも展示します、というスタンスです。僕の作品には、背景になるネタを知らないと分かりにくいものが多数ありますが、時間と労力をかけて相手がそれを理解してくれるということは、国際交流的にも意義があると思っているのです。例えば僕の作品の一つに画家の平山郁夫*を知らないと面白がれないものがあります。海外の人が僕の作品をきっかけに、それまで知らなかった平山や、ひいては現代日本文化のイビツな成り立ちを知ることができたら、僕は見せた甲斐があったなと思います。例えるなら奥座敷みたいに、表玄関からぐいぐい奥まで入ってもらわないと分からない、という方が作品として面白いと思うのです。

*日本画家。作品制作活動のかたわら、東京藝術大学学長を務め、海外での文化財保護活動にも大きく貢献した。2009年没。

しかし、ときに作品は作者の意図したものから離れ、批判に晒されることもある。かつて女性をグロテスクに描いた作品群は賛否両論を巻き起こしたが、会田氏はそれも含め意図したことであり、世間に対する挑戦でもあったという。

海外での成功を第一の目標にしていたら、「ジューサーミキサー」(2001年)のように女の人があんな残酷な目に遭っている絵は描きません。この作品は米ニューヨークに半年滞在しているときに描いたものですが、時代はフェミニズムやPC(ポリティカル・コレクトネス)などの思想が渦巻いてる最中。嫌われるためにやったようなものでした。偉そうに言えば、すんなり受け入れられて成功してもうれしくないのです。分かりにくいネタや、欧米社会でアウトとされているネタを使ってもっとハードルの高いことをやった方が、達成感をより感じられます。

ジレンマと矛盾を埋め込む、
それが創作動機の中心

結果として会田氏はセンセーショナルな作品を次々と生むことになるが、その過程で自身の新たなスタイルを発見する。近年の作品では、福島の原発問題に対する大衆のツイートを扱った「MONUMENT FOR NOTHING Ⅳ」(2012年)がそれだ。原発反対派、推進派の意見を大量に壁に貼り付けることで、互いの意見が別方向に引っ張り合い、力が均衡して動きが停止する―その状態を表現した作品だった。

僕は以前、ツイッターで「自分は作品にジレンマと矛盾を埋め込む、それが創作動機の中心。(一部抜粋)」とつぶやきました。ジレンマや矛盾、つまりある緊張状態で固まり停止しているものを作品として見せたいんです。反原発にせよ原発推進にせよ、それは「ある一方向の意志」ですよね。僕はそれ自体を作品にしたいとは思っていません。最近ではソーシャリー・エンゲージド・アートという言葉も出てきて、アーティストと社会活動家の区別がつかないような動きがあります。それはそれで良いと思いますが、僕はそれをやったらアートじゃなくなるという考えがあるんですね。そこは古い頑固者です。

© AIDA Makoto, Courtesy of Mizuma Art Gallery福島の原発に関するツイートを大量に貼り付けた「MONUMENT FOR NOTHING IV」は、会田氏が考えるジレンマや矛盾を表した作品だ

鑑賞者の内なる考えを引き出す会田氏の作品を始め、派手さはないが重要な作品を作る現代美術家は数多く存在する。題材や技法は、時代の変化とともに進化していくものだろうが、果たして既存の枠組みは、最先端のアートの存在に耐えうるだろうか。

僕は最近「アートは滅びるときが近付いている」という発言をする機会が多いのですが、それは第一に、19世紀ヨーロッパで形作られた「近代」という日本も明治以降に便乗した枠組みが、崩壊しつつあるという認識があるためです。アートも「近代」と密接に結びついたものですから、例えば富裕層だけが支える極端な構造のアート・マーケットや、今年バンクシーが自身の作品をシュレッダーにかけた事件などを見ても、それらは今までのアートの枠組みにおける末期状態の具体例であると僕には感じられます。また、インターネットによる社会の変化も、この認識を裏付ける決定的なものだと思っています。

 

フォトコンテスト2018 受賞者発表!

ニュースダイジェスト主催 フォトコンテスト2018 受賞者発表!

カメラかけがえのない旅の思い出から何気ない日常のふとした発見まで、今年も多くの力作が届いた、ニュースダイジェスト主催のフォトコンテスト2018。いよいよ栄えある受賞作品の発表です。今年は家族を被写体にした作品が数多く寄せられました。それでは、受賞者の皆さんによる思いのこもった写真を見ていきましょう!

テーマ「2017〜2018年の思い出」

王冠マチュア部門大賞

「ハイジ」
藤岡 聖陽さん 英国

「ハイジ」藤岡 聖陽(きよはる)さん

夏に家族でスイスへ行った際に撮影しました。マッターホルンを前に、息子が大好きなブランコで遊んでいる様子を残したくて、角度やタイミングを変えて何度もシャッターを切りました。2歳の息子が山をしっかり見ている点が特に気に入っています。まさか大賞を貰えるとは思いませんでした。応募を強く勧めてくれた妻に感謝です。

審査員コメント

遠近法を効果的に使った素晴らしい作品です。小さな子供を雄大なマッターホルンの前に配置し、しかもその山を子供が見下ろしているように撮影。青い空に子供が浮かんでいる構図も良いです。まさにタイトル通り、「ハイジ」のオープニングに出てくるようなユニークな、そしてよく考えられた写真ですね。

王冠 キッズ部門大賞

「いちごだいすきおにいちゃん」
加藤 立佳さん(6歳)英国 

「いちごだいすきおにいちゃん」加藤 立佳さん(6歳)

今年の5月に家族みんなで車に乗っていちご狩りにいきました。とっても大きないちごがいっぱい採れました。真っ赤で、甘くて、すごくおいしかったです。いつもはあんまり笑わないおにいちゃんも、いちごが大好きだから「うれしい」ってにこにこしていたので、写真を撮りました。

審査員コメント

本当にいちごが大好きな様子が男の子の表情から分かりますね。こんなにいっぱい収穫したという達成感にあふれた満足げな笑顔が、うまく切り取られています。これを撮影したのが妹さんというのも興味深いです。家族ならではのリラックスした表情と親密な時間が作品から伝わってきます。

「世界で最も美しい町」
佐藤 祐平さん イギリス 

「世界で最も美しい町」佐藤 祐平さん

チェコの南ボヘミア州に位置するチェスキー・クルムロフは町そのものが世界遺産。爽やかな夏空と鮮やかな森林に囲まれたルネッサンス時代の雰囲気が色濃く残る町並みを、目一杯ファインダーに閉じ込めてシャッターを切りました。「世界で最も美しい町」と称される場所の雰囲気が少しでも見る人に伝わればと思います。

審査員コメント

「世界で最も美しい町」の言葉そのものの完成度の高い写真です。空の青色を鮮やかに再現し、眼下に広がる家々を広角レンズで撮影することで緑に囲まれた町を強調。日中のコントラストの強い時間帯に撮影することで、夏の日差しが強調され、川の流れから爽やかな夏の風までも感じられるようです。 by JSTV

「Watching From Above」
アブドウラヒモフ 彩子さん イギリス

「Watching From Above」アブドウラヒモフ 彩子さん

片道約2時間の山登りの末たどり着いたノルウェーのプレーケストーレン、ここから見るフィヨルドは絶景でした。同宿のイギリス人夫婦がこの日ボート・ツアーに参加すると言っていたので、あれかなぁと思いながら撮りました。今夏一番感動した景色なので、このような形で思い出に残せて本当に嬉しいです。

審査員コメント

断崖絶壁、弧を描く船、そして撮影者の立っている位置。この3つのロケーションによって写真の距離感が表現されている、素晴らしい構図の写真ですね。また、旅行の一コマに見られる、それぞれの位置にいる人たちのそれぞれのストーリーが、何気なく語られているのも面白いと思いました。by KOTOHA

「X’mas illumination in London」
渡邉 一正さん 英国

「X’mas illumination in London」渡邉 一正さん

3年連続入賞ありがとうございます。宝酒造で乾杯予定です(笑)。毎年年末になるとLondon の大通りはX'mas イルミネーションで一気に輝き、別次元の美しさになりますよね。通りを歩いているだけで毎日感動です。それを会社帰りに撮りました。普段からいつもカメラを持ち歩き、そういった感動を記録するようにしています。

審査員コメント

昼が終わり、夜が始まる都会のわくわくする時間帯が青色のトーンで幻想的に表現されています。大通りのデコレーションが手前にくっきりと浮かび上がって不思議な遠近感が生まれ、赤信号やバスのブレーキ・ランプ、タクシーのヘッドライトが鮮やかなアクセントとなったモダンな作品ですね。 by Takara Shuzo

キッズ部門入賞

「じーじばーば、CHEESE!!」
ピラヤ なおみさん(11歳)英国 

「じーじばーば、CHEESE!!」ピラヤ なおみさん(11歳)

夏休みに日本に帰ったときに、鳴門の渦潮を見に行きました。そこでコンテストに応募する写真を撮っていたら、すごい風に吹かれてばーばの髪の毛がぼさぼさになったのが面白かったので、それを撮ろうとしたら後ろからじーじが覗いてきました。本当は一番になりたかったけど、いい写真が撮れたからうれしかったです。

審査員コメント

離れて暮らす孫に会えたうれしさ、カメラを持てるくらいまで育った孫に成長を感じた喜び、そんなじーじとばーばの愛情が感じることができました。サングラス越しにもじーじのほころぶ目元が容易に想像できます。お孫さんでなければ撮れないであろう、まさにキッズ部門に相応しい作品だと思います。by SAKAI Kuwahara Moving Service UK Ltd.

キッズ部門入賞

「下から見てみた」
森川 桜希さん(10歳)英国 

「下から見てみた」
森川 桜希さん(10歳)

受賞できてとてもうれしいです。夏休みにフランスのモネの家の庭で、花を下から撮ってみました。形のきれいな花を選び、周りに人がいないことに注意しながら撮りました。花びらが透き通って見えるところが気に入っています。僕は旅行で写真を撮るのが好きです。これからも景色の写真をたくさん撮りたいです。

審査員コメント

バランスや色も美しく、茎を長めに見せることで可憐な花をとてもよく表現できていると思います。花を裏側から見るという視点にも驚きました。見慣れている角度からではなく、視点を変えるという柔軟性をこれからも持ち続けて欲しいです。1本の花からも様々な発見があると教えられる一枚です。by WA café

キッズ部門入賞

「つばめの子」
ヘインズ 朋樹さん(11歳)イギリス 

「つばめの子」ヘインズ 朋樹さん(11歳)

入賞できてうれしいです。5月の終わりごろ家族とフランスに行ったときに撮りました。毎年同じ納屋でつばめが巣を作っています。大きくなった子供が巣からはみ出て落ちそうだったので、驚かさないようにゆっくり動きながら撮りました。つばめの表情がかわいくて好きです。これからも色々な写真を撮っていきたいです。

審査員コメント

つばめが巣を作るような高いところに登って撮影されたのですね。かなり近寄りストロボも発光されています。こちらを見ている愛くるしい目、そして私たちが普段見られない動物の生態を、これ以上ない撮影方法で切り取ったショットです。これからもどんどん撮影にチャレンジしてください。 by Paris Miki

キッズ部門入賞

「すてきな山」
吉田 美咲さん(11歳)英国 

「すてきな山」吉田 美咲さん(11歳)

賞をもらえたと知ったときは本当にびっくりしたけど、とてもうれしかったです。 この写真は、今年の夏休みにスイス旅行したときのもので、ハイキングの休憩時に寝転がって撮りました。手前の草がぼやけているのに遠くの山が奇麗に写っている所が気に入っています。絵はがきみたいな風景写真をもっと撮っていきたいです。

審査員コメント

立った姿勢で撮影されたものではなく、まるで植物の間に生息している昆虫のような視点で撮影されているところが新鮮に映りました。ダイナミックな景色を前にすると、視点が広がる風景にいきがちですが、そこに咲いている植物にも目を向けたところが面白いと思います。by Paris Miki

審査員総評

今年も素晴らしい作品が勢ぞろいし、大変審査の難しいコンテストでした。マチュア部門では構図の決め方を含め技術的に洗練されたハイレベルな作品が集まりました。キッズ部門についても大人とは異なるピュアな視点で切り取られた、勢いのある作品が多かったです。

受賞作品は日本語テレビ局JSTVで、2019年1月3週目より順次放送予定


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前谷 恩頼人さん「UK Red Arrows @RIAT 2018」 前谷恩頼人さん

「White Water」
ウォング 彪悟さん「White Water」 ウォング彪悟さん

「変わらない海の中」
西尾 嶺さん「変わらない海の中」 西尾嶺さん

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石井 潤美さん 「白と灰色の世界」 石井潤美さん

「夕焼けのプロポーズ」関根 英輝さん 「夕焼けのプロポーズ」 関根英輝さん

 
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