第8回 吹雪の中の走行(ダンス)
16 December 2010 vol.1280
最近寒くなってきたなぁと思えば、もうあっという間にクリスマス。ロイヤル・バレエではこの時期になると決まってクリスマスや冬をテーマにしたもの、子供を対象にした作品を公演するのが恒例となっている。今年は「シンデレラ」に加え、「スケートをする人々」「ピーターラビットと仲間たち」のダブルビルの計3作品。その中でも今回は「ピーターラビットと仲間たち」、ダンサーの間では「ポター」と呼ばれる作品を紹介したいと思う。
この作品の最大の見どころはなんと言っても衣装。ダンサー全員がピーターラビットの物語に出てくる動物の衣装を着て踊るので、見た目にも分かりやすく、子供から大人まで楽しめる大人気の作品でもある。
実はこの作品、見た目はかわいいのだが踊るのが体力的にとても大変で、ダンサーたちから嫌われてもいる。
まずは動物のマスク。これは自分の顔の4、5倍の大きさがあり、衣装もファット・スーツと呼ばれるスポンジたっぷりの大きなお腹を身に着けなければならない。先日、衣装を着ける前と後で体重を量ってみたのだが、なんと3.5キロもの差があった。重くて厚い生地にふかふかの動物の毛も付いて、暑いし踊りにくいし、たまったものじゃないのだ。
自分は「カエルのジェレミー」役を任されている。このシーンは全体で約8分間あり、始めから最後まで一人きりで踊る。
釣りが大好きなカエルのジェレミー君が川へ魚釣りに行くのだが、逆に大きな魚に食べられそうになり、命からがら逃げ帰るという設定。シーン始めから最後までぴょんぴょん飛び続けなければならず、この作品の中では最も体力的に過酷な役だと言われていて、自分も毎回汗だくで演じている。
マスクにも問題がある。マスクは、呼吸をするために口の周りがメッシュ仕立てになっているのだが、穴から空気がうまく入ってこないこともある。また、その小さな穴を利用して周りを見ることができるとはいえ、左右90度くらいまでしか見えないので、はっきり言ってほとんど視界がないといっていい状態だ。ただ自分はこのマスクが嫌いではなく、着用しながらのダンスを楽しんでもいる。
自分のシーンは暗闇から始まるので周りが全く見えず、舞台袖にある小さいライトを目標に飛び始める。前が見えなくて少し怖いような感覚が、例えると北海道の吹雪の夜道をドライブしているような感じに似ている。
北国出身の方ならばお分かりかと思うが、吹雪時の運転は左右の視界もほとんどなく、前に見える小さな電灯を目指して走る。目の前に見える道をゆっくりと少しずつ走り、前が見えない不安と戦いながらも、自分が目指した地点へひたすら走り続ける。そんなドライビングをし、目的地に到着したときの安堵感はなんともいえない。
唯一違うのは、スピード感。このシーンでは安全運転は許されておらず、最初から最後まで全力疾走、まさにトップギアで走らなければならないので、ドライブというよりもタイムアタックかもしれない。車のレースが好きな自分にとってはこのタイムアタック的な突進が大好きだし、冬道を思い切り走る感覚は、スリルがあって楽しかったりもする。車と違って自分の身を削っての走行(ダンス)となるので、体全身くたくたになるのだが、踊り終わった後の達成感は言葉では言い表すことができないくらいで、熱いものを感じることができる。
さあ今年も残すところあと数週間だ。今夜も吹雪のドライブを楽しむことにしよう。