ウェルシュ・レアビット
Welsh Rarebit
初めてこの料理名を見たのは、ランチをしようと友人とパブに行ったときでした。当時、英国に住み出してまだ間がなかった私は、この地に長く暮らしている彼女がこれを注文したのをみて、「ランチにウサギを食べるのか……。英国では一般的なのかな?」とびっくり。そう、「レアビット」を「ラビット」と勘違いしていたんですね。でもその勘違いは決して間違っていたというわけでもなさそう。というのも、「レアビット」とは、実は「ラビット」がなまったものだと言われているのです。どちらの呼び方も既に18世紀の文献に登場しているというのですから、いずれにしても250年以上の長い歴史をもつ一品です。
ところでこの料理ですが、ウサギの肉は入っていません。「ポッシュなチーズ・オン・トースト」と表現されることも多いその正体は、日本で言うところのチーズ・トースト。そう言われると質素な料理のようにも感じますが、人気ドラマ「ダウントン・アビー」の原点(?)とも言われる映画「ゴスフォード・パーク」では、貴族の晩餐会にも供されていました。1930年代の英国貴族の館を舞台にした人間模様を描いたこの映画では、来客の一人で米人映画プロデューサーのモリス・ワイズマンがベジタリアンでした。それを知った館のシルヴィア夫人が慌てふためいてメイドたちのところにやって来たとき、メイド頭のミセス・ウィルソン(ヘレン・ミレン)が「ワイズマン氏のゲーム(狩猟肉)コース用にはウェルシュ・ラビットを用意しておきました」と毅然(きぜん)と応える場面が出てきます。上流階級のディナーで食されただなんて、まさに「ポッシュ・チーズ・オン・トースト」の別名(?)にふさわしいエピソードではありませんか!
また、「ウェルシュ」とつくからにはウェールズの郷土料理のように思えますが、実は発祥がウェールズだという確証はないようです。昔、イングランドに比べて貧しかったウェールズではウサギ肉の代わりにこれを食べていたから、という説もありますが、かつてイングランド人がウェールズ人をばかにして、まがいものの真珠を「ウェルシュ・パール」などと呼んだのと同様に、ただのチーズ・トーストを「ウェルシュ・ラビット(=ニセモノのウサギ肉)」としたという話も伝わっているとか。
このように、名前については諸説ありのウェルシュ・レアビット。お手軽なパブ・スナックとしてよく知られていますが、ロンドンでベスト・ワンと評判なのは、レストラン「セント・ジョン」のもの。さっくりとしたトーストの上にさざ波のように広がる薄茶色のチーズ・ソースは、ねっとりと濃厚でいてしつこさはナシ。ほのかに感じるギネスの香りにぴりっと効いた辛みなど複雑な味わいが口の中で弾けます。ついついビールやワインがすすんでしまうのでご注意を。
ウェルシュ・レアビット - セント・ジョン風(3人分)
材料
- チェダー・チーズ ... 150g
- ギネス ... 70ml
- バター ... 10g
- 小麦粉 ... 大さじ1
- イングリッシュ・マスタード・パウダー ... 小さじ1/2
- カイエン・ペッパー ... ひとつまみ(辛いのが苦手な方は入れなくても)
- ウスター・ソース ... 小さじ1.5
- トースト ... 3枚
作り方
- 小なべにバターを溶かし、小麦粉を入れて焦げないように混ぜる。
- マスタードとカイエン・ペッパーを加え、ギネスとウスター・ソースを入れてよく混ぜる。
- ❷にチーズ下ろしで細かくしたチェダー・チーズを加え、すべての材料がよく混ざるまでかき混ぜる。
- ❸のチーズ・ソースをトーストの上に5mmくらいの厚さに塗り、表面がプツプツと泡立ってきてやや焦げ目がつくくらいにグリルして出来上がり。好みで塩・胡椒やウスター・ソースをかけて召し上がれ。
memo
「セント・ジョン」(www.stjohngroup.uk.com)にて教えていただいたレシピを少人数用にアレンジしましたが、6人用のオリジナル・レシピはファーガス・ヘンダーソン著「Nose to Tail Eating」のP211をご参照ください。