75歳以上の高齢者のTVライセンス料無償化、廃止へ
- BBCの決定には反対論も
与党・保守党が正式に党首選の火ぶたを切った10日、驚くべきニュースが報道されました。
現在、英国に住む75歳以上の高齢者はBBCのTVライセンス料(NHKの受信料に相当。以下「ライセンス料」)の支払いを免除されていますが、BBCがこの制度を廃止し、来年6月から有償化すると発表したのです。この年齢層に入る人は約370万人ですが、同居家族の中に75歳以上の人がいればライセンス料は無料となるため、無償化を享受していた人はこの数字の2~3倍になる可能性があると言ってよいでしょう。
ライセンス料は、年間154.50ポンド(約2万1000円)で、視聴家庭から徴収され、BBCの国内の放送・配信活動に使われています。75歳以上のライセンス料無償化が決定したのは、2000年。時の労働党政権が、年金生活者の貧困を緩和する施策として導入しました。多くの高齢者にとってテレビやラジオが「唯一の友」という現実を考えると、孤独に追いやる可能性もありますよね。
実は、BBCにはやむにやまれぬ事情がありました。もともと、無償化分は政府が国税で負担してきたのですが、2015年、ジョージ・オズボーン財務相(当時)がBBC経営陣に対し、2020年からはBBCが負担することを提案しました。BBCは約10年毎に更新される王立憲章(女王の勅許)によってその存立が定められていますが、当時は2017年以降の王立憲章の更新に向かって、政府や議会、国民から理解を得るための活動を開始する直前でした。ただこの時、世界金融危機のあおりを受けて政府は緊縮財政を敷いており、BBCと政府との交渉で決まるライセンス料は何年も据え置き中。実質的には減額予算です。インフレ率との連動は解消され、ライセンス料制度廃止の声も上がっていました。
こうした中、BBC経営陣は、新たな王立憲章の更新では、何としても「インフレ率連動・値上げの実施」を現実にしたいと思っていました。そこで、交渉が正式に始まる前に、経営陣はオズボーン氏の条件をのんで無償化による負担を引き受ける代わりに、インフレ率連動・値上げの再開を確約させたのです。裏の手を使った訳です。
昨年秋から今年2月にかけて、BBCはライセンス料の年齢層による免除についてパブリック・コメントを募りました。約19万人から回答があり、48%が現状維持、37%が現行規則の何らかの変更、15%が高齢者層の無償化撤廃を支持しました。この結果で「廃止」の決定に至るのは、筆者には少々無理のように思えますが、前述の通りBBCには予算上の問題がありました。
現状を維持した場合、2020〜21年度予算でのBBC負担額は7億4500万ポンドに達し、これはBBCの歳出の18%に相当するので、複数のチャンネルを停止せざるを得なくなるのです。ですので、到底負担はできそうにありません。でも、有償化による高齢者層の負担を考慮し、「年金クレジット」という支援金を受け取る年金生活者に対しては、これまで通り無償にしました。これにより、ライセンス料全額免除となる視聴家庭は150万戸と見られています。テリーザ・メイ首相はBBCの決断に「非常に失望した」と表明しました。
でも、ここで考えてみましょう。BBCが高齢者への福祉に責任を持つという現在の制度は正しいものなのでしょうか。先にパブリック・コメントに寄せられた識者の意見の中には「政府が税金で負担すべきではないか」という声が少なからずありました。BBC経営陣による廃止決定の文書にも、これまで通り無償化を維持するために政府が介入することも可能、という文言がありました。保守党は2015年と17年の下院選マニフェストで高齢者のライセンス料無償化維持を確約していたそうです。廃止決定で、BBC経営陣は政府に「さて、どうする?」とボールを返したようにも見えるのですが。