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Tue, 19 November 2019

Life at the Royal Ballet バレエの細道 - 蔵 健太

第28回 凝った心を溶かした親友の言葉

23 August 2012 vol.1366

プロへの登竜門、「ローザンヌ国際バレエコンクール」でスカラーシップ賞を受賞した直後のこと。同賞の受賞者は、大会本部別室に個別で呼ばれ、新学期から通う留学先の書類にサインする。当時の大会申込書には、希望留学先を記載する欄があり、自分は「パリオペラ座バレエスクール」と「英国ロイヤルバレエスクール」の2校を記入していた。理由は一つ、世界に存在するバレエ・スクールの中で、知っていたのがこの2校だけだったから。記載内容は後で変更することも可能らしいのだが、受賞した時点で達成感でいっぱいになり、次のことを考えようともしなかった。ここまで頑張ったからバレエを辞めてもいいかな、と軽く考え始めてさえいた。

英国ロイヤルバレエスクール 留学先となった、ロンドン中心部にある
英国ロイヤルバレエスクール

別室にて会話が始まった。大会関係者の方は通訳を通して優しい顔で「君は行きたい学校を自由に選ぶことができる」と声を掛けてきた。「パリオペラ座バレエスクールが第一希望になっているけれど、どうして?」と聞かれ、正直に理由を話すと大笑いされた。「本当に行きたい学校はどこ?」と聞かれたが、何となく自分の本当の気持ちを相手に伝えるのが怖い。そこで「日本の高校を卒業するまで待ってもらうのは可能ですか」と尋ねると、少し困り顔で「君は留学したくないのかい? 新学期から留学できないとなると、賞は剥奪されることになるかもしれない」と言ってきた。せっかく足が痛いのを我慢していただいた賞なので、「留学したくない訳じゃないけど……」と言葉を濁して少し考えた後、「どうせ行くなら世界最高のスクールに行ってみたい」と言った。すると「フランス語ができるならパリオペラ座バレエスクール、英語圏なら英国ロイヤルバレエスクールが最高レベルだと思う」との答え。唯一自分が知っていた2校が選ばれているのに安心し、「フランス語ができないので英国でお願いします」とサインした。


その後の受賞パーティーから、自分の周りが少しずつ変わっていったのを覚えている。何がどう変わっていったか、うまく説明はできないのだが、自分に話し掛けてくる大人が増えていったように感じた。そして自分が話す言葉にうなずいてくれることが多くなったような気もした。自分を見る周りの人の目が、今までと違っていた。

北海道に戻ってみると、地元のメディアでは既に受賞したことが発表されていて、新聞記事には英国へ留学決定の見出し。地元のちょっとした有名人だった。

しかし周りの人から「おめでとう」と声を掛けられるたび、嬉しい半面、悲しさも募っていった。海外へ出ることへの抵抗心が抜けない。これ以上、一人で悩んでもしょうがないと思い、ある日、友人Tの家に行って本当の気持ちを話した。すると「知ってるよ、健太の友達なら皆、知ってる」との返事。「なんで皆その話、しないんだろう」と言ったら、「してもしょうがないだろ」と返ってきた。「嫌になったら帰って来たらいい。俺たちは一生の仲間なんだから、離れてても友達だべ。皆ここで待ってるから」と続けたTは、その後も「今度は銀メダルじゃなくて一番になって俺たちに自慢してくれ」と言葉を重ねる。

Tの前で涙を見せたのは、それが最初で最後かもしれない。それらの言葉で、自分の何かが大きく変わった。その後は不思議と海外へ行きたくないという気持ちは薄れていき、ロンドンでとことんバレエをやってみようと思うようになっていった。今でもあの日のTの言葉がなぜ自分の気持ちを変えたのか、考えるときがあるが、答えは見つからない。


あれだけ海外へ出ることを嫌がっていたのに、今でもまだロンドンに住んでいる。まだロンドンでやりたいことは両手じゃ数えきれないほどある。日本の仲間には申し訳ないが、帰国するのはもうちょっと先になりそうだ。いつまでも皆が誇れる踊り手でいられるよう、俺はこれからも走り続けようと思う。

 
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蔵 健太
1978年8月2日生まれ。北海道旭川出身。95年にローザンヌ国際コンクールに出場し、スカラーシップ賞を受賞。ロイヤル・バレエ学校で2年間学んだ後、97年にロイヤル・バレエ団に入団する。現在、ソリスト。http://kentakura.exblog.jp
今後のスケジュール
「Alice's Adventures in Wonderland」3月15日~4月13日(フロッグ役)
(予定は突如変更になる場合があります)
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