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Thu, 28 March 2024

英国の口福こうふくを探して

「英国料理はまずい」だなんて、言い古された悪評など何のその。おなじみのものから、意外と知られていないメニューまで、英国の伝統料理やお菓子には、舌が悦ぶものが色々あります。ぜひ一度ご賞味を。


No. 84

ビーフ・ティー
Beef Tea

Beef Tea

英国の家庭では、朝や食後に、紅茶やコーヒーを淹れる担当が男性という場合がよくあります。義父母の家でもそうで、いつも私に飲み物を淹れてくれるのは義父です。義父にお茶を淹れさせるなんて申し訳ない……、最初のころは戸惑っていた私。でも、今やすっかり慣れて、ありがたく紅茶やコーヒーをお願いしています。

あるとき、義父がキッチンで飲み物を作っていました。普段なら自分が紅茶を飲むときには必ず私にも声を掛けてくれるのに、そのときは珍しく自分の分だけを作っているのです。変だなー、と思って近づいて見てみると、コーヒーのような黒い液体がマグの中に入っています。でも匂いはまるでシチューのよう。「それは何?」と尋ねると、「ボブリルを知らないの?」と逆に驚かれてしまいました。「ビーフ・ティーだよ」と続ける義父。「え、ビーフのお茶?」私はちんぷんかんぷん。すると、「これをお湯に混ぜて作る飲み物だよ」と丸っこい瓶を見せて正体を明かしてくれました。

「ボブリル」の瓶の中には、真っ黒なドロドロとした液体が入っています。お湯に混ぜて飲んでみると、確かにビーフの味。具のないスープ(?)なので、ビーフ・ティーとは、なかなかうまい命名です。

ビーフ・エキスとも呼ばれるボブリルが誕生したのは、1870年~1871年の普仏戦争のときだったといいます。当時、カナダでビジネスをしていたスコットランド人のジョン・ローソン・ジョンストンが、ナポレオン3世率いるフランス軍に「ジョンストンの液体ビーフ」という名前で供給したのが始まりでした。

1884年にロンドンに戻ったジョンストンは、それを「ボブリル(Bovril)」と改名し、1886年に英国で発売開始。ボブリルの「Bo」はラテン語で牛を意味し、「Vril」は19世紀に人気だった小説「来るべき種族」に出てくる、超人的なパワーをもたらす妙薬から取ったものと言われています。つまりこれは、元気をもたらす飲み物、というわけです。

歴史をたどると、牛肉を水で煮出したダシ汁をビーフ・ティーと呼んで飲む習慣は、ボブリルが登場する以前からありました。病人たちへの食事療法として医学書にも記載されていて、19世紀半ばのクリミア戦争の際には、負傷した兵士たちにビーフ・ティーが与えられていたという記録があるそうです。

時代が変わって現在では、ボブリルといえばサッカーの試合観戦に飲むもの、として知られています。特に、雨が多くて寒いスコットランドでは「パイ& ボブリル」と言って、熱いボブリルを飲みながらスコッチ・パイを食べるのが定番なのだとか。そういえば、義父がボブリルを作っていたのは、テレビでセルティックの試合を観戦する前だったような気が……。スコットランド人の義父にとってそれは、サッカー観戦前の儀式のようなものだったのかもしれません。

ボブリル・ビーフ・ティーの作り方(マグカップ1杯分)

材料

  • ボブリル ... ティー・スプーンに山盛り1
  • 沸騰したお湯 ... マグカップ1杯分

作り方

  1. マグカップにボブリルを入れ、上から沸騰したお湯を注ぐ。
  2. よくかき混ぜて味見をし、好みの味に調えたら出来上がり。
memo

ボブリルはお湯を足してビーフ・ティーにするだけでなく、キャセロールやシチューなど、料理の隠し味に使う人もいます。また、「マーマイト」のようにトーストに塗って食べるのもお勧め、とあったので試してみましたが、かなりしょっぱいので、相当薄く塗らないと塩気が強すぎてしまいます。正直なところ、わざわざトーストに塗ってまで食べなくてもいいかな、という気がします。

 
マクギネス真美マクギネス真美
英国在住の編集&ライター。日本での9年半の雑誌編集を経て、2003年渡英。以降、英国を拠点に、ライフスタイル、ガーデニング、食などの取材、執筆を行う。英国料理の師は義母。
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