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Fri, 06 December 2019

第4回 「夏への扉」を探して

50歳近くの、いい歳になって少々気恥ずかしいが、私の大好きな小説にロバート・ハイラインの「夏への扉」がある。「永遠の青春小説」などとして有名だし、小欄の読者にも読んだ方は多いと思う。

この夏、早川書房からその新訳本が出た。ハヤカワ文庫の旧訳が茶色っぽいカバーだったのに対し、新訳本の表紙には青い空と緑の草原、そして主人公の愛猫「ピート」の姿が描かれている。明るく、さわやかな感じが、なかなか良い。

インターネットで「夏への扉」を検索すると、版元の早川書房が作ったこんな紹介文がヒットする。

「ぼくが飼っている猫のピートは、冬になると『夏への扉』を探しはじめる。家にたくさんあるドアのどれかが夏に通じていると信じているからだ。そしてぼくもまた、ピートと同じように『夏への扉』を探していた。最愛の恋人と親友に裏切られ、仕事を失い、生命から2番目に大切な発明さえも奪われてしまったぼくの心が、真冬の空のように凍てついてしまったからだ。失意の日々を送っているぼくにも、ピートが信じる『夏への扉』は見つかるのだろうか。未来は、絶対に過去より良いものになる——」

この本を最初に読んだのは、20歳前後だったと思う。たぶん、大学生になったばかりのころだ。

ハイラインがこれを書いたのは1956年で、舞台は1970年のアメリカ。主人公のダンは愛猫のピートと一緒に、冷凍睡眠やタイムマシンで1970年と2000年を行ったり来たりする。

その差30年の過去と未来。何百年、何千年もの時間差を扱ったSF小説だと、その時間差を実感するのは難しいが、「30年」は自分の手が届く範囲にある。実際、「夏への扉」を初めて読んだ時から数えると、ちょうど、そのくらいの時間が流れている。

少し前、記者仲間と飲みに出掛けた際、「夏への扉」の話を出してみた。午後8時すぎの東京・虎ノ門。「居酒屋かあさん」では、ふつうの声は向かい側の席に届かない。それほどまでに、店内は背広の群れで埋め尽くされていた。

彼は私より少し若いくらいだが、あの名作は、あいにく、読んだことがないという。その代わり、「30年」の話題では盛り上がった。30年前の1980年ごろと、今と。その間に世の中は何が変わり、何が変わっていないか、という話だ。

宇宙ステーションができたとか、ソ連が消滅してベルリンの壁も消えたとか、テロと対テロ戦争が日常化したとか、世界ではいろんなことがあった。しかし、自分たちの日常生活レベルでは、どうだろう。

今と同じく、30年前にはテレビもあった。車もあった。30年間で相当に延伸はしたが、新幹線も高速道路もそれ自体すでにあった。飛行機もあちこちに飛んでいた。iPodはなかったが、ウォークマンはあった。録画ビデオもあったし、コンビニもあった。マクドナルドも吉野屋もあった。それでも、例えば、車の改良が進んでいるように、世の中、少しずつは良くなっているはずだ。

……居酒屋での酒飲み話は、そんなふうにとりとめもなく続いた。

それからしばらくして、今度は20代後半の知人と飲んだ。午前0時すぎ、お開きにしようとしたら、「もう帰るんですか」という。おれ、君みたいに若くないんだと言っても、相当酔っぱらった彼は「なに言ってるんですか。人生、永遠に青春ですよ。ぼくは朝まで平気ですよ」などと言う。

彼は希望した仕事になかなか就けず、一時は「全人格を否定された気分です」と話すほどに落ち込んでいた。しかし、その後は目標を切り替え、新しい生活に乗り出そうとしていた。その夜は、いわば、再出発のお祝い会だったのである。

結局、彼を振り切ることができず、自宅に招いた。彼が気付いたかどうかは分からないが、寝床を用意した際、その枕元付近に積まれた本の山の中に「夏への扉」はあった。

「……失意の日々を送っているぼくにも、ピートが信じる『夏への扉』は見つかるのだろうか」。夏への扉は、それを懸命に探す人には必ず見つかるものだと、ハイラインは言っているのだ。そう言えば、たった3時間ほどの睡眠だったのに、彼は翌朝、「いやあ、久々にすっきりです。すごく寝覚めが良いです」と、さわやかだったな。

 
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高田 昌幸:北海道新聞東京編集局国際部次長。1960 年、高知県生まれ。86年、北海道新聞入社。2004 年、北海道警察の裏金問題を追及した報道の取材班代表として、新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。2006~09年、ロンドンに駐在。
E-mail: editorial@news-digest.co.uk
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