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日経電子版Pro
Fri, 04 December 2020

第3回   『目から鱗』のセントポール大聖堂

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シティにはコーンヒルとラドゲート・ヒルという小さい丘が2つあります。コーンヒルには、ロンドンにキリスト教が導入された2世紀後半に聖ペテロが祀られ、その後、司教座(カテドラル)が置かれたといわれています。その司教座が6世紀末にカンタベリーに移されますと、ラドゲート・ヒルにロンドン司教座、つまり、聖ポール大聖堂が建てられました(604年)。日本で聖徳太子が「和を以て貴しと為す」と説いていたころ、当地ではゲルマン人にアガペー(神の愛)が説かれていたわけです。

ブラックフライアーズ
向かって右上方、失明したパウロが洗礼を受けて
「目から鱗」が落ち、視力が回復した場面が描かれている

11世紀半ば、英国を征服したノルマン人はシティの西に位置するウェストミンスターを拠点とし、同地の寺院を王家の霊廟とします。そしてそのウェストミンスター寺院とシティの聖ポール大聖堂は、ロンドン東西の二大寺院となります。西の寺は王家の菩提寺、東の寺は庶民の祈祷寺。それは江戸時代、徳川家の菩提寺=増上寺と、庶民の信仰所=浅草寺の関係に似ています。

現在の聖ポール大聖堂は5代目の建物になりますが、これを設計したのは偉大な天文学者にして建築家でもあるクリストファー・レンです。彼は科学と宗教の融合を目指す敬虔なるクリスチャンでもありました。

建物南側の小さな広場の足元にご注目ください。うっかり通り過ぎてしまうかもしれませんが、黒い点線とグレーの大理石を用いて、4代目と5代目の建物の配置の対比が地表に図示されています。少し大きい旧聖堂が真東に向き、新聖堂がやや北東に向いていることが分かるでしょうか。これ、彼の強い意志の表れです。実は中世の教会は必ず真東に向かって建てられています。オリエンテーションという言葉が「正しく東に方向づけする」という宗教用語から来ていることからも、東の方角が持つ重要性がうかがえるでしょう(お墓も死者の復活を信じて西枕、足は真東に向いています)。でも天文学者のレンからしますと、聖書のどこに真東と書いてあるのだ、大事なのは春分秋分の真東ではなく、復活の日の東だ、と。なので彼の設計した新聖堂は、その礎石が置かれた1675年の復活祭4月14日の日の出(午前5時5分10秒)の方向に向かっています。旧教と断固、決別しているのです。

大聖堂西口正面には聖パウロがキリスト教に回心した経緯が10枚の彫刻の絵物語となって描かれています。向かって右上が皆さんご存知、「目から鱗」が落ちるシーン。目を凝らしてよく見てください。「鱗」のようなもの見えますか? え、見えない? まだ鱗落ちてませんね。

Street
黒い点線が旧聖堂、グレーが新聖堂の配置を示す
Alley
復活の日、死者が蘇るときに日の出に向かって立てるよう、中世の教会もお墓も必ず真東に向いている
Lane
西口正面には、10枚の彫刻で描かれた
「パウロの回心」の絵物語が
 
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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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