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ニュースダイジェストのグリーティング・カード
Thu, 29 October 2020

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

ルール・ブリタニア歌唱ありか、なしかBBCが「右往左往」? - 「帝国主義的」と言われた曲に波紋

英国の夏の風物詩の一つが、7月から9月の8週間にわたって開催されるクラシックの音楽祭「プロムス」(BBC主催)です。会場となるロイヤル・アルバート・ホールに実際に足を運んだり、大きく盛り上がる最終日の演奏(「ラスト・ナイト・オブ・ザ・プロムス」)をテレビで視聴する方は多いのではないでしょうか。しかし、今年はある曲を巡って大きな論争が発生しました。

最終日の締めくくりに、愛国歌「ルール・ブリタニア」(「統べよ、ブリタニア」)を、場内の観客が国旗を振りながら大合唱するのが定番ですよね。ところが、8月23日、反人種差別運動「ブラック・ライブズ・マター」(「黒人の命も大切だ」)の高まりを受け、BBCがこの曲と、英国の著名な作曲家エルガーによる行進曲「威風堂々」に歌詞を付けた愛国歌で、大英帝国を賛美する「希望と英国の国」(1902年発表)の2曲を、最終夜のプログラムから外すことにした、と「サンデー・タイムズ」紙が伝えました。同紙によると、BBCはこの2曲が植民地主義や奴隷制に関連していると解釈され、反発が起きることを懸念し除外を決めたそうです。「愛国的要素を減らす」ことを支持している人物として、最終日の指揮者ダリア・スタセブスカさんの名前が挙げられました。

米国から世界中に広がったブラック・ライブズ・マター運動は、英国でも黒人市民がどのように社会で扱われているかを問いかける機運を作りましたが、BBCがこの点を考慮してプログラムを変更するのは、BBCを以前から「左派的メディア」と見る保守系メディアや保守系政治家にとっては、「いかにもBBCがやりそうな」ことに映りました。ただ、プロムスを象徴する「ルール・ブリタニア」を外すとなると一大事です。そこで、保守系メディアはプログラムからの除外を既成事実として一斉に報じ、その結果、ソーシャル・メディア上ではスタセブスカさんに対するオンライン・ハラスメントが起きました。

「サンデー・タイムズ」紙の報道の翌日、BBCは、スタセブスカさんへのオンライン攻撃は「残念」だとしつつ、最終夜のプログラムを発表します。この中には先の2曲が入っていましたが、オーケストラによる演奏のみとしたことで、さらなる論争が発生しました。BBCは演奏だけにした理由として、新型コロナウイルスの感染を防ぐために無観客、出演者の減少などを行ったので、この形が「芸術的には最善」と考えたと説明しましたが、説得力があるようには聞こえませんでした。ボリス・ジョンソン首相までもが論争に加わり、演奏のみという選択は「信じられない」、「自らの歴史や伝統、文化に対して恥じるのをやめるべきだ」と述べました。

「ルール・ブリタニア」は1740年の作曲で、英国を擬人化した女神ブリタニアが世界を支配するという内容です。合唱時に最も盛り上がるのが歌詞の中で何度も繰り返される以下の部分です。「統治せよ、ブリタニア、大海を支配せよ/英国民は断じて、断じて、断じて奴隷にはならない」。マイノリティー民族のクラシック音楽家育成を支援するチチ・ヌワノクさんはBBCの取材の中で、歌詞は「侮辱的だ」と述べています。

しかし、ジョンソン首相に加え、国民からも歌詞なしに対する不満が沸騰し、BBCは9月2日、方針変更を発表しました。BBCの新会長ティム・デイビー氏の就任直後の決定で、会場内の歌手が歌う形で放送することになりました。8月末、当時の会長トニー・ホール氏が「歌詞なしで放送する」、ただ、「来年はたぶん歌詞付きになる」とインタビューで述べたばかりです。方針変更ではありますが、振り返ってみると、本当にBBCが反人種差別運動に配慮して2つの曲を外そうとしていたのか、あるいは当初演奏のみにしたのは本当に芸術的理由のみなのかについては、はっきりしていません。いずれにしても、来年のプロムスで「ルール・ブリタニア」の扱いがどうなるかに注目ですね。

キーワード

The Proms(BBC プロムス)

ロンドンで開催される、8週間にわたるクラシック音楽祭。正式名は初回指揮者の名前を冠した「ヘンリー・ウッド・プロムナード・コンサート」。1895年、普段クラシック音楽を聴かない人も気軽に楽しめる、格安のコンサートとして、興行主ロバート・ニューマンが企画。18世紀以降ロンドンの公園内で開催されてきた「プロムナード・コンサート」がその起源で、1927年以降、第二次世界大戦の一時期を除きBBCが運営を担当している。

 
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