ニュースダイジェストの制作業務
Wed, 12 November 2025

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

英仏などがパレスチナを国家承認 その背景とは国連加盟国の約8割がこれ以前に承認を表明

「英国はパレスチナを国家として正式に承認(State Recognition)します」。9月21日、キア・スターマー首相はソーシャル・メディアを通じてこう表明しました。イスラエルによる攻撃でパレスチナ自治区ガザの人道危機が深刻化するなか、スターマー首相は「イスラエルによるガザへの容赦ない爆撃は到底容認できない」と強調しました。そのうえで、イスラエルとパレスチナがそれぞれ独立した主権国家として平和的に共存することを目指す「二国家解決」の実現を願い、今回の承認に踏み切ったと説明しました。同日、カナダ、オーストラリア、ポルトガルがこれに続き、後日フランス、ベルギーなども承認を表明しました。英国が承認を表明する以前から国連加盟193カ国のうち約150カ国がすでにパレスチナを国家承認していましたが、承認に反対する米国と足並みをそろえて慎重姿勢を維持してきた英国やフランス、カナダなどG7主要国による承認は、今回が初めてです。


英国が最近までパレスチナを国家承認してこなかった背景を見てみましょう。地中海東岸のパレスチナ地域には古代にユダヤ人王国が存在したこともありましたが、16世紀以降はオスマン帝国の支配下に置かれました。19世紀末、欧州で反ユダヤ主義や迫害が強まるなか、民族的故郷への回帰を掲げる「シオニズム運動」が台頭し、ユダヤ人のパレスチナ移住が進行します。土地の買収や入植が進むにつれ、先住していたアラブ系住民との摩擦も激化していきました。

第1次世界大戦中、英国は戦略的理由からアラブ側に独立国家建設を約束するフセイン・マクマホン書簡(1915年)を交わしました。一方で、1916年にはフランス・ロシアと中東分割を取り決める密約、サイクス・ピコ協定を結び、17年にはパレスチナにユダヤ人居住地建設を支持する書簡(バルフォア宣言)を英国のユダヤ人指導者で銀行家のロスチャイルド卿に送っています。これらは相互に矛盾する「三枚舌外交」と呼ばれました。大戦末期、パレスチナは英国軍の占領下に入り、18年のオスマン帝国降伏後は英国の支配下に。22年、国際連盟が英国によるパレスチナの委任統治を正式に承認しました。

第2次世界大戦後、ナチス・ドイツによるホロコーストを経てユダヤ国家建設への国際的支持が高まり、パレスチナへのユダヤ人移民は一段と増加します。英国はアラブ住民とユダヤ住民の対立を収拾できなくなり、47年にパレスチナ問題を国連に委ね、同年、国連総会は「パレスチナ分割決議」を採択。ユダヤ国家とアラブ国家の建設、エルサレムの国際管理が決まりました。翌48年、ユダヤ側は独立を宣言しましたが、アラブ側は拒否し第1次中東戦争が勃発。イスラエルは領土を拡大し、約70万人のパレスチナ人が難民となりました。67年の第3次中東戦争でイスラエルはヨルダン川西岸、ガザ地区、東エルサレムを占領し、その支配は現在も続きます。93年のオスロ合意によりパレスチナ自治政府設立の枠組みが合意され、94年に正式に発足しましたが、和平は頓挫しています。


英国がパレスチナを国家承認してこなかった理由は複数あります。第一に和平プロセスです。二国家解決は、西岸とガザにパレスチナ国家を樹立し、東エルサレムを首都とする構想ですが、国家承認は交渉による最終合意の結果であるべきだとイスラエルは主張してきました。英国が先に承認すれば、合意形成を損なう恐れがありました。また、パレスチナは統一的な政府や安定した統治機構に欠けています。西岸は自治政府が部分的に統治する一方でイスラエルの影響が強く、ガザはハマスが支配し分裂したままです。加えてイスラエルは英国にとって経済や安全保障で重要な相手であり、承認に反対する米国との協調も重視されました。

承認がガザの戦闘を直ちに止めると思う人はいないでしょう。でも和平交渉に向けた政治的シグナルになり得るのではないでしょうか。

キーワード

State Recognition(国家承認)

ある国が別の国を国際法上の国家として認めること。国家元首、外務大臣や特使などが承認を表明し、国際機関などに届け出る必要はない。「国際法上の国家」とは、①継続して住む国民がいる、②境界線に囲まれた領域がある、③領域を実効的に支配し、統治する政府がある、④外交能力があるなど。

 
ニュースダイジェスト カレンダー販売 - Calendar
お引越しはコヤナギワールドワイド Dr 伊藤クリニック, 020 7637 5560, 96 Harley Street Ko Dental 24時間365日、安心のサービス ロンドン医療センター

JRpass totton-tote-bag