第288回 エヴェリーナ・ロンドン小児専門病院と集合住宅
大英博物館の第2a室にはロスチャイルド・ウィーン家が保有していた豪華な細密工芸品と宝飾品が展示されています。ウィーン家のフェルディナンド男爵はロスチャイルド家の親戚の英国婦人エヴェリーナと結婚しましたが、その翌年、妻とお腹の中の赤ちゃんの両方を死産で亡くしました。意気消沈したフェルディナンドは英国に帰化し、英南東部バッキンガムシャーのワデスドンにマナーハウスを建て、美しい宝飾品を収集しました。
ワデスドン・マナーハウス
大英博物館の展示室
収集品は亡き妻への贈り物だったのかもしれません。大英博物館の理事を務めたフェルディナンドは晩年に、ワデスドンのマナーハウスに収集されていた多くの宝飾品を大英博物館に寄贈しました。また、フェルディナンドは妻を亡くして間もなく、妻の名を付したエヴェリーナ・ロンドン小児専門病院をロンドン南部のサザックに建てました。当時、貧民が多く小児の死亡率が最も高い地区で、多くの赤ちゃんの命を救いたかったからです。
エヴェリーナ・ロンドン小児専門病院の記念碑とその跡地の公園
1852年に設立されたグレート・オーモンド・ストリート病院が世界最古の小児専門病院ですが、当時は階級意識が強く、また、キリスト教の中でも宗派による差別があって、それが原因で治療を満足に受けられない子どももいました。ところが69年に設立された2番目に古いエヴェリーナ・ロンドン小児専門病院は、12歳以下の子どもであればどんなに貧富の差や信教の違いがあろうとも治療を受けられる、画期的な小児専門病院でした。
現在のエヴェリーナ・ロンドン小児専門病院
フェルディナンドは生涯エヴェリーナ・ロンドン小児専門病院に多くの支援を続けました。現在この病院は聖トマス病院と合併してロンドン南部のランベスにあり、キャサリン妃がパトロンになっています。また、ロスチャイルド・ロンドン家はインダストリアル・ドウェリング・カンパニーという産業労働者住宅会社を85年に設立し、19世紀に人口が急増して社会問題になっていたロンドン東部に、廉価な賃貸住宅を供給しました。
産業労働者住宅会社が建てた集合住宅のゲート
労働者用集合住宅はシティに近いロンドン東部だけでなく、さらにその東のステップニー・グリーンや北のダルストンといった、当時鉄道が開通した近郊の街にも供給されました。こうしてロンドンの街が拡大していきますが、資金提供者がロスチャイルド家と分かるとデマや陰謀論が広がるので、一家は名前を伏せて慈善活動を続けました。対象はシナゴーグや学校、病院、労働者用集合住宅だけでなく、極貧者向けのスープ・キッチン(食料配給所)やナイト・シェルター(臨時宿泊所)もありました。
ステップニー・グリーン(上)とダルストン(下)の労働者用集合住宅
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。