第242回 シティの水道水はどこから?(前編)
シティの中心部、イングランド銀行の向かいにある旧王立取引所の北壁面に、ヒュー・ミドルトン卿の石像があります。石像はエンジェル駅の近くにもありますが、それは同卿が1613年にハートフォードシャーを流れるリー川からニュー・リバーと呼ばれる上水道を敷いて、シティに飲料水を提供した偉大な貢献に基づきます。シティに一番近い標高30メートル前後の高台地区、エンジェルに貯水池を作り、そこから水を供給しました。
ミドルトン卿の石像(左が旧王立取引所、右がエンジェル駅近く)
それまでのシティは主に、リージェンツ・パーク近くを流れるロンドン西部のタイバン川から取水した、グレート・コンジットという導水管から飲料水を取っていました。後にシティの人口が増えて16世紀後半に水不足に陥ると、上述のミドルトン卿が登場し水不足問題が解決されました。そのエンジェルの貯水池にはニュー・リバー・ヘッドという本部が建てられ、これが後にロンドン市の水道局本部になりました(その後、移転)。
ニュー・リバー・ヘッド(旧水道局本部)とニュー・リバーの図
さて、ニュー・リバー沿いには水源から遊歩道が続いており、豊かな自然を満喫できます。ところがロンドン北部のストーク・ニューイントン貯水池に来ると、ニュー・リバーの水が消え、そこから先のエンジェルまで舗装道路になってしまいます。実はストーク・ニューイントン貯水池の水は近くのコッパーミルズ浄水場に送られた後、地下40メートルほどにある環状給水路(リング・メイン)に落下して地表からは姿を消すのです。
ニュー・リバー遊歩道(上)とコッパーミルズ浄水場(下)
ロンドンの水道では、テムズ川上流にある四つの浄水場や、リー川中流のコッパーミルズ浄水場で浄水処理された水が、地下にある周囲約80キロのリング・メインに落とされ、直径2.5メートルのトンネルを通じて、ロンドン全域を環状的に流されます。その地下の水路から11カ所あるポンプ場で水をくみ上げ、各家庭に給水される仕組みです。都心の表層に上水路を作るスペースがないので、地下深くに上水路が作られました。
ロンドン環状給水路
今般、寅七が思うのは「英国人は困ったら地面を掘る」という法則。17世紀の地球寒冷化で木材が不足すれば地面を掘って石炭を見つけ、18世紀の都市化で住宅用石材が不足すれば地面を掘ってロンドン粘土からレンガを作る。19世紀に都心の鉄道の用地が不足すれば地面を掘って地下鉄を作り、20世紀に都心の水が不足すれば地面を掘って地下に上水路を作る。困ったときには英国人は穴を掘って成功を収め、寅七は墓穴を掘って失敗します。上っ面だけで物事を判断せず、見えないところにヒントがあるんだと猛省しています。
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。