第237回 英国の大航海時代と数学者[前編]
先日、ロンドン西部ケンジントンにある科学博物館内の数学館を訪れました。入口近くの階段の踊り場に展示されていたのが、英数学者チャールズ・バベッジが19世紀前半に作った巨大な階差機関です。バベッジが航海暦の改定作業を王立天文学会から依頼された際、航海暦には正確な対数表が必要でしたが、当時は手作業で作成されていたため誤りだらけ。そこでバベッジは対数表作成の全過程を機械で行う計算機を作ろうとしたのです。
バベッジの階差機関(科学博物館蔵)
え、対数表? 対数表は数値xを何乗したらyになるかを示した表のことですが、対数表と航海暦の関係がよく分からないまま数学館に入場しました。するとかわいい木箱があり、その中に「ネイピアの棒」と呼ばれる17世紀初めの計算尺が入っていました。それは掛け算を足し算に変える不思議な道具で、英数学者のジョン・ネイピアが1614年に作りました。ネイピアは三角法の加法定理を考えているうちに、対数と小数点を発明した人です。
「ネイピアの棒」と呼ばれる計算棒(科学博物館蔵)
もともと古代バビロニアや古代エジプトでは、三角法を用いて距離の測定や土地の測量をしていました。やがて17世紀になると英国は大航海時代を迎え、天文航法、つまり、天体と地平線の角度から船の位置を航海暦で確認しながら航路を決めました。でもその際、地球が球体なので従来の三角法を球面三角法に置き換え、何十桁もの加減乗除が必要になりました。もしここで乗除計算が加減計算に転換できれば、計算がとても簡単になります。
球面三角法では三角の内角の和が180 度を超える
そこで対数の登場となるのです。対数は乗除計算を加減計算に転換できる不思議な関数です。天文航法の計算は、対数表の導入により見事に簡易化されました。英国が七つの海を制覇することに成功した陰には対数表、つまり数学者の貢献があったのです。また「ネイピアの棒」の近くに、1993年に公開*された航海用ナビが展示されていました。ナビはGPS(全地球測位システム)から電波を受信して正確な位置情報を提供します。
航海用ナビ(左)と湾岸戦争時の携帯ナビ(右)( 科学博物館蔵)
寅七がロンドンに来たころの自動車にはナビの装備がありませんでした。外出する際はいつもLondon A to Zという地図帳を携えていました。今や200グラムにも満たない小さな携帯電話にGPSの地図が映し出され、自分の位置を瞬時に把握できます。測量から始まった三角法が航海術では球面三角法に代わり、そこで対数と小数点が考案され、さらに科学が進んでGPSが誕生するなんて、科学の進歩は積み重ねが大事なのだと改めて納得しました。
London A to Zの地図帳
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」」もお見逃しなく。