第113回 光で回るラジオメーター
謹賀新年、本年もよろしくお願いいたします。さて、光が当たるとクルクル回るラジオメーターをシティの雑貨店で見つけました。でも冬のロンドンにはあまり太陽が顔を出しません。店主に「冬はほとんど回らないですよね?」と尋ねると、「そこがいいんだよ」と。某大手自動車メーカーの販売員が、世界でオープンカーが最も売れるのは天候の悪いロンドンだと言っていました。めったにない好機をつかんだときの喜びは、ひとしおのようです。
光が当たると回るラジオメーター
このラジオメーター、19世紀の化学者、かつ物理学者のウィリアム・クルックスの発明品。彼は電磁気学の創始者として知られるマイケル・ファラデーに感銘を受け、1861年に有名な「ロウソクの科学」の講演を編集し、序文を書きました。「科学のともし火は燃え上がらねばならぬ。炎よ、行け」と書かれた序文を読んで、当時少年だった寅七は科学者になるぞと燃えました。クルックスはX線の発見の契機となるクルックス管を発明したり、フェノールの防腐剤や心霊現象の分野でも活躍しました。
英国を代表する 化学者、ウィリアム・クルックス
さらに彼は最近ロンドンでよく見かけるビートルート甜菜(てんさい)から砂糖をいかに精製するかも研究しました。サトウキビは南国の植物なので欧州では育たず、欧州で栽培可能な甜菜から砂糖を作ることが化学者たちの長年の課題だったのです。実は英国は、18世紀から19世紀まで砂糖の最大の消費国かつ供給国。1655年にジャマイカを植民地化して以来、アフリカ→カリブ海→英国の、いわゆる三角貿易で甘い砂糖取引を独占していましたから。
甜菜から作られる ビート・シュガー
これに反発したのが仏皇帝ナポレオン。大陸封鎖令を出して英国から砂糖の輸入を禁止し、欧州各国は砂糖の自給生産の道へ。海洋貿易に出遅れたドイツが甜菜製糖業を始め、後に英国も第一次大戦でサトウキビを南国から輸入できなくなり、甜菜製糖を開始しました。甘みを再発見したときの英国人の喜びも感慨深かったでしょう。
中世のハチミツ販売の中心地に続く小道、ハニー・レーン
ところで製糖業が始まる前の中世ロンドンでは、甘味をどこから得ていたのでしょうか。その答えはドライフルーツ(ブドウ、イチジクなど)とハチミツ。特にハチミツはシティのギルドホール近く、当時ハニー・レーン・マーケットと呼ばれた場所が販売の中心地でした。人が甘味を感じるのは味覚分子の働き、ラジオメーターが回るのは気体分子の働き。もしラジオメーターが甘味でクルクル回るなら、この暗い冬も結構楽しめますのに。わずかな光を受けて窓際のラジオメーターがゆっくり回り始めました。新しい年の始まりです……。
ハニー・レーンの入口には ミツバチの意匠が