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ロンドンのゲストハウス
Tue, 16 July 2019

第98回 進め、ロンドンの電波青年

釣銭に混じっていた2ポンド硬貨をよく見れば、大西洋横断無線通信が開通して100年を記念するマルコーニ無線の意匠(2001年製造)。1986年から登場した2ポンド硬貨には時々、歴史的人物や記念イベントの意匠が刻印されており、それらを眺めるだけで歴史の勉強になります。

マルコーニ無線が意匠された硬貨
マルコーニ無線が意匠された硬貨

さて、この無線電信の実用化に成功したイタリアの技師である「電波青年」、グリエルモ・マルコーニが初めて無線の公開実験をしたのが1896年、シティにあった総合郵便局ビルの屋上でした。

マルコーニが公開実験した場所(BT本社ビル)
マルコーニが公開実験した場所(BT本社ビル)

現在、そこはBT グループの本社になっており、玄関脇に無線電信成功の記念銘板があります。ここから発せられた電波は南西へ約400メートル、アドル・ヒルにある郵政庁南ビルの屋上に届きました。後にこのビルはファラデー・ビルと名を変えますが、その名の元になったのが前号でご紹介した電磁誘導の発見者、マイケル・ファラデーです。

「電波青年」マルコーニ
「電波青年」マルコーニ

イタリア・ボローニャの裕福な家庭で育ったマルコーニは学校に行かず、家庭教師から多くを学びました。科学好きの彼は無線の実用化に邁進。電波は光と同様、見える範囲にしか届かない、そもそも直進するので丸い地球では長距離に使えない、と科学者が考える中、自由奔放に実験を繰り返して、とうとう実用化に成功しました。イタリア郵政庁に商業化を打診しますが有線電話が最先端の時代、誰も取り合ってくれません。すると母の親戚を通じて、英国の郵政庁から連絡が入りました。

 

フレミング
真空管を発明したフレミング

当時、海底ケーブル通信の長所も短所も知り尽くしていた英国海軍やロイズ保険組合が、海上における無線通信にマルコーニ青年と同じ夢を見ていました。彼らがマルコーニの顧客となって開発を支援。「左手の法則」で有名な技師ジョン・フレミングが顧問となり、無線技術が飛躍的に発展します。1901年には大西洋横断無線通信に成功。1912年のタイタニック号沈没事件では、無線の重要性が世界に深く認識されました。

ロンドンの電気街はUCLのお膝元
ロンドンの電気街はUCLのお膝元

その後、マルコーニのスタジオで真空間送信機を使ったラジオ放送が始まり、BBC(英国放送協会)が生まれます。ロンドンの旧電気街、トッテナム・コート・ロードは近くのユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)の学生がラジオ部品を販売したのが始まりだとか。当時のラジオに不可欠の真空管は、上述のフレミングUCL教授の発明でした。なんでも東京・秋葉原の電気街も、電機工業専門学校の学生のラジオ組立販売が発祥だそうです。

 

 

 
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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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