第294回 ロンドンの猛獣販売店
もし、ロンドン中心部の繁華街ストランドから猛獣の咆哮が聞こえてきたら誰もが驚くに違いありません。1676年から1829年までストランドにはエクセター・チェンジという商業施設がありました。もともとエクセター伯爵の邸宅でしたが商業ビルに改築され、18世紀後半からは2階がライオンや虎などの猛獣の見世物小屋になりました。移動式見世物小屋の動物を冬の期間に預かったのがその発祥です。
エクセター・チェンジのあった場所は現在ホテルに
ストランド界隈を走っていた馬車の馬は、猛獣の匂いに思わずスピードを上げたことでしょう。では、そもそもそれら猛獣は一体どこからやって来たのでしょうか。実は18世紀後半以降、猛獣を生きたまま捕獲し、ロンドンへ運ぶ手段がありました。それは世界に広がる英国の植民地とロンドン港を結ぶ貨物船です。珍しい植物を植物園に持ち込むプラント・ハンターがいたように、猛獣をロンドンに持ち運んだ人々も船を利用しました。
エクセター・チェンジの見世物小屋
そうして運ばれてきた猛獣たちの一部は、上述のエクセター・チェンジで見世物として公開されていました。経営していたのは商人エドワード・クロス氏です。ところが1829年にストランド地区改修のため見世物小屋が閉鎖され、猛獣はロンドン動物園やサーカス団に売られました。クロス氏の後、ロンドン東部のタバコ・ドックの裏手で猛獣販売店を開いたのがチャールズ・ジャムラック氏です。もともと同氏の父親がドイツのハンブルク港で水上警察官をしながら猛獣販売の副業をしていました。
移動式の見世物小屋
それを引き継いだジャムラック氏の猛獣販売店は移動式の見世物小屋やサーカス団、趣味で猛獣を飼育する富裕者といった常連客だけでなく、動物研究所や博物館などの顧客も抱えていました。その需要は英国内だけでなく欧州大陸にも広がって行き、店は世界最大の販売店に成長しました。猛獣販売網の拡大はロンドンが国際貿易の中心地となる過程と見事に一致していました。
世界最大だったジャムラック氏の猛獣販売店
1857年10月26日にそのジャムラック氏の店で事件が発生します。タバコ・ドックで輸送中のベンガル虎が脱走し、近くにいた少年をくわえて逃げたのです。ジャムラック氏はすぐに虎を捕まえて少年を救い出しました。かつて、英国が南インドのマイソール王国を征服した際、ティプー国王が「マイソールの虎」として畏怖されていたこともあり、虎を捕獲したジャムラック氏は一躍有名になりました。このメモリアルとして、タバコ・ドックの地下入口には少年と虎の像が何事もなかったかのようにそっと飾られています。
タバコ・ドック入口にある虎と少年の像
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。