第97回 ファラデーが残した贈り物
クイーン・ビクトリア・ストリートにあるファラデー・ビルは20世紀初頭、電話局として建てられました。窓上部のキーストーン部分に彫られている石の彫刻の中に電話機やケーブル、電信機に混じって馬蹄形の磁石があります。え、磁石!? そう、電気と磁気の間に起きる電磁誘導を発見したのが電気工学の父、マイケル・ファラデー。私たちの生活の周りに溢れる家電製品や発電機、モーター、それらが動く共通原理はただ一つ、電磁誘導です。
シティにあるファラデー・ビル
「電気(electricity)」の語源はギリシャ語の「琥珀(elektron)」。琥珀を布や革でこすれば静電気が生じます。一方、「磁気(magnetism)」はギリシャのマグネシア地方で採石される「磁鉄鉱(magnetite)」(鉄を吸い寄せる天然磁石)が語源。16世紀後半、エリザベス1世の主治医ウィリアム・ギルバートは、電気と磁気の研究者でもありました。彼がエレクトロと命名した摩擦電気は、磁石の力とは別物と当時は考えられていました。
キーストーンに刻まれた磁石
しかし磁気や電池から生じる電気も摩擦電気も実は同じもので、磁力の変化によって電流は流れる――これがいわゆる電磁誘導です。発見者のファラデーはロンドン南部出身で、家は貧しく、14歳で製本屋へ丁稚奉公に出ます。製本作業をしながら原稿を読み漁り、同じく奉公に来ていた画家の卵からデッサンを習い、実験の装置図を描いて覚えました。20歳のときに、化学者ハンフリー・デービーの公開講義に参加して懸命に講義録を作り、彼に贈ります。
ファラデーが奉公した本屋の場所
その完成度の高さにデービーは驚きました。礼状を受けたファラデーは科学者の道を歩みたいと申し出ますが、「学者生活は非常に貧しい」と断られます。でも後にデービーが実験中に目を傷めて視力が低下、ファラデーを呼び寄せ助手に登用することに。物理学や数式を学んだことのないファラデーは、電場と磁場を示す画期的なイメージ図を作って科学実験を繰り返し、電気と磁気の関係を解き明かしていきました。
毎年、クリスマス・レクチャーが行われる英国王立研究所
ファラデーは進んで公開講義を開きましたが、それは自らの体験に基づいてのことと思います。特に英国王立研究所でクリスマス毎に行った講義「ロウソクの科学」は大評判。呼吸と光合成が相互依存しながら地球の生命を保つように、ロウソクの燃焼も人間の呼吸と同じ現象だと実演しました。電気と磁気、電動機と発電機も相互依存関係にあります。今も毎年行われるレクチャーは、科学者からの最高の贈物。なんて素晴らしい伝統でしょう。
英国工学技術協会本部前のファラデー像