第96回 お散歩編: 橋の美しさの根底にあるもの
キャノン・ストリート駅構内にあるパブ「サー・ジョン・ホークショー」は、1866年に開通した同駅の鉄道橋の設計者の名前からその名が付けられました。鉄道橋はドーリア式の石柱に支えられ神殿のような装飾が施されていましたが、線路拡張の際に取り払われ、現在の無骨な姿に。またホークショーは、1864年に開通したチャリング・クロス駅の鉄道橋も設計しましたが、そこには偉大なエンジニア、イザムバード・ブルネルの旧ハンガーフォード橋(歩行用吊り橋)がありました。
キャノン・ストリート駅の鉄道橋
テムズ川には潮の干満があるので支柱を頑丈にし、重い蒸気機関車にも耐えられるように錬鉄(れんてつ)を使った重厚な鉄橋を作り、安全を確保する必要がありました。華麗で美しかったブルネルの吊り橋が、地味で無骨な鉄道橋に建て替えられると人々は大いに落胆し、ロンドンで最も醜い橋と呼びました(一方、ブルネルの吊り橋の資材はブリストルのクリフトン橋に再利用されています)。
ブルネルの旧ハンガーフォード橋
2002年、この醜いアヒルの子が白鳥に変わります。鉛色の鉄道橋の両側に白くて美しい斜張橋(歩道橋)が加えられ、ゴールデン・ジュビリー橋と改名。まるで幾重もの羽ばたく白鳥の翼が鉄道橋から生えてきたようです。実は1845年に完成したブルネルの吊り橋の土台が鉄道橋の支柱に使われ、斜張橋もそれに固定される構造です。これを見て改めてブルネルの偉大さを感じました。
白鳥になったゴールデン・ジュビリー橋
第28回のコラムでご紹介した通り、ブルネルはフナクイムシをヒントにシールド工法を発明、テムズ水底トンネルの開通に成功。更にグレート・ウェスタン鉄道を敷設して、当時世界最高速の蒸気機関車を走らせます。また、スクリューを装備した鉄の蒸気船を建造してロンドン→ブリストル→ニューヨークの移動時間を大幅に短縮。更にクリミア戦争で活躍するナイチンゲールの求めに応じ、衛生設備の整ったプレハブ式野戦病院を搬送しました。
パディントン駅のブルネル
ブルネルの建造物の美しさは今も私たちに感動を与えますが、同時にエンジニアの基本思想、フェール・セーフを常に意識していたと言われます。フェール・セーフとは機械が故障しても危険を回避する安全設計が本質的になされていること。赤玉が下がれば停止、上がれば通行可の鉄道信号を初めて採用したのは彼ですが、確かに故障して赤玉が下がったままなら事故は起きません。美しさの根底にあるもの――安全設計の上にこそ建造物の美しさが際立つのです。
斜張橋が鉄道橋にからみつく