第28回 フナクイムシとロンドン地下鉄
王立取引所正面の右側に、19世紀後半に活躍した技師、ジェームズ・グレートヘッドの銅像が立っています。彼の立つ位置は地下鉄ノーザン線の換気口の真上ですから、冬は雪が積もらず、夏は涼しい特別席に違いありません。それは19世紀半ばのカット & カバー(掘っては線路を敷き、蓋を閉めるように屋根を覆う)式地下鉄とは異なり、シールド工法と円形掘削機で地中奥深くに掘り進み、世界初の電気地下鉄「チューブ」を生んだ技術者の特権というわけです。
ノーザン線の通気口に立つグレートヘッドの像
ロンドンの地盤が脆ぜいじゃく弱な上、19世紀後半は水道管やガス管、送電線が地表浅くに縦横無尽に埋められていった時代です。新たに地下鉄を走らせるには地下深くまで掘る必要がありました。それを可能にしたのがグレートヘッドによって改良されたシールド工法ですが、そもそも誰がこの工法を発明したのでしょうか。そこには技師マーク・ブルネルの有名な逸話があります。
シールド工法を考え付いたマーク・ブルネルの像
19世紀初め、ブルネルはチャタムの造船所で丸い穴だらけの木片を発見。「フナクイムシの仕業さ、そいつが船底に巣を作ると厄介なんだ」と同僚が説明します。この生き物はギザギザの貝殻をグルグル回しながら木片に穴を作り、その内側を貝殻と同じ成分の分泌物を出して固めて掘り進みます。この巣穴の作り方から彼がシールド工法を思い付くのです。1841年、彼は世界初の川底トンネルをテムズ河に完成させました。
フナクイムシからチューブは生まれた
シールドを円形断面にして効率化させたのが土木技師ピーター・バーロウと弟子のグレートヘッドでした。1870年、彼らはロンドン塔近くのテムズ河下にタワー・サブウェイを掘りケーブル・カーを走らせます。ところがタワー・ブリッジが開通すると利用者が減って廃業。一方、シティとストックウェル間に掘ったトンネルではケーブル・カー会社が倒産、電気機関車が投入されました。これが1890年、世界初の電気地下鉄=シティ&南ロンドン線、現在のノーザン線の開通となるのです。
シールド工法で掘り進める作業風景
最近ではバイオミミクリ(生物模倣)という言葉の通り、生き物の英知を技術開発に生かす動きが盛んです。日本の新幹線のパンタグラフが、最も静かに翔ぶフクロウの羽毛構造を真似て作られたのが良い例でしょう。ロンドン「チューブ」もフナクイムシの生きる知恵に学んだ、その先駆的な例だと思います。それにしても、どうやって車両をあんな地下深くまで入れることが出来たのか、それを考えると今夜も寅七は眠れなくなってしまいます。
タワー・サブウェイは今や共同溝に