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日経電子版Pro
Fri, 04 December 2020

第19回 幾多の苦難を乗り越えて

シティ北東の玄関口、リバプール・ストリート駅は、ロンドン3番目の乗降客数を誇るターミナル駅です。混雑をかき分けて駅前広場に出ますと、「キンダートランスポート」と名付けられた子供たちの銅像に出会います。先日、この小さな広場で行われていた集会に偶然、出くわしました。とうに80歳は過ぎていると思われるお年寄りが次々に名前を呼ばれ、銅像の周りに立ち並びますと、たくさんの拍手が沸き起こりました。

キンダートランスポート
移送された子供たちは、両親との別れを
惜しむ間もないままここに到着した

そうです、このご老人たちは今から約75年前、第二次大戦の直前にドイツ、チェコ、スロバキア、オーストリアからユダヤ人の子供約1万人を英国が救い出した秘密作戦、「キンダートランスポート」によって命を救われた子供たちだったのです。夜行列車でオランダへ、そこからフェリーで英国ハーウィッチ、そして鉄道でリバプール・ストリート駅へ。そしてここから英国全土のボランティアの家庭に各々引き取られていきました。

1938年にドイツ各地で反ユダヤの暴動が発生した「水晶の夜」事件以降、ユダヤ人迫害の激しさが増し、せめて子供だけは救いたい、と秘密裏に行われたこの作戦は、子供に知らされることもなく、持ち込みカバン一つで実行されました。異国のロンドンに到着した子供たちの顔には、困惑や不安の表情が読み取れます。子供たちは両親の顔を二度と見ることもなく、幾多の苦難を乗り越え、英国で成長し、またこの駅に戻ってきたわけです。

キンダートランスポート
かつての自分たちと「再会」したご老人たち

彼らを迎えた英国の側にももちろん、子供たちはいました。映画監督のリチャード・アッテンボローは、15歳のとき、2人の兄弟とともに、両親からユダヤ人の2人の少女を引き取りたいが、そうすると食べ物や衣服などお前たちの分も少なくなる、それでも引き取るかどうか決めなさい、と言われたそうです。彼はこんな言葉を残しています。自分より不幸な人々に関心を持ち、自分の持てるものを分かち合うことが社会に生きる人間の義務であることを両親は示したのだ、と。

リバプール・ストリート駅は1874年、世界最初の精神病院、聖ベツレヘム病院の跡地に出来ました。この病院の源泉は13世紀初め、貧しい人を支援した聖メアリ修道院です。歴史には、想像を絶するような苦難があります。でも、それを何とか乗り越えようと頑張る人がいます。それを助けようとする人もいます。そんな人たちがここで再会を繰り返す――これは過去に起きた哀しい物語ではなく、今も続く、現在進行形の出来事なのです。

リバプール・ストリート
リバプール・ストリート駅の名前の由来は、
首相も務めたリバプール伯爵の事務所が近くにあったから

聖ベツレヘム
世界最初の精神病院、聖ベツレヘム。
のちに「bedlam(狂乱)」の語源に

 
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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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