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Sun, 21 July 2019
吉崎アドさん映画プロデューサー
吉崎アドさん

[ 前編 ]完全無欠なヒーローとはかけ離れた、どこにでもいる普通の人間が、恐れを露わに、それでも生存のためすべてをかける。ハリウッド大作にはないリアルさを観ている者にまざまざと見せつける映画「ラスト・パッセンジャー」のメイン・プロデューサーの一人、吉崎アドさん。彼のプロデューサー・デビュー作となった本作が日の目を見るまでには、何年にもわたる苦労の連続があった。全2回の前編。
プロフィール
よしざきあど - 1979年、東京都新宿区生まれ。イタリア人の父、日本人の母を持つ。生後数カ月で、映画プロデューサーとして活躍する母親とともにロンドンへ。名門パブリック・スクール、ウェストミンスター校を経て、キングス・カレッジ・ロンドンで古代史を専攻。卒業後は母親が運営する映画製作会社、NDF Internationalでアシスタントやアソシエート・プロデューサーとして映画製作に携わる。2013年10月、初めてメイン・プロデューサーを務めた「ラスト・パッセンジャー」が英国各地で公開(14年には世界80カ国以上で公開)。14年1月にはDVDも発売予定。
www.ndfinternational.com

 

命運を分けた500ポンド

夜のロンドン、チャリング・クロス駅。郊外の自宅へと向かう医者の男性は、幼い息子とともに列車に乗り込んだ。ありふれた日常生活の一コマ。しかしその瞬間から、彼の人生の歯車がゆっくりと狂い始めていた……。

「最初はばかげたアイデアだと思ったんです。100万ポンドでも難しいのに、500ポンドでトレイラーなんて……」。ロンドン北部にあるハムステッド・シアターのカフェ。朝日が燦々と差し込むテーブルで、吉崎さんが目を細める。10月に公開された映画「ラスト・パッセンジャー」。通勤電車に乗り合わせた乗客数人の恐怖を描いたこのアクション・スリラー作品は、国内各紙から高評価を得たと同時に、そのユニークな製作過程も注目を集めた。本作でプロデューサーとしてデビューした吉崎さんは、作品完成に至るまでの紆余曲折を、今となっては笑い話、とばかりに軽やかに語り出した。

今年10月に公開された「ラスト・パッセンジャー」
今年10月に公開された「ラスト・パッセンジャー」

「作品づくりがスタートしたのは6年前。別の企画のために監督を探していたときに、本作の監督であるオミッドと会いました。残念ながら彼はその企画自体に興味はなかったのですが、自分が書いた脚本があると言ってきたんです。電車を舞台にしたスリラーで、こういう企画は今のイギリスでは珍しいな、と思いました。ヒッチコックの時代には作られていましたが、最近ではケン・ローチやマイク・リーといった監督が追求するソーシャル・リアリズムの時代に入っていたので、逆に面白いと感じ、製作にかかわることになりました」。早速、予算確保のために奔走した吉崎さんだったが、成果ははかばかしくなかった。「うちにとって初めての経験ならば、オミッドにとっても長編デビュー。4年間資金集めをしたもののとても足りず、当初の予算400万ポンド(当時約5億4400万円)を100万ポンドに下げました」。そして「無理かもしれない」という諦めが頭をよぎったときに監督が「最後のチャンス」と提案したのが、500ポンドという超低予算でトレイラーをつくり、インターネット上などにアップして、投資を募るというアイデアだった。

映画作りの「チアリーダー」

「撮影が行われたのは2010年の12月20日。雪が降る寒い日でした。列車は無料で借りることができ、予算のほとんどは皆の交通費と暖房費に消えました(笑)」。下手をしたら大学の映画研究会の自主製作映画より低予算かつ短時間で作成されたこのトレイラーはしかし、驚くべき反響を得ることとなる。大手製作会社のパテや名門パインウッド・スタジオなどから声が掛かり、カンヌ・フィルム・マーケットではまだ完成していないにもかかわらず、世界10地域への配給権販売も決まった。その後も低予算に収める努力は続き、ハリウッド大作の特殊撮影で使われる合成技術ではなく、昔ながらのプロジェクターを使用して車窓に映像を流す手法を採用するなどして何とか完成。無事公開にこぎつけた本作における吉崎さんの役割は、実に多様なものだった。

撮影現場にて(写真左)。共同プロデューサーらと
撮影現場にて(写真左)。共同プロデューサーらと

「プロデューサーの仕事で何より大事なのが、責任を取ること。俳優が怪我をした、ロケ地が急に使えなくなった、食事がおいしくない――製作の最初から最後まで、とにかく全責任を取るのがプロデューサーです。一番の問題はだいたい『時間がない』と『お金がない』ですね(笑)」。「皆の肩をもんで、チアリーダーのように励まさなければならない」、ある意味、皆のストレスの矛先となる損な役回りにも見えるプロデューサーという仕事を、なぜ吉崎さんは選んだのだろう。

 
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