第19回 体全身で伝える
17 November 2011 vol.1327
送ってもらった今秋の防寒グッズ
夏時間が終わり、外の風も冷たく感じられ始め、体のケアを大切にするダンサーには辛い季節になってきた。寒い時期は体が温まりにくい上に、舞台後の疲れた体が回復するスピードも鈍る。北海道出身だというのに寒さが苦手な自分は、今日もホッカイロを背中に貼らないと外を歩けない(泣)。北海道人は寒さに強いと思われがちだが、個人的な統計によると、10人中9人は寒さに弱いと思う(笑)。
ロイヤル・バレエでは、この時期から今までとは比べものにならないくらい舞台回数が増える。会場となるロイヤル・オペラ・ハウスでは、ロイヤル・バレエとロイヤル・オペラが交互に公演を行っているのだが、バレエ・ダンサーたちは夏休み明け後にすぐに体を動かすことができないので、夏は公演回数が少ない。9月、10月まではオペラの舞台が多く、11月、12月にバレエの公演が多くなるのには、こういった理由もあるらしい。
そんなわけで、11月から12月にかけてロイヤル・バレエはまさに書き入れどき。「眠れる森の美女」「マノン」「くるみ割り人形」「トリプル・ビル(小作品集)」と、バレエ・ファンにはたまらないプログラムがラインアップされている。特に今秋は舞台回数が多く、この2 カ月で日曜日を抜いた56日間働くのだが、この間に計49回の公演があるので、ほぼ毎日舞台に立つことになる。同じ公演を毎日続けるわけではなく、2作品ずつ交互に踊るときなどもあるので、頭の切り替えも速くしなければならない。
今秋自分が一番楽しみにしている作品は、小作品集より「Gloria」。1980年に振付家ケネス・マクミランが手掛けた作品なのだが、第一次大戦からインスピレーションを受けたものをイメージして創られている。
ロイヤル・バレエに入団するまで日本で育った自分は、日本の戦争時代のことは学校で学んだのだが、英国の戦争時代に関することに触れたことはほとんどなかった。戦争の体験もなく、テレビなどのメディアを通じて目で見ることはあっても、戦争で失われた人々の感情を真剣に考えたことは全くなかった。
以前にもこのコラムで書いたが、ロイヤル・バレエは感情を全身で表現し、客席に伝えることをとても大切にしている。そのため、この作品のリハーサル時もただステップを教わるだけではなく、第一次大戦で辛い思いをした人々の気持ちを考えるよう、コーチ陣からこの頃の時代背景などの説明も受ける。
バレエという芸術は、誰かが振り付けしたステップをただ踊って見せるだけではない。自分たちの感情を体全身で表現できなければいけない、と毎日激が飛ばされる。
20世紀のフランス人作曲家フランシス・プーランクの曲を使い、ロイヤル・オペラ歌手陣も参加するので、バレエとオペラを一度に楽しむこともできる。全身からエネルギーを発するバレエ陣と劇場内に響き渡るオペラのエネルギーの合体作品を、ぜひとも多くの方に観てもらいたい。
自分はこの作品のほかにも、バレエを通じてヨーロッパの歴史にたくさん触れることができた。現在公演中の「マノン」は、1771年のフランスでの話。日本人である自分がフランスの貴族を演じるのはとても難しい。会話での仕草、マナーなど、バレエ・クラスでは絶対に教わることができないものに、この舞台を通して触れることができた。
ただ演じるだけではなく、少しでも人の感情を上手に表現できるようになりたい。
「踊る」だけではなく、体全身で「伝える」という感情表現ができるバレエというアートをこれからも学んで行こうと思う。