第7回 冷静、真面目、聖域なしが FT 報道の特徴
FTの社説欄の上には「Without fear and without favour」(「恐れず、こびず」)
という文章が入っている
前回のコラムではゴードン・ニュートン編集長が記者に「原稿の正確さ、新鮮さ、明確さ」を求め、「フィナンシャル・タイムズ(FT)」紙の現在のジャーナリズムの基礎を作ったことを書きました。FTは日刊経済・金融新聞として数字を多く扱いますし、その報道によって市場が動くこともありそうです。「正確さ」が重要事項になる点には皆さんもうなずけるはずですね。
そのほかにはどんな重要な点があるでしょう? 筆者の観察では報道にバランス性があるため、「安心して読める」点があります。英国の新聞のほとんどはそれぞれ独自の政治姿勢・主義主張を持ち、それを日々の報道であらわにしています。読者はこうした偏りを承知しており、時には「引き算」をして読む必要があります。「保守系新聞が保守党の政策をベタ誉めだ。この記事は若干、事実を誇張しているかもしれないぞ」、と。でも、FTのニュース記事は基本的にストレートで、どんな色が付けられているのかを気にせずに読むことができます。英国の新聞界では稀有な存在と言ってよいでしょう。
冷静で浮わついたところがない点も特徴になります。1982年、英国がアルゼンチンと戦ったフォークランド紛争が勃発しました。英国から遠く離れた場所にある英領フォークランド諸島。同年3月、ここに領有権を主張するアルゼンチンが海軍艦艇を寄港させ、両国は武力衝突に進みます。大衆紙が自国軍の勝利を願い、好戦的な見出しや表現に走る中、FTは長期的な計画がない場合には英国は紛争に参加するべきではないとして、冷静で熟考した論調の報道を維持しました。
企業がFTの影響力を利用して、自社に有利な記事を書いてほしいと訴えてきた場合、FTはどう対処したのでしょう?
筆者が取材したFTの複数の編集関係者らによると、記者と担当する専門分野との間に癒着が起きないように定期的に担当を交代させる、担当中は該当企業の株所有を禁止するほかに、記者が常軌を逸して特定の企業を褒めていないかどうかを幹部がチェック。また、社内に一種の家族のような雰囲気があり、「大企業の宣伝に使われてはいけない」という意識が共有されているそうです。
FTの社説欄の上には「Without fear, without favour」(恐れず、こびず)」という言葉が入っています。大きな権力、例えば広告主、政府や大企業の圧力に屈することなく、かつこびもせず、公平に報道していくという決意が見えます。
ある会社のトップについて論評記事を書いたところ、その企業の広告出稿が止まったことがあったそうです。FTの広告統括者でもあったデービッド・ベル氏は問題の企業を訪れ、「記事と広告は別」と主張し、互いに怒鳴り合いへと発展。数カ月後、広告が再開されました。
数十年前は政府や大企業、金融界に遠慮をするような姿勢があったそうですが、関係者らによると今は「全く聖域なし」。2008年以降の世界的な金融危機で、FTは銀行を含む金融街を厳しく批判する記事をたくさん出しました。「銀行界はFTのことをあまり好きではないと思う」(FTの金融コラムニスト談)。ただし、「銀行家のために書いているのではなく、読者のために書いている」ので、これからも批判的な記事を続ける、と語ってくれました。