第10回 FTの東京特派員たちの素顔
元東京支局長ジリアン・テット氏の人気コラム
今回は、筆者が日本の新聞社に勤めていた16年ほど前の話から始めていきましょう。
当時、英字新聞部にいた私は経済面を時々作っていました。どんな記事や写真が入るかを決めて、紙面に入力する仕事です。新鮮な経済ニュースを人より一歩先に知りたい――そんなときにいつも参考にしていたのが、「フィナンシャル・タイムズ(FT)」紙のジリアン・テット氏(1997年から東京支局員、2000年から支局長)の記事でした。日本のほかのどの新聞にも出ていないような金融記事が、FTのトップ記事として出ていたからです。
金融庁の長官が出た記者会見に行ってみると、テット記者が鋭い質問をしていました。会見が終わると金融庁幹部らと親しそうに話している様子を見て、外国メディアの記者でありながらかなり取材対象に食い込んでいるとの印象を受けました。
彼女の記事を読むと、難しいはずの金融の話が分かりやすく頭に入ってきます。ケンブリッジ大学で人類学を勉強していた独特の経歴を持つテット記者のファンになってしまいました。
2008年の金融危機以降、メディアでの露出が増えたことからテット記者は英国内外で知名度をぐっと上げていきます。現在は米国版のマネージング・エディターとなり、FTの「ウィークエンド・マガジン」に毎週コラムを書いています。日本の長期信用銀行の破たんを描いた「セイビング・ザ・サン」を始めとする複数の本の著者でもあります。
テット記者の後を継いだのがデービッド・ピリング氏(2002〜08年、東京支局長)。どうしてここまで日本のことが分かるのだろう? と思わせる優れた洞察力を感じさせる記事には、心温まるような落ちがついていることが多く、やがて彼の記事にもよく目を通すようになりました。現在はアフリカ問題のエディターとなったピリング氏は、日本を分析した大作「日本-喪失と再起の物語 黒船、敗戦、そして3・11」を2014年に出版しています。
現在の東京支局長は日本への留学経験があるロビン・ハーディング氏です。ケンブリッジ大学卒業後、2001年から04年まで一橋大大学院で学び、経済学修士号を取得しました。英国に戻って銀行に勤務しましたが金融業界にはなじめないものを感じ、転職。06年からFTに勤め出しました。08年から10年まで東京支局員となり、いったん米ワシントンで勤務した後、14年から東京支局長に就任しています。
公益財団法人「フォーリン・プレス」のインタビュー(5月17日)の中で、ハーディング氏は日本文学好きであると述べています。お気に入りの小説の一つは村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」。
英国人は必ずしも日本の政治や社会に興味があるわけではないため、読者の関心を引くネタ探しに苦労しているようです。通常の10倍の読者が読んだ記事は、中国人観光客による日本でのコンドーム爆買いについて紹介した記事だったそう。書きたいトピックはたくさんあるようで、人口減少で日本の家族形態がどう変わっていくかに興味津々ということでした。記者の素顔が分かると、特派員の記事をつい、読んでみたくなりますね。
次回は、FTの編集長ライオネル・バーバー氏の横顔に注目してみましょう。