ノーザン・ロックの取り付け
今では下火になったが、ノーザン・ロック(英国5位の資金量を誇る住宅金融会社)の店舗の前に人々が並ぶ光景は記憶に新しい。ノーザン・ロックを利用していた知人によると、同行はその半額は元本を保証し10%の金利、もう半分は債券などのリスク商品に投資し、元本は保証しないというユニークな預金を売っていた。10%金利がつくとすると、税金を除けば約10年で倍になる。ということは最悪でも10年間で元本が返ってくるという計算になるし、英国の景気と金融市場の活況を前提とすれば、10%以上の利回りは確実と人々は予想したのであろう。
しかし、元本保証されない場合の損得の平均はゼロと考えると、預金全体の収益の期待値は5%ほどになる。そのうえ確実に5%とは言えない以上、ハイリスク・ハイリターン商品ということになるので、所得の低い人が手を出すべき金融商品とは言えない。たとえ銀行がつぶれても預金者の自業自得とも言えそうだが、ノーザン・ロックの場合はその上に大手金融機関などから大口かつ高金利で市場借入れ*1を大量に行い(専門用語で「市場調達比率が高い」という)、リスクの高い金融商品に運用していた。この点が十分に情報公開されていなかったので、一概に預金者の責任とばかりも言いにくいのだ。
当局の対応とその理由
そこでイングランド銀行(BOE)は無制限に融資を行うという形で救済に出た(BOEからの融資残高は、日銀が山一證券に貸し付けた金額より大きい可能性がある)。第一の理由としては、情報公開不足の責任を感じたのだろう。ただ、この件はBOEではなく、むしろ銀行監督を行っている英国金融庁(FSA)が取り組むべき事柄だ。市場調達比率は毎日変わるのでリアルタイムで監督する必要があり、その分責任も大きい。当時まだ蔵相だったゴードン・ブラウンは銀行監督権限をBOEからFSAへと移管することを決定したが、そのシステムの落とし穴とも言える問題であろう。市場になじみが深い中央銀行=BOEに銀行監督権限を残すべきではなかったかという論調が、ブラウン首相の政治的な運命にも今後は影響すると予測する。
第二の理由としては、取り付けを放っておけば連想ゲームにより、どんどん預金が抜けて健全な銀行もつぶれてしまうからだ。信用不安は一旦発生すれば、落ち着くまでの間は本当に経営が悪いのかどうかはあまり関係がない。人々がどう思うかだけで銀行の行方は決まる。銀行の商品は信用なのだ。信用を取り戻すためには、経営に問題がないと信頼される第三者が宣言するか、第三者が預金保証をするほかない。そこでイングランド銀行や財務省は、預金を全額保証するといって無制限無担保でノーザン・ロックに対して融資を始めた。ところがBOEのキング総裁は取り付け前日まで、米国のサブプライム問題が飛び火しても優良担保でしか融資しないと言っていたので、前言撤回したとして議会で集中砲火を浴びた。
ネット・バンキング時代の問題
しかし、事態はそれでもすぐには収まらず、預金は引き出され続けた。この点は、日本が不良債権問題時の金融機関破綻で痛いほど勉強したことである。すなわち、政府や中央銀行がいくら全額保証といっても人々は安心しない。一般の人は厄介な銀行に預金を置いておきたくはないのだ。ものぐさな英国人でもこの点は一緒だった。
政府や中央銀行が問題銀行の処理方策(合併とか国有化とか)と併せて、預金保証と無制限流動性供給*2を提示して国民はそれでようやくギリギリ安心するのだ。処理方策のない口先の保証と融資は、誰が損を負担するのか明確でないため信用されない。その間にも預金はどんどん抜けて結局ノーザン・ロックは間違いなく債務超過になったと思う。国民負担は大きく、間違いなくブラウン政権の命取りになるだろう。ブラウン氏にとり皮肉というか、自業自得というべきか。
おもしろい問題はまだある。預金は今や窓口よりも、ATM(キャッシュ・マシーン)から抜ける。幸い英国のキャッシュ・マシーンは、現金がなくなったら打ち止めだ。これがある程度預金抜けスピードを遅らせたろう。しかし、インターネットでの預金引き出し、振替はどうか。正確な統計はないが、これで随分抜けたと思う。ノーザン・ロックだからそこまでの被害は出ずに済んだが、HSBCなど4大銀行なら世界中から預金は抜かれたであろう。多国籍銀行の場合、処理方策も多国籍になる。too big to rescueこそ、世界の金融システム安定の難題なのだ。
*1 金融市場で他の銀行から大口の借入をすること。
*2 上限を定めず貸出をすること
(2007年10月8日脱稿)
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