アジアのエリートたち
ロンドンでの大きな楽しみは、世界中の優秀者と出会えることである。金融の世界でも、英国人よりもフランス人、ドイツ人、イタリア人、東欧の人、ロシア人、レバノン人、クウェート人、そして何より中国人、インド人、韓国人はじめアジア人の優秀者に出会うことが多い(米国人は少ないが)。特に銀行、証券会社、保険会社、ヘッジファンドなどはもとより、アジア各国から送り込まれた中央銀行や外貨準備運用機関のトップ、チーフには超優秀者たちがいる。さらに言えば、マレーシア、タイ、台湾、シンガポール、香港から来た優秀な頭脳の持ち主は、なぜか女性が多いように思う。こういった人たちは国に帰ればトップ・エリートになると予想されるが、資産運用に賭ける真剣味が日本人はもとより、欧州人とは大いに異なっている。
アジアの金融危機以来、外貨準備を金融商品や、場合によってはコモディティにも投資して運用し好成績を上げることは国、ひいては国民にとっての大きな利益になると認識されている。国を挙げて能力のある学生を欧米に留学させ、外貨の運用やロンドンでの情報収集に当たらせて、その成果を国民に還元させれば元は取れるということであろう。アジアでは、特に長期資産を運用する政府系の運用会社にいるトップたちの視野が非常に広くて、ヘッジファンドも顔負けにエマージング市場の債券、プライベート・エクイティや不動産投資まで手掛けている。世界や市場の先を読もうということでゴルフやパーティーなど社交も派手である。ちょっとやりすぎではないかと思うこともあるが、彼らは国民のためと割り切っているようだ。
英国の外貨準備運用
外貨準備に限らず、資産運用の要諦はリスクとリターンである。ハイリスクを取ればハイリターンだし、リスクが低ければ利回りも低い。そのいずれを取るかは運用目的次第である。家計のような小さな資産の場合、あまり大きなリスクを取ると損した場合に余裕がないので、預金のように金利は低いが確実なものが選ばれる。金持ちになると余裕があるので、株式や不動産などで運用できる。外貨準備のようなものは国民のお金なので、ローリスク・ローリターンが普通だが、アジアの国々が狙っているのは、ミドルリスク・ハイリターンのように思う。それが出来るには、金融市場に深く接して市場の先を読むことができるプロでないと難しい。最先端を行けば、大きなリターンが期待できる。
こうした最先端は実際に市場で、特にロンドンのような国際市場で取引に携わらないと分からないものだ。英国の外貨準備運用は少し変わっている。アジアの国々は日本も含めて資産運用はしているが、借金はしていない。英国は財務省の代理人としてイングランド銀行(BOE)が、資産負債を両建て* で外貨の運用を活発に行っている。このためBOEも活発な市場参加者として先読みの知恵を持っている。BOEのユニークなところは、資産運用で得られる知見や情報を、別の仕事である金融政策や市場参加者間で共有される知恵、知識(マーケット・インテリジェンス)を吸収するために活用していることだ。外貨準備自体は日本や中国の4分の1しかないが、アジア諸国や英国はむしろ金融市場の一プレイヤーとして、ミドルリスク・ハイリターンを実現している。決してメイン・プレイヤーであるインベストメント・バンクのお客さん(プレイヤーではなく、素人)ではないのだ。
日本国の運用
これに比べて、日本の運用はローリスク・ローリターンでほとんど運用とは言えない。日米軍事同盟の裏返しとして米国債が9割以上であろう。ゆえに、為替リスクをもろにかぶっており分散が出来ていない。ドル安になれば、国民の資産は簡単に吹っ飛んでしまう。日本のドル売却はドル暴落につながり日本の損にもなる仕組みになっているので、一蓮托生の日米関係と見ることもできるが、もう少し運用センスというものを持たないとアジアの各国民に比べ我が国民は大いに損をすることになる。今の円が安い状況、裏返せば極端に低い金利も、輸出企業を守り、国民を犠牲にしてドル資産を日本が買い財政赤字を抱える米国をファイナンスしている状況である。円高金利高ならもっと日本人は豊かになれる。
日銀は自らも外貨準備を持ち、その金額は日本全体の外貨準備の3%ほど(残りは日本政府)であるが、日銀は資産の全運用通貨(ドル、ユーロ、ポンド、円)のうちドルの比率は65%と公表した。一方、外貨資産のほとんどを持つ政府の通貨別内訳はどうか。マレーシアのように金先物に投資すべきとまでは行かないが、運用センスを磨く訓練はすべきではないか。ここまでドルを持つのはよほど米国を信頼しているか、自国通貨、円に自信がなくいずれドルを売って円を買い戻す必要があると考えているのか。そこまでの深謀遠慮の前に、日本の当局は市場センスを磨くべく、ロンドンをもっと利用した方が良いのではないか。
* 借金(=負債)してお金(=資産)を運用すること。借金をせず手持ち資金だけで運用する場合に比べより多額の資産運用が可能になるが、借金を返済する必要があるため失敗すれば倒産リスクもある。
(2007年10月27日脱稿)
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