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Fri, 29 March 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

労働党はコービン登場を「富の再分配」論議につなげよう

今年も年次党大会のシーズンがやってきた。注目は何と言っても「グロテスクなまでの不平等にはもううんざり」と訴えたジェレミー・コービン氏が新党首に選ばれた労働党の党大会だ。

英国は独自の核抑止力を持つ国連安全保障理事会の常任理事国で、米国との「特別な関係」を誇る同盟国。労働党はその英国で計37年近くも政権を担ってきた。反米、反NATO(北大西洋条約機構)、反核、反欧州連合(EU)、反君主制のコービン氏が二大政党の片方を率いるというのだから、おもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎになった。

コービン氏には「強硬左派」「極左」「時代遅れの社会主義者」というレッテルがはられ、キノック元党首からは「有害なトロツキー派がコービン氏を支持した」とまで指摘されている。

産経新聞ロンドン支局長として赴任した2007年7月から英国政治をウォッチしているが、次第に展開を予想するのが難しくなってきた。ブレア労働党政権が誕生した1997年以降、保守党はスコットランド地方でほとんど議席が取れなくなり、単独政権はもはやあり得ないと思い込んでいた。地域政党・スコットランド民族党(SNP)の台頭や、EU離脱を唱える英国独立党(UKIP)の支持者拡大で労働党の支持基盤が崩壊し、保守党は5月の総選挙で18年ぶりに予想外の単独政権を樹立。そして「オールド・レイバー」をより極端に左巻きにしたコービン氏が労働党党首になった。秩序と安定を好む英国政治が激変しようとしている。

 

保守系の「デーリー・テレグラフ」紙、「デーリー・メール」紙は連日「コービンたたき」に忙しい。市場主義を信奉する「エコノミスト」誌や「フィナンシャル・タイムズ」紙も、「銀行や鉄道、エネルギー産業の再国有化」を訴えるコービン氏には厳しい。世論調査会社Ipsos MORIがコービン氏に満足か、不満足かを調べたところ、労働党支持者の中では満足が41ポイントも上回ったが、全体では不満足が3ポイント上回った。歴代党首は就任時の世論調査で、マイケル・フット(1980~83年)の2ポイントを除くと、満足が16~20ポイント不満足を上回っており、コービン氏のマイナス3ポイントはけた外れに低い。

「ニュー・レイバー(旧ブレア派)」の重鎮ピーター・マンデルソン氏は、コービン氏では次の総選挙が勝てないことが明らかになればコービン氏を党首から引きずり下ろす、と号令をかけたとも受け止められる微妙なコメントを発表した。5年前の党首選でエド・ミリバンド氏ではなく、兄のデービッド氏が選ばれていれば、こんな展開にはなっていなかったかもしれない。しかし世界金融危機による英国経済の構造変化がコービン党首を生み落としたのではないか。

 

国民統計局(ONS)の調べでは、英国の1930万人、すなわち3人に1人が2010年から13年の間に少なくとも1度は公式貧困基準(可処分世帯所得の中央値の60%未満)を下回っていた。EU平均は25%だ。世界金融危機で強欲な銀行を救うため財政出動を強いられ、社会保障がカットされた。失業率の上昇を抑えるため、低賃金の雇用形態が増えた。その一方でイングランド銀行(中央銀行)の量的緩和により、持てる者の富はさらに膨らんだ。

コービン氏が唱える「国民のための量的緩和」、イングランド銀行が「国民投資銀行」の発行する債券を購入し、社会政策の原資に充てるという政策を経済界、エコノミストは激しく非難している。しかし、220億ポンド(約4兆330億円)の運用資産を誇るヘッジファンドの共同創業者はコービン氏のアイデアに理解を示した。グローバリゼーションと財政難で課税強化と社会保障という「富の再分配」メカニズムが使いづらくなっている。次に金融危機が起きたとき、持てる者をさらに裕福にする従来の量的緩和より「国民のための量的緩和」の方が正しく使えば有効に機能するというわけだ。

コービン氏は労働党の希望というより、平等と公正な社会を実現できなかったことに対する左派の反動のあらわれとみることができる。コービン氏の政策には首を傾げるところが多いのは確かだ。しかし党大会で醜い内紛を繰り広げるよりも、いかに富の再分配と経済成長を両立させるかの政策論議を始めることが大切だ。

 
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