労働党党首選、コービン氏が「当選確実」に
選抜制の英国伝統の進学校グラマー・スクールに11歳の息子を進学させるかどうかで、夫婦は対立していた。妻は言った。「子供の教育は私の絶対的な優先事項です。息子はグラマー・スクールに行かせるべきです。それ以外の選択肢はありません」。ひげ面の夫は政治的信念を曲げようとはしなかった。「教育は皆が平等に受けるべきものだ。11歳で選別するのは間違っている。息子は地元の総合制中等学校コンプリヘンシブ・スクールで学ばせる」。
2人に歩み寄る余地はなかった。子供の教育をめぐる対立はよくあることだが、この夫婦の場合、夫は労働党の下院議員、しかも筋金入りの左派だった。労働党のブレア元首相、ハーマン元社会保障相も口先では選抜制のないコンプリヘンシブ・スクールを支持しながら、誰もが行けるわけではない国庫補助学校やグラマー・スクールに自分の子供を進学させたことが論争を呼んでいた。
「子供の教育をあなたの政治キャリアの犠牲にはできないわ」。妻は夫婦関係の継続より、息子のグラマー・スクール進学を選んだ。夫婦は1999年に離婚した。
この男こそ、9月の最大野党・労働党の党首選で「当選確実」になってきたダークホース、左派のジェレミー・コービン氏(66)である。労働組合を始め、元ロンドン市長のリビングストン氏、初の黒人女性下院議員アボット氏ら左派の支持を集める。先の総選挙でスコットランド民族党(SNP)旋風に巻き込まれ、スコットランド労働党は壊滅、予想を上回る大敗を喫した労働党は支持率回復のため、コービンという「劇薬」を飲もうとしている。
18年続いた保守党政権を打ち破るため、労働党のブレア、ブラウン両元首相は党綱領から産業の国有化を訴える部分を削除して市場主義に転換する「第三の道」を選んだ。労働党は保守党と中道票を奪い合うようになり、両党の政策の違いを区別するのは次第に難しくなってきた。保守党のキャメロン首相の懐刀、オズボーン財務相は「働く人の党」をスローガンに労働党のお株を奪う一方で、財政再建に邁進(まいしん)する。これに対して労働党は財政再建に反対しているかと言えば、その程度を和らげているだけだ。
「保守党の政策と大して変わらなかったのが総選挙の敗因だ。労働党は党員を増やし、強い社会運動を引き起こさなければならない。結局、労働党に求められているのは不平等と貧困を英国からなくすという絶対的な情熱なのだ」とコービン氏は静かに訴える。ブレア元首相のようなテレビ受けする派手さはかけらもない。しかし、その支持は燎原(りょうげん)の火のごとく広がっている。最初は立候補に必要な35人の党下院議員の推薦も集められない泡沫(ほうまつ)候補。それが世論調査会社YouGovの世論調査で本命アンディー・バーナム影の保健相を抜いて、53%の支持を集める。「コービン氏が労働党の党首になれば、次の総選挙は勝ったも同然」と、舞台裏で保守党支持者がコービン人気を盛り上げ、3ポンドを払って労働党の隠れ支持者になっているという謀略説まで流れる。
SNPのスタージョン党首が原潜による核ミサイル・システムの廃止、医療・教育制度の充実を掲げるのと同様に、コービン氏も核抑止システムの廃絶、反緊縮、富裕層への課税強化を唱える。しかし、コービン氏はかつてサッチャー首相(当時)を狙った爆破テロの直後にIRA(アイルランド共和軍)の前科者を議会に招待して批判された。レバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラやパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスにも一定の理解を示す。ブレア首相が誕生した1997年以降、500回も労働党の方針に反して議会で投票している、いわくつきの反骨者だ。
党首選の投票方法は、4人の候補者に順位をつける「代替投票制」で、得票率が過半数に満たない場合は最下位の候補者が脱落し、第2希望の票を残りの候補者に振り分けて、誰かが50%を超えるまで続けていく。投票権者を登録する最終日、実に16万人の駆け込み登録があり、計61万人が労働党の明日を決める。ブレア元首相は「我が党は目をつぶり、下に尖った岩がある絶壁に手をかけながら歩いている」と警鐘を打ち鳴らすが、もはや誰にもコービン氏を止められそうにない。
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