英国時事問題の専門家、ウェストミンスター先生のニュース講座の初回は、選挙制度改革に関する住民投票について。
花子ちゃん、太郎君と楽しく学ぼう!(猫山はるこ)
選挙制度改革の住民投票について
まずは基礎情報
太郎君: ニュースで「AV」っていう言葉を聞いたんだけど、何のこと?
ウェストミンスター先生: 選挙の投票方法の一つで、「Alternative Vote」のことだよ。英国では今、下院議員の選挙方法に「First-Past-The-Post(FPTP)」という方式を使っているんだけど、AVに変えたらっていう案があるんだ。それで5月5日に、その案に対する賛成・反対を聞く住民投票が行われるんだよ。日本語では、AVは「代替投票制」、FPTPは「先着順当選制」などと呼ばれているね。
花子ちゃん: FPTPとAVはどう違うの?
先生: FPTPは単純で、ほかの候補者より多くの票を獲得した人が当選する仕組み。英国の総選挙では、FPTPと合わせて、1選挙区につき1人だけを選ぶ「小選挙区制」を採用していて、有権者は自分の選挙区の立候補者のうち、当選して欲しいと思う一人にだけ投票する。結果は、得票数が一番多い人が当選。
太郎君: AVは?
先生: AVの投票では、有権者は、投票用紙に書いてある立候補者の名前の横に、当選して欲しい順に番号を付けるんだ。花子ちゃんが1番、太郎君が2番、とも子ちゃんが3番、という風にね。投票が終わったら開票だけど、AVの開票方法はちょっとややこしい。まず、全部の票を集めて、「1番」の票だけを集計する。つまり、花子ちゃんを「1番」にした人は何人いたか、太郎君を「1番」にした人は何人いたかを集計するんだよ。
花子ちゃん: それで?
先生: 「1番」の集計で、過半数(50%以上)の票を獲得した候補者がいたら、その人が当選。誰も過半数の票を獲得できなかったら、今度は開票の第2ラウンドが始まるんだ。第2ラウンドではまず、最初の「1番」の票の集計でビリになった候補者を落選させる。そして、その落選した候補者を「1番」に指定していた投票用紙をもう一回見て、それらの投票用紙で「2番」に指定されていた候補者に票を加算するんだ。
太郎君: 何だか頭がこんがらがってきた……。
先生: 2番票を加算して、得票率が過半数を超えた候補者がいたら、その人が当選。いなかったら今度は第3ラウンド。同じように、第2ラウンドでビリになった候補者を落選させて、その落選者を「1番」に指定していた投票用紙をもう一回見て、それらの投票用紙で「2番」に指定されていた候補者に票を加算する。それから第2ラウンドでビリになった候補者には、第2ラウンドが始まるとき、第1ラウンドの落選者の2番票の一部が加算されていたよね。それらの票の投票用紙も再度見て、「3番」に指定されていた候補者に票を加算するんだ。誰かの得票率が過半数を超えるまで、これを繰り返すんだよ。
FPTPと小選挙区制を使っている英国の下院選挙では、有権者は一人だけに投票し、一番たくさん票を獲得した人が当選。一方、AVでは、有権者は当選して欲しい順に候補者に順位を付け、誰かの得票率が過半数を超えるまで開票が続けられるよ。
FPTPの良いところと悪いところ
花子ちゃん: どうして住民投票をやることになったの?
先生: 今、保守党と連立政権を組んでいる自由民主党は、前から下院議員の選挙方法を変えるべきだと思っていたんだ。それで、去年の総選挙の後、保守党から一緒に連立政権を組もうと提案されたとき、自由民主党は、AV導入の住民投票を実施するならOKという条件を出し、保守党も合意したんだよ。
太郎君: どうして住民投票の日は5月5日なの?
先生: その日は、イングランドの地方選挙と、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの地方政府の議会選挙などが行われるから、同時にやることにしたんだ。
花子ちゃん: FPTPと AVの長所と短所って何?
先生: FPTPの短所としてよく言われるのは、少数の人からしか支持されていなくても当選できるということだよ。例えば候補者が4人いて、得票率がAさん33%、B さん30%、C さん28%、Dさん9%の場合、Aさんが当選するよね。でもこれって実は、67%の人はAさんを支持していないってことだよね。
太郎君: あ、本当だ。
先生: こういうことが起こるから、FPTPでは、有権者の大多数の意見が無視されると言われているんだ。AV賛成派によると、去年の総選挙の当選者のうち3人に2人は、得票率が50%に満たなかったんだって。
花子ちゃん: へぇー。
先生: 英国では、FPTPは二大政党、つまり保守党と労働党にだけ有利で、それ以外の政党には不利だと言われているよ。有権者が一人だけに投票し、単純に一番多くの票を得た候補者が当選するシステムだと、どうしても伝統的に支持率が高い二大政党に議席が集中してしまい、それ以外の政党は、得票率が割といい線まで行っても議席を得るのは難しいんだ。それで一番、損しているのは自由民主党だね。
花子ちゃん: じゃあ、FPTPの良いところは?
先生: FPTPでは、「強固で安定的な政権が生み出される」と言われているよ。英国が「二大政党制」と呼ばれる安定した政治体制を維持できているのは、FPTPのお陰である部分が大きいとの見方があるね。
AV賛成派とAV反対派は、住民投票に向けて、それぞれの主張を掲げてキャンペーンを展開しているんだ。
団体名は、AV賛成派が「YES! To Fairer Votes」、
反対派が「NO to AV」で、政党に関係なく、
それぞれの主張に賛同する人が参加して
キャンペーンを行っているよ。
AVの良いところと悪いところ
太郎君: AVはどうなの?
先生: AV反対派は、AVを導入すると、ずっと連立政権が続くことになるって言ってるね。AVでは、保守党と労働党以外の党、特に自由民主党がこれまでより多くの議席を取れるようになって、二大政党が過半数の議席を獲得するのが今より大変になると言われているんだ。だからAV反対派は、AVを導入したら、選挙の結果が「ハング・パーラメント」になって、連立政権になることが多くなるって言ってるんだよ。
太郎君: AVの長所って?
先生: さっき、FPTPでは、有権者の大多数の意見が無視されるって言ったよね。AV賛成派は、AVを導入すればそういうことはなくなって、必ず有権者の過半数の支持を得ている人が当選することになるから、AVの方が公平で民主的だって言ってるよ。まあ実際は、「有権者の過半数」ではなくて、「投票した人の過半数」だけどね。
花子ちゃん: 大きい政党はAVに賛成?反対?
先生: 自由民主党は賛成で、保守党はほとんどの議員が反対。だから、連立政権に入っている2つの政党は、意見が対立しているんだ。もし住民投票でAVが否決されたら、自由民主党が連立政権から抜けるのではと言う人もいるけど、キャメロン首相と自由民主党のニック・クレッグ副首相は、そういうことは起こらないと言っているよ。それから労働党の議員は、賛成派と反対派に分かれているね。
ハング・パーラメントとは、選挙で一番多くの議席を取った政党が過半数の議席を取れなかった場合の状態を指していう言葉。去年の総選挙では、最大政党となった保守党が半分以上の議席を取れなかったから、ハング・パーラメントだったんだよ。
更に深く掘り下げてみよう!
太郎君: 先生、次のグラフはなあに?
先生: 上のグラフは、2010年5月の総選挙で各政党が獲得した議席の数だよ。さっき説明した通り、投票方法にはFPTPが使われたんだ。
花子ちゃん: 自由民主党は、保守党と労働党に比べるとずいぶん議席が少なかったのね。
先生: そう。さっき、投票方法にFPTPを使うと、保守党と労働党以外の政党は、得票数がまあまあでも、議席に結び付きにくいって言ったよね。実際、このときの選挙で、自由民主党の得票率は全体の23%に上ったのに、獲得した議席の割合はたったの8.8%だったんだ。つまり、自由民主党に投じられた票の多くは、「死票」になっちゃったんだよ。
太郎君: しひょー?
先生: 死票っていうのは、候補者当選に結び付かなかった票、つまり無駄になった票という意味だよ。
花子ちゃん: 下のグラフは?
先生: これは、去年の総選挙の投票方法がAVだったら、結果はこういう風になっていただろうっていう推定をグラフにしたものだよ。AV賛成派の団体である「選挙制度改革協会」が作ったんだ。
太郎君: 自由民主党の議席が増えているね。
先生: そうだね。でも、57議席から79議席と、22議席増えているだけで、そんなに大きな差が出ると推定されている訳ではないね。実は、自由民主党や選挙制度改革協会などが本当に目指しているのは、「Single Transferable Vote(STV)」という投票方法なんだよ。
太郎君: また何かややこしいのが出てきた!
先生: まあまあ、そう言わないで。STVは、日本語では「単記移譲式比例代表制度」などと呼ばれている投票方法だよ。得票率に比例して議席を配分する比例代表制度の一つで、STVを使うと、さっき説明した「死票」がとても少なくなるんだ。選挙制度改革協会によると、2010年の総選挙でSTVが採用されていれば、自由民主党は162もの議席を獲得していたと推定できるんだって。
花子ちゃん: 自由民主党が実際に獲得した議席の約3倍ね。
先生: その通り。だから自由民主党は、今回の住民投票でAVを可決させて、それをSTV導入に向けた第一歩としたい考えらしいよ。
英国人は選挙制度改革に賛成する?
花子ちゃん: 下の表は何?
先生: これはね、色々な調査機関がAV導入に対して賛成か反対かを一般の人に聞いた世論調査の結果だよ。
太郎君: 賛成と反対は同じくらいなんだね。
先生: ここに挙げた結果を見る限りはそうだね。ただ、似たような調査はたくさん行われていて、AV賛成派の方がずっと多かったり、逆に、FPTP支持派がAV賛成派より20ポイント近くリードし ているっていう調査結果もあるから、今の時点で は、こういう世論調査から住民投票の結果を予測するのは難しそうなんだ。
花子ちゃん: そもそも皆、選挙制度とか今度の住民投票のこと、どれくらい知っているのかしら?
先生: そうなんだよ、良いところに気付いたね。上の表で挙げた調査のうち、「YouGov/『サンデー・タイムズ』紙調査」では、AVについてどれくらい知っているかという質問もあったんだけど、47%の人が「よく知っている」と答えた一方で、「よく知らない」と答えた人が42%もいて、後は「分からない」が11%という結果になっていたんだ。5月5日に住民投票が行われることさえ知らない人も、まだたくさんいるみたいだよ。
太郎君: 僕も、今日教えてもらうまで全然知らな かったよ!
先生: それから、今年2月にBBCの委託で行われた調査では、「国内にほかに緊急な問題がたくさんある今の時期に選挙制度に関する住民投票を実施することは、時間とお金の無駄」と考えている人が63%もいることが分かっているね。
花子ちゃん: ふーん。
先生: もう一つ、世論調査では、FPTPとAVの仕組みについて説明されてから賛成か反対かを聞かれた場合と、説明されずに賛否を聞かれた場合では、結果に大きな違いが出ることも分かっているよ。今、AV賛成派、反対派はそれぞれキャンペーンを展開中だけど、これから住民投票までの半月の間に、有権者の人たちの意見はまだ大きく変わる余地があると言えるかもしれないね。
国会議員の選出にAVを採用している国は、現在世界で何カ国?
オーストラリア、フィジー、パプア・ニューギニア。
AVは、国会議員の選挙以外の場でも使われています。次の3つのうち、投票方法にAVを使用していないのはどれ?
A 英国の労働党の党首選
B イングランドの地方選挙
C アカデミー賞作品賞の選考
イングランドの地方選ではFPTPが使われています。アカデミー賞作品賞の選考には、最近までFPTPが使われていましたが、2010年からAVに切り替えられました。なお、米国では「Alternative Vote」ではなく、「Instant Runoff Voting」と呼ばれています。
一部の芸能人は、AV賛成派または反対派を応援しています。最近、映画「英国王のスピーチ」でジョージ6世を演じ、アカデミー賞主演男優賞を受賞したAV賛成派の俳優は誰?
ちなみに、同映画でジョージ6世の妻エリザベスを演じたヘレナ・ボナム・カーターもAV賛成派です。
次の3つのうち、実際に過去に英国で実施された住民投票はどれ?
A 欧州通貨ユーロへの参加の是非を問う住民投票
B 英国の欧州経済共同体(EEC)への加盟継続の是非を問う住民投票
C 王室廃止と共和制への移行の是非を問う住民投票
投票の結果は、EECへの加盟継続賛成が67%を占めました。
去年の総選挙の前に、英国で最後に下院選挙の結果が「ハング・パーラメント」になったのはいつ?
ハロルド・ウィルソン党首率いる労働党がそれまで政権を取っていた保守党を破って最大政党になりましたが、過半数の議席は獲得できませんでした。労働党はこのとき連立政権を組まず、少数与党政権を発足させました。
課外授業
国会議事堂を見学
英国の政治の中心部ウェストミンスターで、一際目立つ建物がここ、国会議事堂です。お隣には、「ビッグ・ベン」の愛称で親しまれている時計塔が立っていますね。実はこの建物の本当の名前は「ウェストミンスター宮殿」といって、昔は王宮として使われ、更にヘンリー3世統治下の13世紀にはここで定期的に議会が開かれるようになっていたそうです。1834年の火事で大半が焼けてしまいましたが、その後再建され、今のゴシック様式の荘厳な建物ができあがりました。
テムズ河に臨む国会議事堂
国会議事堂は4階建てで、全部で1000もの部屋があります。まず地上階に位置するのは、議員の人たちが使うダイニング・ルームやバー、会議室など。メインのフロアーは1階、つまり日本で言う2階で、下院、上院の議会場、王室関係の式典などに使われる「ウェストミンスター・ホール」などがあります。この階にはほかに、「女王がローブを着る部屋(Queen's Robing Room)」と名付けられた部屋もあり、その名の通り、クイーンズ・スピーチの式典の前、女王はここで王冠をかぶり、ローブを着るそうです。更に2階と3階には、議員で構成される各種委員会の会議室が入っています。国会議事堂の南側、ビッグ・ベンに向かい合って建てられている建物は、ビクトリア・タワーと呼ばれる塔で、15世紀以降の国会に関連する様々な文書が保存されています。
歴史の時間
英国の参政権の歴史
19世紀前半の英国において、参政権は、一定以上の価値を有する土地を持つ男性に限られ、ほとんどの人が選挙で投票する権利を持っていませんでした。それに、産業革命が進んで人口が増えた新興都市には議員定数ゼロのところがある一方、過疎化した農村部などでは、議員定員は昔のままで、しかもそれらの議席を有力者が不当な形で獲得するなどの事態が発生していました(こうした選挙区は、「腐敗選挙区」と呼ばれていました)。
チャーティストの反乱を描いた絵
こうした中、1832年に第一次選挙法改正が行われましたが、依然として参政権は資本家に限られ、労働者階級の人々には投票の権利が与えられませんでした。社会改革、参政権の拡大を訴える労働者たちの運動である「チャーティスト運動」が盛んになったのはこの頃です。その後、1867年、1884年にもそれぞれ第二次、第三次選挙法改正が行われ、労働者にも参政権が与えられました。しかし当時、参政権は男性だけに限られていたため、婦人参政権運動が活発になり、その甲斐あって1918年には21歳以上の男子と並んで30歳以上の女子に、1928年には男性と同様、21歳以上の女子にも選挙権が認められました。更にその後の法改正で、現在までに、選挙権の年齢は18歳にまで引き下げられています。
英語の時間
referendum
今回は、来月5日に行われる選挙制度改革に関する住民投票について取り上げましたが、この「住民投票」を表す英単語が「referendum」です。国全体ではなく、州や市、区などのより狭い地域の住民を対象とした住民投票も、同じように「referendum」と呼ばれます。例えば、ウェールズで今年の3月上旬、ウェールズ議会に完全な立法権限を与えるという案に対する賛否を問う住民投票が行われ、可決されましたが、BBCニュースのウェブサイトには、次のような文がありました。
「Wales has said a resounding Yes in the referendum on direct law-making powers for the assembly(ウェールズ議会に対する完全な立法権の付与の是非を問う住民投票が実施され、賛成が圧倒的多数を占めて可決された)」
AVを導入したらどうなるかということについては、色々な説が唱えられていて、絶対にこうなると予測することは難しいんだ。例えば、AVが導入されたらハング・パーラメントになることが多くなるって言われているけど、下院選挙にAVを採用しているオーストラリアでは、2010年の選挙でハング・パーラメントになったのが実に70年ぶりのことだったんだって。AV賛成派と反対派の主張には、お互いに矛盾する点も多くて、正確な予測はできないんだ。
あと一つ付け加えると、AV賛成派にとっては、AV反対票を増やすのではと思われる懸念のタネがあるんだ。前のページで説明したように、自由民主党はAV支持派の代表格なんだけど、連立政権に入ってから、支持率が下がりっぱなし。と言うのも、もともとはリベラル派の政党なのに、連立のパートナーである保守党に妥協して、自分たちの主義主張に反するような政策を実現させているものだから「裏切り者」呼ばわりされていて、特に副首相でもあるニック・クレッグ党首がとっても嫌われているんだ。そのために、AVの仕組みや影響などに関係なく、とりあえずクレッグ党首が支持する政策には反対、という「反クレッグ票」がAV可決を阻止するのでは、と言われているんだよ。
いずれにしても、結果の予測が難しい今回の住民投票。英国民は改革を望むのか、それとも現状維持を支持するのか、結果が今から楽しみだね。
では今回はここまで!