金融危機の影響によって、テレビや新聞の経済ニュースを通じて英国の経済通たちの顔を目にする機会が増えてきた。だが難解で時にちょっぴり退屈な経済ネタを話し続ける彼らの発言を英語で聞き取るのは、なかなか骨の折れる作業。そこで今回の特集では、経済ニュースに頻繁に登場する英国の経済通たちが、どれだけ英国人に信頼され、そして私たち日本人にとって親しみやすい存在であるかをまとめたダイジェスト独自の格付け調査の結果を発表。意外にも個性溢れる、英国の経済通たちの魅力を紹介する。(本誌編集部: 長野 雅俊)
Aaa(極めて優れている)
Aa(総合的に優れている)
A(現時点では確実だが、将来、安定性が低下する可能性がある)
Baa(未知数も多く含まれるが、全般的に中級と判断される)
Ba(投機的な要素を含むとされる)
B(好ましい投資対象としての的確さに欠ける)
一流の分析力とユーモアを持つ元日本支局員
ジリアン・テット
Gillian Tett
金融危機の予見・スクープ力 |
+2 |
話の分かりやすさ・ユーモアのセンス |
+2 |
ビジュアル面の強さ |
0 |
日本との関連・知名度 |
+2 |
人間への理解 |
+1 |
点数 |
+1.4 |
英国だけでなく、世界中のビジネスマンが目を通す経済紙「フィナンシャル・タイムズ」紙のアシスタント・エディター。数年前から「Lex」と呼ばれる人気コラムにおいて、金融危機の可能性を指摘していた。これらの功績が評価されて、2009年に英国新聞協会賞を受賞したのを始め、今では各メディアから引っ張りだこに。秀でているのは複雑な金融商品に関する詳細な知識だけではない。「たった3年前まで、マニアックな金融工学の話よりも、ファーン・ブリトン(中年の女性司会者)の減量手術の話題の方が世間の興味を惹いていた」という発言に見られるような、鋭く冷たいユーモアのセンスを持ち合わせている。またケンブリッジ大学で文化人類学の博士課程を修了したという、経済記者としては異色の経歴について、「金融危機を予見するためには、まず人類学を学ぶことが大事」と、とぼけて見せるのが得意な彼女。1997~2003年まで同紙の東京支局長を務め、日本長期信用銀行が破綻し新生銀行として生まれ変わるまでを追った著書を残していることも、在英邦人が親しみやすさを感じるところだろう。
優しさと強さを兼ね備えた政治家
ビンス・ケーブル
Vince Cable
金融危機の予見・スクープ力 |
+2 |
話の分かりやすさ・ユーモアのセンス |
+1 |
ビジュアル面の強さ |
+1 |
日本との関連・知名度 |
0 |
人間への理解 |
+1 |
点数 |
+1.0 |
過去に自由民主党の副代表や党首代理を務めた経験を持つ、同党の経済スポークスマン。第二野党に属する議員という、国民の関心を集めるのが難しい立場にありながら、最近やたらとメディアに登場している。というのも、彼こそが、金融危機の責任の一端を担った大手銀行やヘッジファンドのあり方に対する警鐘を誰よりも早く鳴らした政治家であったから。既に2003年の時点では、国会討議の場でブラウン財相(当時)に英国の経済モデルが金融危機を誘発する恐れがあると説いていた。温厚な語り口と66歳という高齢、またゆで卵のように禿げ上がった頭が与える親しみやすいイメージとは裏腹に、大手石油会社のシェル社で主任エコノミストとして勤務した経歴を持つ、経済分析のプロなのだ。一方で、乳がんで死去した前妻とその後に再婚した現在の妻との間で交わした2つの結婚指輪を同時に着用するという、愛情深さを示すエピソードにも事欠かない。政治家や新聞記者との論争時には舌鋒鋭く、また国民に語りかける際には温かい語り口になるという、強さと優しさを兼ね備えたじいやキャラは、誰からも愛されるに違いない。
ロマンチストな数学者
ポール・ウィルモット
Paul Wilmott
金融危機の予見・スクープ力 |
+1 |
話の分かりやすさ・ユーモアのセンス |
+1 |
ビジュアル面の強さ |
+1 |
日本との関連・知名度 |
0 |
人間への理解 |
+2 |
点数 |
+1.0 |
ロンドン在住の数学者。オックスフォード大学を卒業した後に、エンジンに付属させるタービンの設計などの仕事を受け持ったという。現在は高等数学を財政学に応用することで複雑なデリバティブ取引などを分析する手法を、銀行員や調査員たちへ講義することを生業としている。普段はジーンズとスニーカーを履きこなす、アカデミックなアウトサイダー。資産の格付けを誤り続けた銀行関係者たちを「計算式に盲目的に従うだけなんて、シートベルトをすれば無茶な運転をしても平気と言っているようなもの」と斬り、「無能な」政府要人たちを批判する抗議デモにも参加するという、戦う数学者でもある。また多くの数学者たちが抽象的思考の世界にどっぷりと浸かってしまう中で、ビジネスの利権が渦巻く現実社会にも順応する彼には、「私には虹の色がすべて見えるが、他の数学者たちには白黒の世界しか見えない」と言い放つ、自信過剰なロマンチストとしての一面も。モットーは、「人間は合理的には行動しない」。「財政学とは、数学と人間学の要素が半々」と説く彼は、経済のあり方だけでなく、人の心を捉えることにも長けているようだ。
スクープ連発もやっぱり口ベタ
ロバート・ペストン
Robert Peston
金融危機の予見・スクープ力 |
+3 |
話の分かりやすさ・ユーモアのセンス |
-1 |
ビジュアル面の強さ |
0 |
日本との関連・知名度 |
0 |
人間への理解 |
+1 |
点数 |
+0.6 |
昨今の金融危機において、関連スクープを連発したことで注目されている経済記者。「インディペンデント」紙や「フィナンシャル・タイムズ」紙、「デーリー・テレグラフ」紙などの大手紙で記者やコラム執筆を担当した後に、2005年からBBCに移籍。ただテレビでの報道にはなかなか慣れず、コメントを求められても、手に入れた莫大な情報量を整理できないまま「アーアーアー」と言いよどんだかと思えば急に早口になったりしている様子が、テレビ番組などで物真似の恰好のネタにされていた。しかし、金融危機が発生したことで運気は好転。ノーザン・ロックの経営破綻、さらには大手銀行のロイズTSBによるHBOSの買収といったスクープを連発したことで、英国の経済通におけるスターの座を手に入れた。これらのスクープの裏には、政治記者時代、ブラウン首相の伝記を執筆した際に築いた政界の人脈が存在しているというから、人望も厚いのだろう。彼がBBCのウェブサイトに執筆するブログの読者は100万人。自ら「テレビ向きではない」と自嘲気味ながらも、「今、人生の絶頂期にある」という言葉の通り、現在、英国で一番の人気を誇る経済通である。
新進気鋭の金融ライター
テツヤ・イシカワ
Tetsuya Ishikawa
金融危機の予見・スクープ力 |
0 |
話の分かりやすさ・ユーモアのセンス |
0 |
ビジュアル面の強さ |
0 |
日本との関連・知名度 |
+2 |
人間への理解 |
+1 |
点数 |
+0.6 |
左写真)テツヤ・イシカワ氏の著書
「How I Caused the Credit Crunch」
金融危機に揺れるロンドンの金融界の様子を描いた小説でデビューしたばかりの新人作家。「テツ」との愛称で呼ばれるイシカワ氏は日本で生まれ、その後ロンドンで育った。名門パブリック・スクールであるイートン校、そしてオックスフォード大学を卒業するというエリート街道を歩んだ後に、ABNアムロ銀行、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーといった大手金融機関の投資部門を渡り歩き、金融危機の元凶とされる債務担保証券(CDO)を組成・合成し販売した経験を持つ。2008年5月に6桁台の退職金と共にモルガン・スタンレーをリストラされ、フリーランス・ライターへと華麗に転身。売春やドラッグにまみれながら危険な金融商品の開発へと手を染めていく金融マンの姿を描いた小説「How I Caused the Credit Crunch」を執筆し、話題を集めている。「銀行家、政治家などがスケープゴートになっている現状を変えたい」と、あえて偽悪的なタイトルを持つ本を出版したという彼。現在は「ガーディアン」紙などに寄稿しながら、妻と子どもと共にロンドンに暮らしている。今後注目の金融ライターである。
幸福の経済学者
アンドリュー・J・オズウォルド
Andrew J Oswald
金融危機の予見・スクープ力 |
0 |
話の分かりやすさ・ユーモアのセンス |
+1 |
ビジュアル面の強さ |
0 |
日本との関連・知名度 |
0 |
人間への理解 |
+1 |
点数 |
+0.4 |
ウォリック大学の経済学教授。経済成長=善とする考え方に疑問を呈し、経済学の観点から「幸せとは何か」について論じる異色の研究者でもある。学術論文の中では、「結婚で得る幸福感は年収6万ポンド(約900万円)に値する」「伴侶の死で得る苦しみを取り除くためには、年収17万ポンドに相当する金銭的見返りが必要」といった独自の理論を展開。また戦後多くの先進国において経済が著しい成長を見せたにも関わらず、各国民が享受する幸福感はそれほど増大していないとの調査結果から、「新車や、画面の大きいテレビを買うことで幸福が手に入る時代は終わった」と喝破する。経済が停滞する時代状況の中でいかに人間はもっと幸福になれるかを考えるべきであるとし、そのための学問こそが経済学である、というのが信念。こうした考え方を発表したばかりの頃はまだ賛同者はほぼ皆無だったが、今では世界中から取材の問い合わせがひっきりなしに入り、また労働党政権関係者からも助言を求められるようになったという。長期的に経済が低迷する日本でも、いつか彼の存在に関心が集まる日が来るかもしれない。
経済で笑い、経済に泣く
ゴードン・ブラウン首相
Gordon Brown
金融危機の予見・スクープ力 |
-1 |
話の分かりやすさ・ユーモアのセンス |
-1 |
ビジュアル面の強さ |
+1 |
日本との関連・知名度 |
+1 |
人間への理解 |
-1 |
点数 |
-0.2 |
ブレア首相在任時の財相時代から、英国経済の舵取りには定評のあったブラウン首相。重税に支えられた手厚い福祉政策を推進してきた旧来の労働党の方針に反して、ロンドンの金融街シティへの優遇策や外国人富裕層への課税緩和などの政策を進めることで失業率を減少させ、また財政を著しく改善するなどして英国経済の成長に貢献してきた。ところが首相になってからすぐに金融バブルがはじけてしまい、彼への評価がまっさかさまに落っこちた。さらには、以前から指摘されていたコミュニケーション能力のまずさが足を引っ張っており、彼がテレビのインタビューに応える度に、眉間に皺を寄せた顔がアップで映し出され、画面全体に暗い雰囲気が漂うことになる。英国経済を大不況に陥れた責任を問われ、公約を撤回して所得税を増税すれば「中間層を取り込むためだけの政治的ポーズ」と言われ、有権者へ直接的なメッセージを伝えようと動画サイト「YouTube」で政策を発表すると「不適切」と閣僚から非難されるなど、まさにやることなすこと批判の雨あられ。経済で名を挙げた男が今、経済に泣いている。
金融危機を境に評価は凋落
フレッド・グッドウィン
Fred Goodwin
金融危機の予見・スクープ力 |
-1 |
話の分かりやすさ・ユーモアのセンス |
-1 |
ビジュアル面の強さ |
0 |
日本との関連・知名度 |
0 |
人間への理解 |
-1 |
点数 |
-0.6 |
大手銀行ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドの前最高経営責任者。2000年に就任して以来、企業買収の資金提供に積極的に関わることで、それまで地方銀行にすぎないとのイメージが持たれていた同銀を世界的規模にまで押し上げた。02年には米「フォーブス」誌が主催する「ビジネスマン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。ところがその後、英国は経済後退期に入ったために、これらの拡大方針が完全に裏目に出る。英国企業としては最大となる241億ポンド(約3兆3770億円)の純損失を計上し、同銀は国有化。財務特別委員会の聴聞会では失敗を認めて国民に向けて謝罪し、米「タイムズ」誌が「金融危機の責任を負う人」ランキングに名を挙げるほどまでにその評価は急降下するに至った。にも関わらず、責任を取って退職したはずの同氏が後に1600万ポンド(約24億円)もの企業年金を受け取ることが分かり、国民の総スカンに遭っている。これにより、その後、生身の彼がテレビに出る機会はほとんどなく、記録映像だけが遺影のようにむなしく流されている。メディアからはこのまま消えていく人物と思われる。