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Fri, 29 March 2024

英国人はなぜ結婚しないのか

暦はついに6月。英国を始めとする欧州では、「ジューン・ブライド」の伝承にちなんだ結婚シーズンに入った……が、近年の英国における結婚件数は過去最低。その一方で、結婚せずとも、子供を育てながら同棲生活を営む人々が増え続けているという。事実婚カップルと呼ばれる彼らはなぜ、結婚することを拒むのだろうか。

(本誌編集部: 長野雅俊)

結婚しない英国人

結婚皆さんの周りにいる若い世代の英国人で現在、結婚生活を営んでいる人は果たして何人いるだろうか。きっと、思いのほか少ないことに気付くはずだ。英国統計局が今年発表したデータによると、国内における2006年度の結婚件数は約23万7000件。この結果、結婚率は16歳以上の男性1000人に対して22.8人、同じく女性は20.5人と、調査が始まって以来、過去最低の数字となった。

一方で、離婚件数は増加中。同じく英国統計局の調べによると、10年以上にわたって結婚生活を続ける夫婦は全体の約半数。残りの半数にあたる夫婦は、その10年を待たずに関係を破綻させ、離婚に至るという。つまりその確率、5割。英国における結婚は、まさにイチかバチかの賭け事になりつつある。

そしてさらにもう一つ、結婚率の低下に拍車をかけている、重大な事実がある。それが、結婚の申請を行わずとも長きにわたって共同生活を営む、いわゆる「事実婚(Cohabiting)」だ。この事実婚カップルが近年になって急激に増えてきており、現在では全国で約230万組も存在すると推定されている。

英国で減少する結婚件数

子供ができても結婚せず

最近では日本でも、結婚前の男女が同棲生活を送ることは珍しくなくなった。ただこの日本における同棲生活と英国人たちによる事実婚は、どうも意味合いが違うようだ。というのも日本のそれは、結婚前の準備段階か、または「内縁の夫・妻」と言う言葉の響きが連想させるように、既存社会の仕組みからは少し外れた関係と見なされがち。これに対して英国の未婚カップルは、既に公的な夫婦と同じように機能している場合が少なくない。

その最たる例が、子供の存在だろう。英国では、何十年にもわたって共同生活を営み、さらにはその過程で子供を生んで育てながらも、結婚していない人たちが大勢いる。これは「できちゃった結婚」という言葉に象徴されるように、いまだ子供=結婚が当然視されがちな日本においては、なかなか受け入れられにくい現象のように思える。

統計局の調べによると、英国内においてこの事実婚カップルに育てられている子供の数は約141万人。この数字にシングル・ペアレンツも含めれば、実に全体の4割が結婚外で生まれた子供ということになる。事実婚カップルは、もはや新しい家族の形態の一つとして認められつつあるといっても良いだろう。

変化する英国の家族形態

彼らはなぜ結婚しないのか

ではなぜ、彼ら事実婚カップルは結婚しないのだろう。その理由としては「お互いの自由を尊重するため」「結婚は制度ではなく気持ちの問題だから」「面倒くさい」など様々な意見が聞かれるが、その中でちょっと気になるのが、「結婚するだけの法律的・経済的なメリットがほとんどない」との理由だ。

まず子供の養育に関する権利や責任についていえば、下記の表にある通り、両親のどちらかが死亡しない限り、結婚と事実婚の間にはさして大きな法的な違いはない。むしろ結婚した夫婦の約半数が10年以内に離婚する中で、若くして子供を設けたカップルが、お互いの死後まで思いを馳せることの方が難しいかもしれない。また日本と最も大きく異なるのが、子供に対する法的な扱い。日本であれば、未婚の親の間に生まれた子供は「婚外子」として親の死に際しての相続において制限がつくなどの区別が生まれるが、英国では摘出・非摘出という法的概念そのものがないため、子供にとっての不都合も起きない。

また近年になって、結婚した夫婦に対する手当が削減された結果、シングル・ペアレンツの方が手当を多くもらえる例も出てくるようになった。つまり場合によっては、結婚した方が経済的に損をする、ということにもなりかねないというのだ。

英国における子供の養育に関しての法的な結婚と事実婚の違い

結婚した夫婦
権利の種類
事実婚カップル
両親ともに保有 離別後の親権 登録を行なっていない場合、父親が保有できないことがある
同じ 離別後に子供を養育する権利 同じ
同じ 離別後に子供と面会できる権利 同じ
同じ 養育費を離別した相手もしくは福祉機関からもらえる権利 同じ
相手と子供が分割して相続 遺言なしで片方が死亡したときの遺産 子供がすべて相続し、相手にはなし
相手が自動的に得る 片方が死亡した際の子供の保護者としての権利 相手が既に親権を保有しているという条件の下に得る

結婚するのもお金次第?

結婚しない理由がお金や諸々の権利をめぐるものであれば、結婚する理由もまた然り。実は英国には、事実婚として数十年も同棲生活を送り子供を育て上げた後に、結婚を果たすカップルが少なからず存在する。彼らは熟年期を迎え、お互いの死後のことを考慮した際に、結婚した夫婦でなければ得られない遺産相続や相手方の年金を授与する権利を念頭に置いて、結婚に踏み切るに至ることが多いのだという。

また事実上の「同性婚」として話題をさらった市民パートナーシップ制度の設立にあたっても、法的には同性カップル同士の遺産の配分などを認めることに焦点が置かれていた。このパートナーシップ制度もまた、結婚という従来の枠組みとはまた違った形で長期的な家族関係を営む試みの一つである。

「ジューン・ブライド」という言葉が持つロマンティックな響きとは裏腹に、「英国人はなぜ結婚しないのか」という疑問を見た際に見えてきた、「法律的・経済的メリット」というシビアな現実。結婚に関する社会のしがらみや宗教的な要素が薄れてきた現代では、結婚とは結局、お金や権利の譲渡関係を確保するためだけの手段に成り下がってしまったということであろうか。

 

家族について - 結婚って、一体なんのためにするのでしょうか?

事実婚やシングル・ペアレンツなど、新しい家族の形態が社会に認められるにつれて、結婚に対する考え方にも各個人によってかなり差が出てきたのではないだろうか。そこで実際に事実婚を営んでいる人、家族問題のカウンセラー、同性愛者の権利保護団体、そして教会の牧師さんと、異なる背景を持つ4人の方々から結婚に関して意見を聞いてみました。

サム・ロビンソンさん「逆に結婚しない理由が、もうなくなったんです」

4年の「事実婚」を経て、近日中に子供が誕生する

サム・ロビンソンさん
語学教師、29歳

パートナーの方と、これまで結婚しなかったのはなぜですか。

頭の片隅で「もしかしたらいつか彼女と別れることがあるかも」という極々小さな可能性がポツンと浮かぶことがあったからでしょうね。あと私たちがお互いにまだ結婚するには若過ぎる、と思っていたということもあります。

そのパートナーの方が現在妊娠しているとうかがいましたが、それでもまだ結婚しない理由は何でしょうか。

そもそもパートナーの妊娠が、予定外の出来事だったんです。だから私たちは何も結婚を断固として拒否しているわけではなくて、「きちんと結婚してから子供を作る」という順序を守れなかっただけなんですよ。結婚した夫婦と事実婚カップルの手当の違いといった込み入った事情については、正直考えが及びませんでした。

日本では「できちゃった結婚」といって、恋人が妊娠した直後に結婚する人も多いのですが。

彼女のお腹が大きいままでウェディング・ドレスを着せることはできないので、結婚するなら今すぐか、出産を無事終えてからという選択肢しかありませんでした。でも大急ぎで結婚するのは、嫌だったんです。結婚とは、一生のうちでそう何度も訪れるイベントではありません。だから、きちんとお互いの両親や親友の予定も合わせられるように、1年位かけてしっかりと準備を整えた上で結婚式を挙げたかった。つまり結婚しないというよりも、しそびれてしまったのでちょっと延期した、というような感覚です。

逆に子供が生まれてもそのまま結婚せずに暮らす英国人たちも多くいる中で、準備さえ整えば結婚したいと思うのはなぜですか。

やっぱり、ちゃんとした形でお祝いしたいんでしょうね。ありふれたパーティーじゃなくて、きちんとした結婚式という形で。特にパートナーの方は、結婚式を挙げることで幼い頃から抱いていたロマンティックな願望を叶えたいという気持ちもきっと持っているはずです。そういった意味では、僕よりも、彼女の方が結婚を楽しみにしているんじゃないかな。また子供ができたことで、パートナーと残りの人生を一緒に過ごす、ということが確定したようなものなので。逆に結婚しない理由が、もうなくなったんです。

家族にとって、子供は大切な要素だと思いますか。

サムさんもちろん、「子供がいない家族」というのもたくさん存在すると思います。でも、誰かと家族を構成するようになれば、少なくとも子供を欲しいと思ってしまう人が大多数なのではないでしょうか。自分の人生だけに留まらず、自分の両親の人生までを振り返って、「僕は自分の子供に一体何を伝えればいいのだろう」と考えることは、とても貴重で幸福な体験なのではないかと思います。(写真:現在は妊娠中のパートナーの女性と旅行に出掛けた際の記念写真)

 

キャサリン・アレンさん「結婚はいまや余生の嗜好品となりました」

家族問題を始めとするカウンセリングを行うチャリティ団体

キャサリン・アレンさん
「リレイト」PRマネージャー

英国人はなぜ結婚しなくなったのでしょうか。

最近では結婚率の低下だけでなく、晩婚化も著しいです。これは結婚が、あたかも余生で楽しむ嗜好品のような社会的意味を帯びるようになってきたことの表れだと思います。つまり今でも一定の需要はあるのですが、人生の後半までその楽しみを享受するのを待って、お金が貯まってから手を延ばすというスタンスを取る人が多くなってきたということです。まずは自分の持ち家を購入し、仕事でも一定のキャリアを残した後で、ようやく結婚生活を楽しもうという人生設計を描く人は、実際に多く存在します。

結婚生活を敬遠する一方で、事実婚カップルは増えてきているようです。なぜだと思いますか。

もちろん様々な理由があるでしょうが、コミットメントすることに対する躊躇というのがあるのかもしれません。また私たちの調べによると、多くの人たちが親の離婚を通して経験した辛い思いから、自身の結婚にまで抵抗感を持つ人が多いようですね。

それでは、離婚はなぜ増えたのだと思いますか。

英国社会が離婚を一つの現実として受け入れて、離婚者に対しての偏見を持たなくなったからだと思います。離婚は確かに当事者にとっても、また子供にとっても精神的に非常に辛い経験となりますが、それで人生の終わりというわけでもありません。いずれその辛さを克服し、次の人生へと歩み出す人も多いのは事実ですから。

そのような環境の中で、あえて結婚する人たちの理由とは何だと思いますか。

いわゆるごく一般的な英国人にとっては、確かに結婚と事実婚の意味合いの違いはあまりなくなってきているのだと思います。一方で、移民を中心とした異なる人種または宗教的な背景を持つ人たちにとっては、結婚は今でも非常に大切な制度として機能しているのではないでしょうか。

「家族」「夫婦」「パートナー」「恋人」と様々な関係がありますが、それぞれの違いは何だと思いますか。

それぞれ個人によって意味合いが違うので、社会的な定義を出すのは難しいです。むしろそういった定義よりも、結局はお互いにコミットメントし、信頼し合える平等な関係を構築できるかどうか、ということの方が大切でしょう。ただ一つ言えるとすれば、多くの人々にとって、親になるということ、つまり子供ができた瞬間にこれまでの関係性を見直す結果、2人の関係に変化が訪れたと感じる人は多いようです。また生まれた子供のために、できるだけ良好な関係を維持しようと努力する親が多く存在するのも事実です。

Relate
英国で、家族関係を主とする悩みに関するカウンセリングを提供するチャリティ団体。年間15万人に対して無料でサービスを提供している。Tel: 0300 100 1234 www.relate.org.uk

カルム・ハワード・ロイドさん「結婚にはそれに伴う特有の権利と責任があります」

同性愛者のための権利団体

カルム・ハワード・ロイドさん
「プライド・ロンドン」ダイレクター

同性愛者にも異性間夫婦に準じる権利を与える「市民パートナーシップ制度」が施行されてから2年以上経ちましたね。

同制度が施行される前までは、納税の手続き、さらには保険金や遺産の受け取りに苦労する同性愛者カップルがたくさん存在しました。パートナーが死亡した途端に、それまで一緒に暮らしていた家に住む権利を奪われるといった事例もあったほどです。

だからこのような問題の解決を目指した同制度を高く評価すると同時に、結婚とは違う真新しい仕組みを作ることで誤魔化した事実に対しては困惑しています。例えばある特定の人種が、英国では結婚の真似事はできるけれども結婚そのものはできない、ということになったらきっと大きな反発が起こるでしょう。同性愛者にも、彼らが望んで築いた特別な関係を法的に認知してもらい、さらには相応の権利と義務を担うことが許されるべきではないでしょうか。

なぜ、同性愛者の結婚に対する抵抗が生まれるのだと思いますか。

主に宗教的な理由からでしょう。英国では、宗教指導者が立法過程に関わることが多く、彼らの反対に政府が屈したというのが私の理解です。現に2003年に英国のキリスト教研究所が「市民パートナーシップ制度は従来の結婚制度に害を及ぼす」との意見書を政府に提出しています。ただ私は一部の人たちの占有物にしてしまうことの方が、結婚制度を侮辱することになると思います。

同性愛者同士が子供を育てることに反対する人もいますが、これについてはどのようにお考えですか。

養子に関する法律は英国内の地域によって多少異なりますが、概して地方政府が個々のケースを調べて認可するかどうかの判断を行っているようです。現代においては、家族の形態も様々です。シングル・ペアレンツがいれば、継母や祖父母、そして同性愛者に育てられる子供というのもいるでしょう。子供の養育にとって最も大切なのは、この中でどのタイプが好ましいかというよりも、彼らが安定し、かつ愛に溢れた家庭を築けるのかどうかということではないでしょうか。そして大部分の同性愛者たちには、その他の人々と同様に、そういった家庭を築く能力があると私は信じています。

事実婚カップルのように、結婚を重要視しない人も増えているようですが。

結婚しないという選択肢を取る人が多くなっていることを鑑みると、結婚の意味合いは確かにかつてと比べて薄れてきているのでしょう。ただそれでもいまだ結婚には、それに伴う特有の権利と責任が付随していることも事実です。もしその恩恵を受けたいという人がいるのであれば、法律によってその願いを禁止するべきではないと思います。

プライド・ロンドン
同性愛者の権利を訴える団体。年に1回行われる、団体名が冠されたイベントは毎年50万人を集めている。今年度における同イベントは、7月5日に開催予定。www.pridelondon.org

チャールズ・へドリーさん「結婚の本質は、内面の決意を公的な場で誓うこと」

聖職者として結婚式を執り行う

チャールズ・へドリーさん
セント・ジェームズ教会 牧師

英国人の結婚件数が減少しているのはなぜだと思いますか。

やはり結婚した夫婦に対する税の優遇措置がなくなったことが大きな影響を及ぼしていると思います。あとは一般的に他者との関係の捉え方に変化が訪れたのでしょう。地元の会合や、さらには教会に行く人も減ってきていますから。

教会では結婚をどのようにお祝いしていますか。

英国国教会の牧師は、これから夫婦になる2人が神の前で誓いを行う際の証人となります。そして2人の幸せを称えながら、婚姻関係を結ぶことの意味について語るのです。「コレリ大尉のマンダリン」という文学作品を読んだことはありますか。その中で「恋が焼け尽くした後に、本当の愛が残る」という表現が出てくるのです。この言葉が意味するように、人間の関係というのは常に変化そして進化し、さらにより深まる可能性を持っている。そういったようなことを伝えることが多いです。

結婚について、聖書はどんな教えを示しているのでしょう。

聖書には、結婚に関する様々な記述が見受けられます。例えば旧約聖書においては、司教は複数の妻を娶(めと)っていました。イエス・キリストは結婚そのものについてはあまり言及していませんが、当時の時代背景から、離婚には反対を唱えています。世界の終末が近付いていることに危機感を覚えていたパウロは、人間には結婚よりももっと重要な なすべきことがあると考えていました。

事実婚カップルと結婚した夫婦を隔てるものは、法律以外にあるのでしょうか。

「同棲」や「事実婚」は、意味する範囲が非常に広い言葉だと思います。結婚した夫婦と同じくらいコミットメントして、協力し合える関係を築く事実婚カップルというのは存在します。一方でただ一緒に住むだけなら、結婚の本質である「内面の決意を公的な場で誓う」という過程を経た夫婦とは大きな隔たりが生まれることになります。

良き恋人は、必ずしも良き伴侶になるわけではないということなのでしょうか。

非常に難しい質問ですね。ただ何となく同棲生活を送っているだけなら全く問題ないのに、結婚した途端に関係が不安定になるカップルというのは驚くほど多いという印象を持っています。結婚相手に何を求めるか、そしてその願いがどのように達成されるか、ということをはっきりさせていないケースが多いようです。

セント・ジェームズ教会
ロンドン中心部ピカデリー・サーカス駅付近に位置する教会。英国国教会に属している。異なる宗教を信仰する人や同性愛者も積極的に受け入れるなど、リベラルな信仰を持つ人々が集まる教会として知られている。
St James's Church
197 Piccadilly London W1J 9LL
Tel: 020 7734 4511
www.st-james-piccadilly.org

 

 

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