英国でヴィーガンとして生活すること社会で認められている動物を傷つけない生き方とは
肉や魚、乳製品などを食べないヴィーガン(vegan)という言葉が頻繁に聞かれる昨今。主に食事のモットーとして社会に広く浸透しているが、ヴィーガン思想発祥の英国では社会全体でその理解が大きく進んでいる。ヴィーガンは一つの思想であるものの、その世界は広く、そして深い。動物のため、環境のため、健康のため、とその目的も十人十色だ。2021年のGoogle トレンドでヴィーガンに関心のある国1位にランクインした英国で、この生き方が英国でいかに浸透しているのかを紹介したい。(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)
参考: www.vegansociety.com、https://inews.co.uk、www.theguardian.com、www.sustainablebrands.jp、https://vegnews.com ほか
目次
ヴィーガニズムとは?
英国のヴィーガン協会(The Vegan Society)によると、ヴィーガニズムとは食用や衣類、その他の目的のために、動物のあらゆる形態の搾取と残虐行為を可能な限り排除しようとする哲学や生き方のこと。また、動物、人間、環境の利益のために動物を含まない代替品を使用したり、それらの製品の開発を促進させたりすることを指す。
これらの思想は、①魚や甲殻類、昆虫などを含む肉全般、乳製品、卵、蜂蜜などを完全、または部分的に、動物に由来する全ての製品を食べないこと、②動物でテストされた化粧品や医薬品などを避け、③サーカス、動物園、水族館など動物を使ったエンターテインメントに行かないことなどを意味する。日本語で完全菜食主義と訳されているが、実際は個々ができる範囲で実践しているものなので「完全菜食」ではなく、またヴィーガニズムの考え方は食に限らないため、本訳は定義の本質そのものではない。ベジタリアンとの大きな違いは卵や乳製品などを食べるかどうかにある。
もはやストイックなイメージは過去のもの?英国が「ヴィーガン先進国」になれた理由
英国はもともと動物愛護活動が盛んな国。アニマルライツを守るために一部の人々が主張していたヴィーガン主義が、どのようにして英国の一般社会に広く受け入れられたのだろうか。まずはヴィーガンの基本情報から社会の反応を見てみよう。
英国人の有志によって始まったヴィーガン
一般的なレストランやスーパーマーケットでも、ヴィーガン商品が充実し、その選択肢に幅がある英国。一般社会にここまでヴィーガンが定着したのを助けたのは、その発祥が英国だったことが主な理由の一つに挙げられる。
1944年11月に英北部ヨークシャー出身の土木技師だったドナルド・ワトソン(Donald Watson 1910年9月2日〜2005年11月16日)を筆頭に、数人の有志でヴィーガン協会が発足した。設立のきっかけはワトソンが幼少期に過ごした親戚の農場。豚の屠殺現場を見たワトソンは、幼いときに肉を食べることをやめ、その後段階を経て牛乳などの乳製品を取ることをやめた。ワトソンは、「過去の文明が奴隷からの搾取で成り立ってきたように、今の文明は動物からの搾取に基づいてできている」と考え、人間の都合の良いように動物から一方的に搾取する、という状況を変えようとした。
ヴィーガンの根源はアニマルライツ(動物への思いやり)であり、人間の利益のためだけに動物を利用することを止めることだ。同協会は発足以降、慈善団体から有限会社になるなどの変遷があったものの、菜食主義と動物への慈善活動であることに変わりなく、今日までその存在意義を維持している。同協会はヴィーガンの促進事業として、商品に動物性成分が含まれていないことを特定するためのトレードマークを採用し、これらの管理もしている。
一目でヴィーガン製品かどうかを特定できるトレードマーク
ヴィーガンの種類
ヴィーガンという言葉は、協会を立ち上げた初期のメンバーとワトソンによって作られた造語だ。単なる菜食主義ではなく、ライフスタイル全般を定義できる適切な言葉を探す過程で、「dairyban」「vitan」「benevore」などが候補に挙がり、最終的に「vegetarian」の最初の3文字、最後の2文字をとった「vegan」が選ばれた。これには、ワトソンが菜食主義の始まりと終わりを託したと伝えられている。現在は、さまざまな考え方のあるヴィーガンに合わせ、その呼び方が分かれている。また、ヴィーガンではないが意識的に動物性食品の摂取を減らそうとする人もいる。
積極的にヴィーガンを推進するため、デモに参加する人もいる
・Dietary vegans
蜂蜜なども含む動物由来の製品を食べない人。
・Ethical vegans
動物の苦しみに反対する人。革や絹で作られたものや、動物でテストされたグルーミング製品全般を購入しない。
・Environmental vegans
ヴィーガンの食事を取ることで、動物を飼育するために伐採される木々を減らし、さらに温室効果ガスの排出を削減し森林破壊を最小限に抑えることを目的とする人。
・Plant-based vegans
加工食品などを食べず、植物のみをベースにした食事をする人。
・Raw vegans
調理をせず、果物や野菜、ナッツや穀物など生の食べ物に制限する人。
ヴィーガンとは異なるもの
・Pescetarians
肉は食べないが、魚、卵、乳製品を食べる人。健康上の理由から行う場合や、ヴィーガンの準備段階として取り入れる場合がある。
・Flexitarians
日本では「緩やかな菜食主義者」と呼ばれており、植物性の食事が中心だが、時に肉や魚を食べる人で、近年増加傾向にある。2018年のウェイトローズの年次飲食報告書によると、英国に住む人の20パーセント以上がこれに当たる。フレキシタリアンに至った経緯はさまざまだが、日々の飲酒量を減らすように肉食を減らそうとする一連のムーヴメントが起こっている。
新しい考え方を受容する社会
ヴィーガンへの転向は、そうするだけの個々の理由とそれを可能にしてくれる商品やサービスがあって初めて成り立つ。若い世代を中心に、ロンドンなど大都市で年々増加傾向にあるが、実際英国ではどのくらいの人々がヴィーガン、またはヴィーガンについて考えているのだろうか。
4年でヴィーガン人口が4倍増加
ソース: “How Many Vegans?”, Ipsos Mori for The Vegan Society, 2016 and 2019; and The Food & You surveys, Ipsos Mori, organised by the Food StandardsAgency (FSA) and the National Centre for Social Science Research (Natcen).
動物性食品の摂取量を減らすことを考えている人も多い
※16〜75歳の成人2100人に行った2022年1月の調査
ソース: Almost half of UK adults set to cut intake of animal products by Ipsos
日々の食事にヴィーガン食を取り入れるようになった人が急増
ソース: The Kitchen Cooking Index A report on the nation’s cooking habits and mealtime trends by Premier Foods
介護施設でもヴィーガン主義者が増加
ソース: a research by Vegetarian for Life (VfL)
健康食品会社ホランド&バレットの調査によると、エディンバラとブリストルがヴィーガンに積極的な都市で、マンチェスターとロンドンがそれに続く。またヴィーガンに関心が高まる時期に12月、1月を挙げており、これはクリスマス休暇のあと、1月にヴィーガン生活を送るという「ヴィガニュアリィー」が影響していると分析。
YouGovの別の調査では、英国成人の36パーセントがヴィーガンまたはプラント・ベースの食事をするとは「素晴らしいこと」であると考えている。国民の約3分の1がヴィーガンについて考えているというこの事実は、「ヴィーガンは厳格なルールの下で食事制限を行なっている」という禁欲的な面が強調された過去のイメージからすでに解き放たれ、もはや珍しい考えではなくなってきたことが言える。
これらの思想が急速に広がった背景には、家畜の劣悪な飼育環境や屠殺の瞬間など、動物を食肉にする過程でのリアリティーについて、一般人がSNSを通じて情報を受け取り、また発信できる環境が整ったことが挙げられる。
また、ヴィーガンに関する報道が増えたことも大きい。ミシュランのレストランを経営する辛口の英人気シェフ、ゴードン・ラムゼイは、かつてアレルギーがあると公言したほどヴィーガニズムに批判的だった。ところが自身の子どもたちの影響で、突如ヴィーガン料理と向き合うことになったのだった。その結果、父親であり、経営者でもあるラムゼイは、ヴィーガンに「より創造的な世界」を見出すことになり、2018年以降、ヴィーガン・メニューの開発に勤しみ、以前の否定的な態度から一変。今では私生活でもヴィーガン料理を作ることを楽しんでいるという。また同氏のYouTubeチャンネルではレシピも投稿。一流シェフが教える簡単かつおいしいメニューは、非ヴィーガンたちをも強く惹きつけた。
アンチ派も存在する
ヴィーガンの肯定派が増える一方で、2010年代から生まれた「Vegaphobia」「Vegephobia」と呼ばれる一定数のアンチ・ヴィーガン(ベジタリアン)がいることも事実だ。反対派の言い分はさまざまだが、ヴィーガニズムそのものというより、ヴィーガニズムによって肉食が悪いことと思われること、肉食が環境悪化を進めることなど、既存の食生活を否定されることへの不満がその原因に多く、ヴィーガン主義者への脅迫やヴィーガニズムに対するデモなども起きている。
また、ヴィーガンへの差別や偏見のせいで、同主義者が不当に解雇されたり、嫌がらせを受けたりしたケースもあるようだ。英国をはじめ、ドイツやポルトガル、カナダなど一部の国では、同主義者を差別から守る法律も制定されている。
ヴィーガンは食費がかさむのか?
ヴィーガン食はコストがかかるイメージがあるが、実際どうなのだろう。オックスフォード大学の2021年の調査によると、意外にも英国をはじめとした欧米諸国では、食費を抑えるにはヴィーガンの食事が最も適しているのだそう。同調査はヴィーガンなど7つのサステイナブルな食事(環境や人々の暮らしに配慮した持続可能な食事)と、世界150カ国の典型的な食事を比較したもので、その結果ヴィーガン食は食費を3分の1も削減でき、次にベジタリアン、フレキシタリアンが続いた。一方、ペスカタリアンの食事はコストを2パーセント増加させたという。
菜食中心の方が食費が浮くという話は、料理本「One Pound Meals」の著者で、これまで数百ものレシピを紹介してきたミゲル・バークレーも「ヴィーガンやベジタリアンの食事は間違いなく肉を使ったレシピより断然安い」と納得のよう。ヴィーガン食は、健康にも環境にも良く、お財布まで優しいということだ。
ヴィーガンが生活しやすい英国の環境
英国でヴィーガンとして生きることが日本より簡単なのは、この20年余りで地道に環境が整ってきたからだ。ここでは身近な事例を一部紹介しよう。
スーパーマーケットに専用棚がある
ウェイトローズ、セインズベリーズ、テスコなど英大手スーパーマーケットでは、店舗の規模にかかわらず、肉や魚などと同じようにヴィーガン、ベジタリアン用の陳列棚が確保されている。棚には大豆などを使ったプラント・ベースのソーセージ、ナゲット、ひき肉など数々の商品やフレーバーが並んでおり、わざわざ専門店に行かずとも簡単に商品が手に入る。
プラント・ベースのバーガー
日本に比べ比較的安価に購入できるヴィーガン食品が多い。英国にはヴィーガンを専門にした食品業者が120社以上あり、各社がしのぎを削って日々新商品を開発している。肉の味に近い商品もあるが、食感だけが似ているものもある。
牛乳に代わるデイリー・フリーのプラント・ベース商品が並ぶ陳列棚
行くレストランに困らない
全国規模でヴィーガン専門のレストランがある。統計では6000軒以上とされており、そのほとんどが都市部に集中し、ロンドンでは150軒を超える。専門店でなくても、多くのレストランがヴィーガンやベジタリアンのオプションを用意している。ただし、お店によっては肉を捌いた包丁でヴィーガン・メニューを作っている場合もあるため、厳密に管理されているか心配であればスタッフに直接確認した方が良い。
ベジタリアン向けのメニューを扱うプレタ・マンジェ
学校給食のオプション
20年前にはすでにメニューにベジタリアン・オプションがあったセカンダリー・スクールの給食。当時は肉のオプションに比べだいぶお粗末だったが、現在は改善されている。その理由は、英国でヴィーガンを主張することは人権と平等の法律の下で保護されているため。学校には、ヴィーガンの自由に対する権利を妨害しないようにする義務と、ヴィーガン主義を理由とした差別を回避するための2010年平等法を守る責任があり、ヴィーガン主義の子どもにもほかの子どもと同じように栄養バランスを考えたメニューを検討することが求められている。
食に関する子どもたちの考え方は実に多様化している
本革に代わるレザー
近年増えてきているのが、コルクやプラスチックで作った「ヴィーガン・レザー」を使った商品。フェイク・レザーとも呼ばれており、バッグ、ジャッケット、靴などさまざまな商品に応用され、英靴メーカーのドクター・マーチンでも、ヴィーガン・レザーを使ったアイテムが販売中だ。しかし問題点も指摘されている。経年劣化を楽しむ革製品とは異なり、耐久性に課題があること。また、作成過程で有害な物質が発生する可能性のあるヴィーガン・レザーを生産することが本当に環境に良いのかどうかが論点となっている。近年では、昆布やパイナップルの葉などこれまで想像できなかった素材が使われている。
アニマル・フレンドリーの靴を扱うブライトンのベジタリアン・シューズ
イベントやエキシビションの開催
無理のないヴィーガン生活を進めるきっかけを与えるフード・イベントが都市部を中心に頻繁に開催されている。ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で2019年に開催された「FOOD: Bigger than the Plate」は、人間の食生活のあり方を見直し、持続可能な食品の未来について考えるというエキシビションで、ヴィーガンを公的なテーマとして取り上げたことも当時話題を呼んだ。
ヴィーガンも紹介したヴィクトリア&アルバート博物館のエキシビション「FOOD: Bigger than the Plate」
ヴィーガン・エネルギーの開発
グリーン・エネルギーの遥かに上をいく、ヴィーガン・エネルギーを開発したのはエネルギー会社「エコトリシティ」(ecotricity)。グリーン・エネルギーには畜産廃棄物を使った発電も含まれるが、同社が供給しているのは「畜産廃棄物系バイオマスなど動物性原料による発電を排除し、太陽光と風力だけで発電した電力」だ。ヴィーガン協会の認証も得ており、エネルギー分野でもサプライチェーンの透明性の徹底を訴えている。
南西部コッツウォルズにあるエコトリシティのオフィス