ウクライナ情勢英国はどう受け止めているのか
ロシアによるウクライナ侵攻への抗議デモが6日、ロンドンで開催された
2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は世界に大きな衝撃を与えた。ニュースで繰り返し伝えられる惨状に加え、現地にいる一般市民がソーシャル・メディアでアップするありのままの様子。固唾を飲んで動向を追うしかない我々にとって、日々の会話はこのニュースで持ちきりとなっている。欧州に位置する英国市民の誰もがこの事実を重く受け止めており、それぞれができる範囲で必死に反戦を訴えている。今回は、英政府としてのこれまでの対応や国内における市民活動についてピックアップしつつ、ウクライナ難民に関する英政府の課題をまとめてみた。(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)
参考: www.bbc.co.uk、www.theguardian.com、https://news.sky.com、www.ft.com、Russia Beyond、www.goal.com、www.gov.uk、時事通信社、産経新聞社、https://www.nhk.or.jp/ ほか
目次
ウクライナへ侵攻するロシアの言い分今回の侵攻にはソ連崩壊の歴史が大きく絡んでいる
「失われたソビエト連邦」
「ウクライナのロシア系住民は虐げられている。クリミアの同胞を救わなくてはならない」。今回のウクライナ侵攻に対するロシアのウラジーミル・プーチン大統領の大まかな主張がこれだ。クリミアとは2014年までウクライナに属する自治共和国で、同年に行われた住民投票により、現在は実質ロシアの支配に置かれている地域である。しかし世界はこれを認めておらず、国際法上はウクライナの支配下のまま、という極めて複雑な状況下にある。
ここで、ロシアとクリミアの関係を見ていくと、元々両国はソビエト社会主義共和国連邦(以下ソ連)を形成するエリアの一つであった。1922年12月30日~1991年12月26日まで存在したソ連は、ソビエト連邦共産党による一党独裁国家であり、ロシアやウクライナは「ソビエト」(ブルジョア議会に対抗する労働者会議が起源)という正式の権力機関を置く15の連邦制共和国の一つとしてそれぞれ存在していた。91年のソ連崩壊後は、ロシアは「ロシア連邦」(RussianFederation)として、ウクライナは「ウクライナ共和国」(1996年まで。以降は「ウクライナ」)として独立した。
そもそもソ連はなぜ解体になったのだろうか。1980年代に原油収入の低下が経済に影響を与えていたことに加え、1985年、当時の最高指導者ミハエル・ゴルバチョフ書記長は、強力な一党独裁制を敷いていたソ連を民主主義へと導こうとした。これは既存の社会体制の中のより民主的な政治を意図していたが、極端な社会主義下に置かれていた市民たちはこれを社会主義そのものからの解放と捉え、政府は次第に人々を制御できなくなっていく。また、80年代後半にはチェコやハンガリーなど近隣の社会主義国が次々と民主化していき、対外的にも大きな変化があった。これらをきっかけにソ連は名実ともに弱体化していく。
時を同じくして、第二次世界大戦後に起こった米ロ冷戦も89年のマルタ会談で実質終結を迎え、それは暗に社会主義が資本主義に敗北したことを意味していた。
ソ連解体後に独立した国
同胞を守りつつ、NATO加盟を阻止
不本意な形で大国が崩壊し、同時にソ連が誕生する前からロシアと深い繋がりのあったウクライナも、ロシアを捨てて独立してしまった。プーチン大統領は、ウクライナが今もロシアの兄弟国家であると信じている。ロシアに接するウクライナ東部はロシア系の住民が多く住んでいるという地理的な理由や、2014年には親ロシア派の武装分離勢力が実効支配してきた二つの地域「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」が誕生しウクライナからの独立を主張したが、ウクライナ政府がこれらを反政府武装勢力とみなした。ロシアからすれば同胞が危険にさらされたという認識だ。また、同年にはクリミア半島の帰属を巡って両国間でクリミア危機が起こり、この結果ロシアがクリミアを併合。今回の問題はこれの延長である。
ウクライナのドネツクでキエフ行きのバスを待つ避難民
さらに軍事的な理由もある。ロシアはウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟の動きについて快く思っていない。米国を中心に資本主義国家を中心としたこの同盟に入ることは、西陣営スタイルの新しい政権が樹立することに等しいためだ。
2月21日、ロシアは2015年2月11日にベラルーシのミンスクで調印された、東部ウクライナにおける紛争(ドンバス戦争)の停戦を意図した停戦協定、ミンスク2(Minsk II)を破り、先の二つの共和国を承認。それに加え、同共和国がウクライナの領土を獲得する権利があるという主張も支持している。BBCによると、ロシアは今回の一連の動きを戦争とも侵攻とも表現していない。あくまでもウクライナで威圧されている人々を守るというのが名目だ。もちろんこれらはロシア政府の主張であり、ロシア国民の総意ではない。プーチン大統領はウクライナを占領するつもりはないとしているが、これまでの軍事行動、そしてウクライナの国家体制を「ナチス的だ」と表現し、ロシア国内の政府系テレビ局では「ウクライナは2014年にファシストに制圧された」と放映していることを鑑みても、本当の狙いは一体何なのか、何を持って停戦となるのかは今の所誰も分からない。
無慈悲な爆撃を受けた地域
英国国内の動向政治、経済面、スポーツ面で積極的な動きがあった
厳しい制裁と国民総動員の支援の促し
ボリス・ジョンソン首相を筆頭に英議会は、ロシアがウクライナに軍事侵攻した2月24日、同首相が「野蛮な企てである」「(ロシアの行動は)民主主義への攻撃だ」と痛烈に批判するなど、ロシアのウクライナ侵攻を激しく非難している。現在対ロ制裁や注意勧告を強化している英政府だが、侵攻から約2週間の経過した現時点(3月8日)までに行われた制裁は次の通り。
- プーチン大統領に近い有力者や軍事企業などの資金源を封じるため、100人以上のロシア人資産家やロシア系大手銀行など、個人や企業を問わず資産凍結の対象とする
- ロシアの富裕層をロンドンの金融市場から取り締まるための経済犯罪法(Economic Crime Bill)を導入
- 英国でのアエロフロート・ロシア航空機の離着陸を禁止
- ハイテク製品の輸出を禁止
- ナビゲーション装置など軍事的な使用が考えられる機器の輸出を禁止
- 英国民に対しロシアへの渡航中止を勧告
- ロシアに滞在する英国民に、不可欠な場合を除き退避を検討するよう勧告
- ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の身辺警護に、米国と合同チームで英陸軍特殊空挺部隊を派遣
- ロシアからの石油やガスなどエネルギー供給停止の可能性に備え、小型モジュール原子炉の使用について、承認手続きを開始するよう原子力規制当局に要請
ウクライナに対しては、これまで国からの支援金として総額4億ポンド(約605億円)の寄付を行ったほか、政府の公式ウェブサイトでも、安全を脅かされているウクライナ市民を支援する方法として「ウクライナを助けるために何ができるか」というページを公開。同ページでは、「英国はウクライナと共にある。英国民は避難を余儀なくされているウクライナの人々を支援する用意がある」という、ウクライナ支援が国民の総意であるとする文言と共に、慈善団体への寄付の呼びかけ、適正な支援機関を通じた衣類や衛生用品などの提供、現地で何が起きているのかをソーシャル・メディアで拡散するためのハッシュタグ「#StandForUkraine」の使用の勧めなど、政府はウクライナ支援を全面に出している。
その一方で、ウクライナ難民の英国入国ビザ取得の緩和についてはきっぱりと拒否。すでに280万人以上の難民がウクライナ周辺国に受け入れられているにもかかわらず、英国ではたったの900人強で入国審査は引き続き厳重なルールを継続したい模様だ。そのため現在難民の一部はフランスのカレーで足止めを受けており、野党労働党などから人道的なルートを確保すべきだと批判されている。
ウクライナ情勢についてカナダのトルドー首相(写真左)、オランダのルッテ首相(写真右)と会見するジョンソン首相(同中央)
大手企業の相次ぐ撤退、スポーツ界への影響
経済面では大手英企業がロシアからの撤退を表明している。英石油大手BPが、自社が保有するロシア国営の大手石油会社、ロスネフチの株式を全て売却すると発表し、ロシア事業からの撤退を表明。石油大手のシェルも同様にロシアとの共同事業中止を決めた。また、ロンドンに本部を置く世界的な大手会計事務所アーンスト&ヤング、プライスウォーターハウスクーパース、デロイトが、ロシアとベラルーシからの撤退を発表。これにより今後ロシアやベラルーシの国外での経済活動に大きな制限がかけられることになる。また、ロンドン証券取引所グループ(LSE)は、ロシアの全顧客を対象にサービス提供の停止を発表している。
10日のBPガソリンスタンドの様子。ロシアからの撤退を表明後、ガソリン、 軽油共に軒並み値上がりした
英市民が直接影響を受けた事例では、大手スーパーマーケットのコープとモリソンズが、当面の間ロシア産ウォッカを販売中止としたことが挙げられる。コープのスポークスマンによると、「ロシアで作られた商品が平然と売られている」ことに疑問を持ち、「ウクライナの人々との連帯の印として」商品の撤去を決めた。
スポーツ界でも大きな動きがあった。サッカー、イングランド・プレミアリーグの強豪クラブであるチェルシーを所有するロシア人実業家、ロマン・アブラモビッチ氏が、英政府から制裁対象とされ、資産凍結や英国への渡航の禁止、さらに予定していたクラブ売却案も凍結となった。これにより、同クラブは新しい選手の獲得や新規のチケット販売は禁止され、その余波を確実に受けている。
7日、ノッティング・フォレストFC対ハダースフィールド・タウンFCの試合では、 ウクライナの国旗がはためき、サポーターたちが平和を訴えた
ロシアや今回の侵攻を支持するベラルーシが出場するスポーツの大会についてはすでに厳しい制裁が下されている。イングランド・サッカー協会ではロシアとの試合は行わず、また、モータースポーツUKもロシア発行のライセンスを持つドライバーの英国内でのレース参加禁止を決定。さらに国際オリンピック委員会(IOC)は、両国の選手と役員の参加や招待を行わないよう各国のスポーツ連盟に勧告しているため、上記以外の多数のスポーツで出場停止の決定が今後も予想される。
英国市民の動きもともとデモ活動が盛んな英国。反戦を訴えるためにさまざま手段が取られた
積極的な市民活動
市民も自分のできる範囲でさまざまな支援行動を起こしている。2月24日には数百人ものウクライナ人が母国の国旗である青と黄色のアイテムを身に付け、侵攻に抗議するためにロンドンの官邸街ダウニング・ストリートの前に集まりデモを行った。このときロンドンで働く若いロシア人たちも抗議に加わった。「ガーディアン」紙のインタビューによると、「ニュースで知って、朝同僚と目を合わせられなかった」と語ったロシア人女性がいたといい、自国の行為にショックを受けたロシア人も少なくない。この日を境に週末を中心に英国各地で抗議デモが行われており、ウクライナ国家を歌いながら、戦争をやめるよう呼びかけたり、さまざまなメッセージをプラカードに書いたりと、人々は自分たちがウクライナ市民と共にある旨を表明し、ロシアの軍事侵攻に対する怒りをあらわにしている。
10日、ロンドンのトラファルガー広場で反戦デモを行う市民たち
市民のなかには直接現地へ出向こうとする人もいる。ウクライナのゼレンスキー大統領が、ロシア軍と戦う国際義勇軍への参加を各国に呼び掛けた結果、3日までに英国からは元軍人から戦地を経験したことない者まで、6000人あまりが登録したという。ただ、英政府からウクライナへの渡航中止勧告が出ていることから、どのような形で入国するのかは明確にはされていない。
義勇軍へ参加する前に英国内で備品をそろえる在英のウクライナ人。義勇軍への参加は国を問わない
爆弾が落とされた現地から、ソーシャル・メディアを通じてその悲惨さを届け、それをまた拡散するというネット上の活発な動きも見られる。若者世代を中心に、市民ができる支援の話やトーク・ショーなど、既存のメディアに左右されない生の声をオンタイムで共有できるようになってきている。しかしその反面、虚偽の映像や画像も出回っているため、良い面と悪い面があるようだ。
英国が抱える難民受け入れの課題滞るウクライナ難民ビザ申請
先の項目で、英国はウクライナからの難民受け入れについて依然として消極的な態度を取っていると述べたが、実際多くの批判が世界各国から集まっている。現在、難民のうち約170万人はポーランドへ、そのほかハンガリーやスロバキア、モルドバなどに多数が避難し、こうした国々は滞在場所や現金、薬、食事などを与えて積極的に難民をサポートしている。一方英国が受け入れたのは、10日現在までに家族制度ビザ(family scheme)を利用した957人のみ。これは英国に住むウクライナ人が、母国にいる家族を呼べるという制度で、英語能力や収入の証明などは必要ないため通常のビザ申請に比べれば簡単に取得できるが、犯罪履歴の確認や指紋などの生体情報を提供するルールは依然として適用される。現在ウクライナのキエフにあるビザ申請センターは閉鎖中のため、これらの情報を提供するのに亡命先の国のビザ申請センターで手続きを行わなければならないという、難民には極めて過酷な制度となっている。
ウクライナを脱出し、ベルギーのブリュッセルにある申請センターで難民申請を待つ人々
上記のような対応について、政府は労働党から「軍事的なウクライナ侵攻の前に数週間の準備期間があったではないか」と激しく批判されている。これを受け、パテル内相は今月15日からパスポート所持者はオンラインでビザを申請が可能という新たな制度を急遽発表。該当者はビザ申請センターに行く必要がなくなり、より迅速なビザ発行が可能になった。これにより亡命先のビザ申請センターで手続きを行うのはパスポートを所持していない人限定となる。しかし同制度は英国に住むウクライナ人の近親者が対象となっている。やがて14日に政府は、「Homes for Ukrainescheme」を発表。血縁関係がない難民を呼び、最短6カ月から受け入れられるというもので、個人や企業などのグループで応募ができる。消極的な態度を酷評されようやく動き出した英政府だが、英国の難民ビザ論争はまだまだ続くと予想される。