第175回 ロンドン塔の6羽のカラス
先日、大きなカラスを見つけ、あのクロウ(Crow)は大きいねと言うと、あれはレイヴン(Raven)だと同行した友人が教えてくれました。小さいカラスのクロウは群れで暮らしカーカー鳴き、大きいレイヴンはペアが基本でグァグァ鳴くと。漢字にも使い分けがあり、小さなクロウは小さな黒い目を見つけにくいので「烏」(鳥という字の中で目を示唆する横棒がない)、大きなレイヴンはグァグァ鳴く擬声語の牙(グァ)のついた「鴉」を用いるようです。
ロンドン塔で飼われている鴉
そういえば夏目漱石の小説「倫敦塔」には、ロンドン塔に奉納された5羽の大きな鴉は1羽でも不足するとすぐに補充され、塔はいつも5羽を維持していると書かれています。それを友人に説明すると、いやいや、ロンドン塔で飼われているのは6羽(予備を含めると7羽)で、それは何百年も続く英国の古式ゆかしい伝統であり、6羽から減ると王家や英国の繁栄が陰ってしまうという都市伝説があるからと教えてくれました。
世界遺産のロンドン塔
友人によると、17世紀半ばのロンドンでペストが流行して死体が町中にあふれ、それをついばむ鴉が増え、さらに1666年ロンドン大火で街が焼け落ち、餌を求める鴉の姿が目立っていました。当時ロンドン塔で天文観測をしていたジョン・フラムスティード天文台長は観測に邪魔だから鴉を減らすようチャールズ2世に懇願したものの、ロンドン塔の鴉は6羽より減らしてはならない、天文台こそグリニッジに移れ、と王は命じたといいます。
1883年の絵本の挿絵に鴉が初登場
その話を聞いて、17世紀からロンドン塔の鴉が6羽飼われていたのか、そもそもなぜ、6羽なのかという疑問が浮かびました。調べてみますと、ロンドン塔の衛兵ヨーマン・ウォーダーにはレイヴンマスターという鴉世話係長がいますが、そのレイヴンマスターの説では、初めてロンドン塔に鴉が登場したのが1880年代初め。ロンドン塔を観光スポットにしようと、処刑場所に記念碑が設置され鴉が持ち込まれたとのこと。つまり鴉は演出道具というわけ。
19世紀末のヨーマン・ウォーダー
19世紀末、英国では繁栄した自国の起源を探ってアーサー王伝説が流行していました。アーサー王は魔法で鴉に変えられたので鴉を殺すなという言い伝えや、英国の童謡「1羽は悲しみ」(カササギやカラスを何羽見たかの数で運勢を占う歌)の中の「6羽は金貨をもたらす」が混ざって、現在のロンドン塔の鴉伝説が生まれたのかもしれません。それにしてもロンドン塔の鴉は良く飼育されて毛並みが立派。さすが舞台俳優さん。
英国の童謡「1羽は悲しみ」