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ロンドンのゲストハウス
Sun, 22 September 2019

第152回 セブン・ダイヤルズと時計の文字盤

コべント・ガーデンの北西にセブン・ダイヤルズという七叉路があります。その中心に立つ柱には日時計が6つ付いており、名称がセブン・ダイヤルズなのに6つとは変だなと思っていたら、1694年の柱の完成直前に七叉路に変更され、柱そのものが日陰棒を兼ねる7つ目の日時計に変更されたとのこと。この付近の開発を行ったのは政治家で実業家のトーマス・ニール。名誉革命でウィリアム3世を支援した褒美でこの土地をもらいました。

セブン・ダイヤルズの日時計セブン・ダイヤルズの日時計

七叉路やニールズ・ヤードを作ったトーマス・ニール七叉路やニールズ・ヤードを作ったトーマス・ニール

ニールは、道路に接する間口が広いほど店子から賃料を高く取れるので、わざと七叉路に変え、収入増を図ったのです。街路が放射状に延びるデザインが好きな、当時の建築総監クリストファー・レンがこれを承認した後、ウィリアム3世が時計好きと知ったニールは日時計を7つも据えました。時計に対する愛がいっぱいですね。

シティに戻る途中、沢山の街角の時計を見ました。すると機械式時計には一つの共通点があることに気が付きました。それは時計の文字盤にローマ数字を使う場合、4を「IV」ではなく「IIII」にしていることです。不思議に思って自分の腕時計を見たらやはり「IIII」になっていました。私たちはローマ数字の4は「IV」と習ったはずですが、時計の文字盤は「IIII」で統一されているかのようです。

聖ポール大聖堂の時計もIIII聖ポール大聖堂の時計もIIII

寅七の時計もIIII寅七の時計もIIII

ローマ数字は紀元前8世紀頃のエトルリア数字、あるいはその前の古代ギリシャのアッティカから命数法や減算則を取り入れ、古代ローマで使われていました。ただ、古代ローマでは公式文書に「IIII」が使われ、簡便式の「IV」は使われなかったそうです。その後、古代ローマが滅び、神聖ローマ帝国の時代、アラビア数字の普及もあって、コンパクトな「IV」が積極的に使われます。現在普及しているローマ数字の表記法は19世紀の英国ヴィクトリア朝時代に定着したそうで、英国が人名や歴史的出来事の年代表記に簡便式のローマ数字を使い、それが世界に広まったとのことです。

ビッグベンの時計はIVビッグベンの時計はIV

一方、欧州の機械式時計に文字盤が登場するのは14世紀のルネサンスの頃。一説によると時計職人は古代ローマに思いをはせ、文字盤に「IIII」を使い、その伝統を今でも守っているそうです。もちろん、例外もあります。有名なウェストミンスター宮殿の時計塔、ビッグベンの時計はヴィクトリア朝時代に作られ、簡便式の「IV」が使われています。この時計は他の時計に比べて「I =アイ=愛」が足りないと感じるのは寅七だけでしょうか。

 
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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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