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ニュースダイジェストの制作業務
Fri, 25 September 2020

第70回 17世紀のブログおじさん

日常よく使われるブログという言葉。この語源はウェッブ・ログブック、つまり、ウェッブ上の「航海日誌」です。航海日誌は船の進路や速度、航海中の気象などが正確に記録され、航路案内にもなる重要な記録書。ログ=「丸太」が付くのは、かつて船の速度を計る際、一定間隔に結び目のあるロープに繋いだ丸太を海中に投げて、ロープがどれだけ繰り出されるかを調べていたからです。ロープの結び目(=ノット)が速度単位ノットの由来ですし、計測の開始をログインと言いました。

さて本日は海軍の近代化を推進して「英国海軍の父」と言われる17世紀の日記家サミュエル・ピープスのお話。ピープスは海軍で航海日誌の重要性を深く認識しただけでなく、私生活においても貴重な日記を残しました。彼の日記は詳細にわたって正確に記述され、ロンドン・ペストやロンドン大火などで揺れ動く当時の世相を研究する上で史料的価値が高いと専門家から評価を受けました。

17世紀のブログおじさん
17世紀のブログおじさん、サミュエル・ピープス

シティのフリート・ストリートで仕立て屋の息子として生まれたピープスはケンブリッジ大を卒業後、親戚の政治家エドワード・モンタギュー(後の初代サンドイッチ伯爵)に仕えます。1660年の王政復古でモンタギューが海軍大臣に任命されると彼も海軍本部に登用され、再建に着手。彼の作成した名簿が士官名簿の原型になり、海軍階級制度の土台となりました。また、彼が制定した礼砲の発射数の規定は、現在でも国際慣例になっています。

フリート・ストリートがピープスの生誕地
フリート・ストリートがピープスの生誕地

好奇心旺盛なピープスが1660年から1669年まで書き残した日記では17世紀の人々の日常生活が明らかにされ、宮廷のゴシップや汚職、浮気の相手まで暗号を使って書かれました(その後、全部解読されてしまいました)。また、現存する最も古い科学者の学会である王立協会の会長も務めたピープスの名前は、1686年11月に出版されたアイザック・ニュートンの名著「プリンキピア」には出版許可者として登場します。

IMPRIMATUR」=出版許可者にはピープスの名前
「IMPRIMATUR」=出版許可者にはピープスの名前

公私ともに大活躍の彼でしたが目の病が重くなり、休暇を取って妻と長旅に出掛けます。ところが旅から帰った妻が急死。余生を夫婦で静かに暮らそうという願いは突然消え去りました。彼は妻の胸像を作り、住まいである海軍寮近くの聖オラブ・ハート・ストリート教会の北側の壁、つまり信徒席から見ることが出来る位置に設置しました。1703年、ついに彼も妻の墓の隣で永眠。彼の胸像は南側の壁に置かれ、2人はずっと今も互いに見つめ合っています。

ピープス夫妻が眠るオラブ・ハート・ストリート教会
ピープス夫妻が眠るオラブ・ハート・ストリート教会

ピープスが住んでいた海軍寮の前の通りに彼の名が残る
ピープスが住んでいた海軍寮の前の通りに彼の名が残る

 
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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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