第66回「Loving Cup」で健康を願って乾杯!
輝くクリスマス・ツリーも1月6日の公現祭(=降誕祭から数えて12日目)までに片付けるのが当地のお作法。神の子イエスが顕現(けんげん)されたことで降誕祭が終了し、煌びやかな電飾に包まれていたシティも通常の営業姿に戻ります。寅七も、おいしいモルド・ワインもそろそろ終わりかと名残惜しんでおりました。そういえば冬の風物詩、モルド・ワインやクリスマス・プディング、クリスマス・ティー、ミンス・パイには東洋のスパイスが入っています。
モルド・ワインはスパイス入りホット・ワイン
実は公現祭の主人公、東方の三博士がイエスに贈ったとされる乳香、没薬、金はそれぞれシナモン、クローブ、ナツメグを暗示しており、クリスマスの飲食物にはイエスへの贈物を分かち合って祝うという宗教的な意味合いが含まれます。さらに冬のモルド・ワインをさかのぼれば、キリスト教が普及する前にゲルマン人が冬至の祭で飲んだ薬草酒「Wassail」に行き着くそうです。この名の語源はまさしく「Waes Hale!(健康を願って乾杯!)」。
東方三博士を描いたタペストリー(マンチェスター市)
その昔、ゲルマン人は一つの大きな楓(かえで)製のカップで回し飲みをしていたようです。やがてバイキングの角(ホルン)製のカップが伝わり、さらに16世紀になると金属製カップ(銀や白目)が教会の聖杯や王家の祝杯に使われました。中でもヘンリー8世がシティの理髪・外科ギルドに贈ったカップは有名な祝杯の一つです。また、両側に取っ手のついたカップは「ラビング・カップ(Loving Cup)」または「グレース・カップ(Grace Cup)」と呼ばれ、晩餐会には欠かせない重要な道具になります。
理髪・外科ギルドのカップ(ロンドン博物館)
南海会社のラビング・カップ(ロンドン博物館)
今でもシティの多くのギルド(職人組合)や市長の晩餐会では、「ラビング・カップ」という回し飲みの儀式が行われます。最初にホストが相手と向かい合いお辞儀をした後、蓋を開け、対面者がスパイス入りワインを飲み、ハンカチで飲み口を拭いて次の人へ。飲み終わった人は見張り役として後ろを向いて周囲を見張ります。この儀式の原型はサクソン時代にあると言われますが、日本の盃事と同じく組織の結束を固めます。
ラビング・カップ儀式の一場面
儀式に使うワインには味をまろやかにするため、焼いたパンの欠片を入れます。最後にホストはパンだけが杯に残っていることを確認し、再び皆で乾杯します。これが「乾杯」の英語「トースト(Toast)」の由来とも言われます。日本で英国式乾杯(起立して健康を願って杯を掲げる)を初めて紹介したのは、ジェームズ・ブルース(エルギン伯)で、日英修好通商条約の準備作業完了の時に披露。では皆様、改めて健康を願ってトースト!