第31回 幽霊パブと電燈の灯り
夏といえば怪談噺。当地の夏の陽は長いので幽霊ツアーは季節外れになりますが、幽霊名所ならたくさんあります。シティでは特に、ホルボーンにあるパブ「Viaduct Tavern」が有名な幽霊スポット。12世紀に建てられた悪名高きニューゲート監獄(=今は中央刑事裁判所)、死体泥棒の絶えなかった聖セパルカ教会、「黒い犬」の幽霊が出没するニューゲート・ストリート、コックレーンの幽霊屋敷と、幽霊エリアの中心にこのパブがあります。
聖セパルカはシティ最大の教会
ニューゲート監獄前では1783年まで公開処刑が行われており、見物人の混雑を避けるために処刑場がマーブル・アーチに移されても、監獄内での処刑は1901年まで続けられました。監獄と聖セパルカ教会は地下の通路で繋がっており、処刑の前の晩、最後のお祈りに牧師が鐘を鳴らしながら監獄に向かいますが、パブの地下の貯蔵庫からはその鐘の音が聞こえたそうです。さらにその奥に物置があり、幽霊が出没するのはそこだと言います。
悪名高きニューゲート監獄は1907年から中央刑事裁判所に
この幽霊には「フレッド」という名が付けられ、酒場で起きるポルターガイスト現象(物が勝手に動いたり、灯りがつく)は彼の仕業と常連客はむしろ楽しんでいます。階上には「ケイト」という大柄な女性の幽霊も徘徊するそうです。このパブの創業は1875年と古く、店の名前は世界初の陸橋交差点、ホルボーン・ヴァイアダクト(1869年完成)に由来します。実はこの地域、シティで最初に電燈が点った時代の先端エリアだったのです。
幽霊が潜む地下の物置(特別公開)
石清水八幡宮の竹をフィラメントに使い白熱電球を作ったトマス・エジソンは、発電と送電、消費をワンセットにした電気システムをシティに売り込んできました。それが功を奏し、1882年、世界初の蒸気機関の発電所がこの陸橋交差点近くに建てられます。ガス燈会社との競争が平等に保たれるよう、送電線の地中化が義務づけられていた当時、陸橋交差点ならば階下で蒸気機関を動かして発電し、階上から道路下へ送電することが可能だと考えられたからです。
世界初の陸橋交差点近くの発電所は階下で発電、階上から送電した
ただ、エジソンの直流送電方式では遠距離になると電圧が低下して電燈がつかず、導入後わずか2年で、周辺はガス燈に戻されてしまいます。しかしその後もガス燈会社と電燈会社の熾烈な競争は続き、送電線の地中化が全国に広まりました。電燈に慣れていない当時の人々が、送電線も見当たらなければマッチも不要なこのパブで電燈がついたり、消えたりするのを幽霊の仕業と勘違いしたのが、ここの幽霊物語の始まりなのかもしれません。
シティ屈指の幽霊パブ