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mizkan
Fri, 04 December 2020

第24回 血湧き、肉踊るスミスフィールド

銀行のディーリング・ルームの朝は早く、7時にほぼ全員がスタンバイして「血湧き、肉踊る」為替市場と向き合います。でも、もっと朝早い3時から「血湧き、肉踊る」市場がシティの北西部にあります。それが英国最大の肉市場、ウェスト・スミスフィールドです。大型冷凍トレーラーが深夜に集結し、大きな肉が次々運び込まれる様子には圧倒されます。

大きな肉が次々とつるされていく
大きな肉が次々とつるされていく

もともと、当地はシティの城壁(ロンドン・ウォール)のすぐ外側にある広大な放牧地だったため、近郊から家畜を引き連れて売買するにはもってこいの場所でした。既に12世紀には馬の販売所として知られており、騎士の決闘場や祭典会場としても人気がありました。また当地は「スムースフィールド」とも呼ばれますが、英語の「スムース」には「反乱するものを処罰して『滑らかに』する」という意味があるように、17世紀前半まで公開処刑の場所でもありました。

元家畜用飼い葉桶
こちらは花壇ではなく、かつての家畜用飼い葉桶

有名なのが、1305年、スコットランドの愛国者、ウィリアム・ウォレスの処刑です。彼はスコットランドの独立を守るためにイングランドと戦ってきましたが、仲間の裏切りで捕まり、この場所で極刑、つまり、四つ裂き刑を受けました。また、1381年の農民一揆事件では、悪政に憤った農民を引き連れたケント州の英雄、ワット・タイラーがここに陣取り、国王と交渉しましたが、傍らにいたシティ市長が彼を刺殺してしまいました。

ウィリアム・ウォレスの慰霊碑
ウィリアム・ウォレスの慰霊碑

さらに宗教改革時代。ヘンリー8世の長女、メアリー1世はカトリック教を信奉し、新教徒をここで火あぶり刑に処し、200人以上を焼き殺したといわれます。最後に、19世紀前半まであった「妻売り」という習慣。家畜売買と並行して、「スミスフィールド・バーゲン」という俗語を生み出しました。当時の「妻売り」は人身売買というより未整備な婚姻法のため、事実上の離婚措置だったよう ですが、それにしても極端な「スムース」です。

「妻売り」の広告
「妻売り」の広告。こうして妻は売られていった

19世紀半ばに世界初の地下鉄が近くに開通した際は、その引き込み線がこの地下にも敷かれました。家畜が貨車で運び込まれ、処理後にエレベーターで地上に運ばれるという、非常に効率的な肉市場になりました。明治維新のときに完成した現在の建物は当時の外観のままですが、この周辺は大きく変わり、レンガ造りの倉庫街が今では若者向けのお洒落な「肉踊り場所=クラブ」に変身し、夜になると元気な若者が群れをなします。こうしてシティは24時間、主役が誰であろうと「血湧き、肉踊る」場所であり続けているのです。

建物
1868年に完成した現在の建物はヴィクトリア時代の雰囲気が残る

 
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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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