第30回 振付家デビューは突然に(創作編)
1 November 2012 vol.1374
今から約1年前。旧知のバレエ・コンサート・プロデューサー、久光孝先生が20年にわたり毎年開催していた北海道札幌でのバレエ公演のフィナーレを飾るため、振付家としてデビューすることになった。創作を開始し、アイデアをひねり出しつつステップを組み合わせていったが、どうしても全体の流れが気に入らない。そんなある日、カレーを作ろうとキッチンに立ったときのこと。
通常通り、肉・野菜を切って炒め、煮込み始めてから調味料を足していこうとしたら、いつも使うインド料理用の香辛料の瓶が空っぽになっていたことに気付いた。カレーを作るときにはこの調味料を使うのが自分の中での決まりとなっていて、その味は頭の中で思い出すだけで舌に再現できるほどに慣れ親しんだものだったが、仕方ない。何かほかのもので代用しようと考えた。冷蔵庫を開け、「失敗しても良い、今日は全く新しいカレーを作ろう」と心に決めた。
それからキッチンにあったものを見ては味を確認しつつ、新しいカレー作りが始まった。普段入れたことのない、食べるラー油やコーヒー、チョコレートなども入れ、味見をしながら作っていく。それは自分の持つカレーのイメージをゼロから崩していく作業だった。奇跡的に出来上がったカレーはものすごくおいしくて、新しい発見に満足している自分がそこにいた。カレーを食べ終え一息ついたときには、もう頭の中で次にスタジオでやることが決まっていた。「今までの自分のイメージとは違う、全く別のバレエをつくろう」。
それまでは、経験から生み出されるステップを組み合わせていたが、その翌日からは、自分が普段、あまり舞台ではしない足運びやつなぎのステップを多く取り入れるようにした。そうして出来上がった作品の全体のイメージはそれまでと一緒だったが、そこに自分が今まで経験したことのないステップを加えることで、とても新鮮な感覚を味わえた。カレーのときと同様、それまでのものと見た目は似ているが、踊っているとそのすべてが自分のオリジナリティーを感じられるものとなった。
スタジオで格闘すること約2カ月。ようやく作品が完成した。そのころには、体力を死ぬ程使った分、目をつぶっていても曲に合わせてステップを踏めるくらいのイメージが出来上がっていた。幸いにも自分自身で振り付けをすることで、踊りのリハーサルも同時に出来たのが一石二鳥だった。衣装は久光先生のイメージに近付けるべく、先生が昔良く着ていた全身黒のジャケットにタンクトップとパンツを選択。そして作品のタイトルは「D.M.」とした。「ディア・メイト(親愛なる仲間へ)」という意味の英単語の頭文字を取ったのだが、それは自分と先生の関係から生まれたものだった。小さなころから久光先生と呼んではいるが、彼は自分の本当のバレエの先生ではない。もちろん友人でもないのだが、バレエの舞台を通して会うことのできる大切な「MATE」だと心から感じ、この「仲間」という言葉を付けた。そしてこの言葉には、北海道でお世話になったすべての「仲間」に対するメッセージも込めた。
そうして迎えた本番当日。たくさんの人の協力のおかげもあり、無事に公演が終了した。バレエで自分の気持ちを伝えるのは、本当に難しい。自分の「ありがとう」が先生に伝わったかどうかは分からないが、公演後の先生の涙が、自分を納得させてくれた。
振付家としても、踊り手としても、自分がまだまだ未熟なのは分かっている。でもこれからも、バレエでつながる、自分を信じてくれる仲間とともに、新しいチャレンジを続けていきたい。