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Mon, 30 March 2020

複合施設キングス・プレイスCEO - ピーター・ミリカン
ビジネスとアートの融合空間を創造する

ビジネスとアート、そして地域コミュニティーが出会う場所。
そんな空間をつくりたいと長年願ってきた一人の男性が
数年前、ロンドン中心部、キングス・クロス地域に、
ある建物を誕生させた。
当時、英国のクラシック音楽業界に新風を巻き起こす存在として
メディアを騒がせたその男性、ピーター・ミリカン氏に、
彼のつくり出した理想郷とでも呼ぶべき存在、
キングス・プレイスについて話を聞いた。

(本誌編集部: 村上 祥子)


Kings Place 波打つガラスの外壁
キングス・プレイス Kings Place
ロンドン中心部キングス・クロス地域に位置する、オフィス、コンサート・ホール、アート・ギャラリー、レストランなどを網羅した複合施設。2008年10月1日オープン。「ガーディアン」紙やネットワーク・レイル、グローバルIT企業のロジカなどの企業に加え、ロンドン・シンフォニエッタとエイジ・オブ・インライトゥンメント管弦楽団という2つのオーケストラが入居している。
90 York Way London N1 9AG
Tel: 020 7520 1490(Box Office)
www.kingsplace.co.uk
Peter Millican
Peter MIllican1949年生まれ。イングランド北東部ノーサンバーランド在住。同北西部リバプールで薬局を営む父親の下に生まれる。ダラム大学でビジネスを学んだ後、検眼士として働き始める。同北東部タインサイドでメガネ屋のチェーン店を展開。その後、店舗を売却して不動産開発業者となる。主に同北部、北東部でオフィス・ビルの開発を行っていたが、1999年、ロンドンのキングス・クロス地域の倉庫ビルを購入。2008年、同地にオフィスとアートの複合施設、キングス・プレイスをオープンさせた。

リージェンツ運河に面したガラス張りのレストラン。
スタンド・カラーのストライプ・シャツをカジュアルなズボンにきっちりと入れこんだ一人の男性が、目の前で微笑んでいる。
まるでハリー・ポッターのような真ん丸のメガネの奥には、
優しい光を湛えた双眸(そうぼう)。
外見で職業を判断するとしたら、
世俗にまみれたことのない学者、といったところか。
しかし現実の彼は、数年前、ロンドンのメディアを騒がせた
一人の実業家なのである

「すさまじい様相」の倉庫ビル

2008年10月、英国内の各メディアに、丸メガネを掛けたその男性の姿が踊った。彼の名前はピーター・ミリカン。ミリカン氏が注目された理由、それはロンドンでは1982年にバービカンがオープンして以来初となる、新たなコンサート・ホールを生み出した人物であることによる。

ロンドン中心部キングス・クロス。かつては治安の悪い売春街として知られたこの地域に、ミリカン氏はコンサート・ホールやアート・ギャラリー、オフィスなどが入った大型複合施設、キングス・プレイスを誕生させた。ガラス張りの近代的な建物、5日間で100のコンサートを開催するという華々しい幕開けとともに、メディアは彼の経歴にも注目した。不動産開発業者であるミリカン氏は、無類の音楽好きであるという以外、これまで仕事としては音楽と全く無縁の人生を送ってきたからだ。

「建築物を創造する人間として、私にはオフィスのテナントだけでなく、その建物の近隣のコミュニティーにとっても『良い建物』をつくるという目的がありました。多くのオフィス・ビルは閉ざされた、私的な空間となっています。だから私は、オフィスとアートが融合した空間をつくりたかったんです」。

それにしても、今でこそ再開発地域として注目されているキングス・クロスだが、さかのぼること10年以上前、ミリカン氏がこの不動産を購入した際には、まだ寂れた空気が漂っていたはずだ。なぜ、この地域にコンサート・ホールを建設しようと思い立ったのだろう。

「一番大きな理由は、駅の隣にあるということ。ビルというものは、交通網に近いところにあるべきだと思うのです。私がこの土地を購入したちょうどその頃、セントパンクラス駅がユーロスターの発着駅になることが決まりました。この駅が大規模な交通拠点になるのは確実だったんです。といっても、その頃はまだそんな感じではなかったですが(笑)。でもそうなると信じていました」。

1980年代に建設されたという「すさまじい様相」の倉庫ビルを購入した際には、「誰もこのまま建物を残したいと思う人はいなかった」から、新複合ビル建設に対しては、多くの地元住民からのサポートを得られたと言う。

ホール1
日本のコンサート・ホールを手本にしたというホール1

地下に広がる音楽の世界

国際高速列車、ユーロスターの発着駅として、いまや欧州大陸との掛け橋の役割を担うキングス・クロス駅。構内を出てすぐ、駅に沿うように伸びる大通りを真っすぐ行くと、古びたレンガ造りの建物の先に、異彩を放つ波打つガラス張りの建物が目に入る。一歩中に足を踏み入れれば、吹き抜けになった高い天井の明かりに照らされたロビーに、どっしりとしたソファと巨大なクッションが余裕をたっぷりもたせて配置され、上階部分にはオフィスが、地階部分にはアート・ギャラリーとコンサート・ホールが連なる。ロビーには、頭を突き合わせてラップトップを眺めているビジネスマンたちがいるかと思えば、その隣では譜面に鉛筆をさらさらと走らせる音楽家らしき男性の姿が見える。一言でこういう建物、と言い表すことの難しい、整然かつ混沌とした空気が、辺りを包む。

キングス・プレイスの設計を請け負ったのは、これまでロイヤル・オペラ・ハウスの改装やナショナル・ポートレート・ギャラリーの増築など、数々の芸術施設を手掛けてきた建築事務所、ディクソン・ジョーンズ。開放感に溢れる一方、きちんとした住み分けがなされているこの建物は、ミリカン氏の意向に則り、外壁に採光に優れ、熱利得を減らすことのできる波型ガラスを採用するなど、環境にも留意したつくりになっており、エネルギー消費量は通常のオフィス・ビルの2分の1ほどに抑えられているという。しかし、何と言っても目を引くのは、やはりコンサート・ホールだ。

地下に広がる音の世界。座席数420、壁の内装材にはドイツの樹齢500年のオークを使ったホール1と、座席数220、座席を取り払い330の立見席を設置することもできるホール2、特にホール1は、ミリカン氏が「宝石箱」と呼ぶ自慢の空間だ。厳しい景観規制が敷かれたここ、ロンドンでは、建築物に高さ制限が設けられている。しかしその一方で地下に掘り進める分には問題がない。「地下建築というのは、面白いコンセプトですよ。都市部でスペースをつくり出したいと思うのならば、上同様、下にも着目せざるを得ない。コンサート・ホールの場合には、自然光も必要ありませんから、地下にホールを設けるというのは理に適っていると言えます。脳に対し、地下にいると認識させないスペースをつくり出す方法は、いくらでもあるんです」。確かに、ホールが設置されている地下2階のロビー部分はさほど広くはないものの、大きな吹き抜け部分から差す明かりと、ゆとりを持って展示されたアート作品の数々が、その場にいる者に全く圧迫感を覚えさせない。

コンサート・ホール設計に当たり、多方面の人々に相談したミリカン氏は、建築家やエンジニアを引き連れ、日本へも赴いた。「コンサート・ホールをつくるなら、日本のホールを見ておくべきだ、と皆が口を揃えたからね」と言いつつ、こちらの驚く反応を見て、うれしそうに笑う。

日本では、自分たちが建設するホールの規模に合わせ、大きなホールは除外して、座席数が1000程度のホールを12カ所、見て周った。「日本のホールの多くは1980年代につくられているようだが、その理由は?」と尋ねてきたことからしても、当時、かなり詳しく日本のコンサート・ホール事情を調べたことが伺える(ちなみに調べてみたところ、実際に日本のコンサート・ホールの70%弱が80年代につくられている)。

明るいロビー
自然光がたっぷり差し込む明るいロビー

音楽監督なきコンサート・ホール

キングス・プレイスのコンサート・ホールは、その最新の音響設備に加え、プログラムのユニークさでも特異な存在感を放っている。通常、プログラムを決める上で大きな権限を持つ音楽監督が、いないのだ。ここでは、あえて音楽監督の座を設けず、毎週異なるキュレーターを招き、水曜日から土曜日までの4日間、統一テーマに基づいてプログラムを構築していく。そのほか、毎週月曜日にはコンテンポラリーとジャズ、金曜日にはフォーク、そして日曜日にはロンドン室内音楽ソサエティーによるコンサートが開かれる。

手元にあった1月から4月までのイベントを網羅した冊子をやおら繰り始めたミリカン氏は、「このモーツァルトのプログラムはね……」「彼女はすごいチェリストなんだ」など、一つひとつのイベントや演奏者について詳しく語り出した。それまでは自信に満ちた表情で冷静にインフラ設備の説明をしていたミリカン氏の顔が純粋な喜びに彩られ、その口調が熱を帯びる。クラシック音楽のみならず、ジャズやコンテンポラリーに至る様々なジャンルの音楽に対する造詣の深さを垣間見て、思わず、「自分ですべてを決めたくはならないのですか」という問いが口を出た。

「自分の仕事は、様々なキュレーターと会って、関係を構築すること。キュレーターを誰にするかは私が決めます。彼らと話し合うことはありますが、決定権を持つのはキュレーターたち。私は、彼らの判断を信頼しているのです」。そう言って間接的に否定の答えを返しつつ、「人は、自由を与えれば、熱心に取り組むようになる」と続けた。ミリカン氏にとって大切なこと、それは「音楽のレベルを高く保つこと」、そして「音楽において新しいアプローチを提示すること」。現在は、もちろん、週によって質にばらつきはあるものの、「多様性」を生み出すことには成功している、そう満足そうに話してくれた。

検眼士からホールのオーナーへ

「不動産開発業者がコンサート・ホールのオーナーに」̶̶ キングス・プレイスのオープン時には、その業界の壁を越えた動きにメディアの注目が集まったミリカン氏だが、実はそのキャリアのスタートは検眼士という、これまた全く毛色の異なる職業だった。検眼士から不動産開発業者、そしてコンサート・ホールのオーナーへ。なぜ、こうも業種の異なる職業を選んできたのか、疑問に思うところだが、ミリカン氏に言わせると、彼にとっては至って自然な流れだったらしい。

イングランド北西部リバプールで薬局を経営していた父の下に生まれたミリカン氏は、ビジネスの学位を取得後、同北東部タインサイドで検眼士として働き始める。その後、同地でメガネ店のチェーンを展開、その店舗を売却した後に不動産開発業者となった。

「小売に携わっているときに、不動産業と関わりを持つようになった。小売業者として、長年、不動産を学んでいたわけです。不動産は面白いな、と思いますよ。リスキーだし、ストレスも溜まる。でも無から何かを創造することができるのです。何もない場所に、自分の人生よりもはるかに長い年月、存在し続けることになる何かを生み出すことができるんですからね。もちろん、金銭面でも成功できればそれに越したことはないですが、知的好奇心を刺激する、非常に面白い業界だと思います」。

キングス・プレイスを建設するまでは、主にイングランド北部や同北東部で数々の不動産開発に取り組んできたというミリカン氏。やはり長年、人生の基盤としてきた同地方には、特別な愛着を感じているようだ。現在でも彼はノーサンバーランド州に家を構え、週2~3日だけロンドンのフラットを訪れるという生活を送っている。インタビュー当日、ミリカン氏は、朝に列車でニューカッスルからロンドンまで来て、夜にはスコットランドのグラスゴーへ向かうという多忙ぶりだった。「でもノーサンバーランドからは列車でたった3時間。おまけにここは、何と言っても駅のすぐそばですからね」そう言いながら、したり顔で笑ったミリカン氏は、密かに愛すべき故郷とキングス・プレイスを結び付ける、あることを実践している。ノーサンバーランドで経営している農場の牛肉とラム肉を、キングス・プレイスのレストランとカフェで提供しているのだ。ロビーにあるカフェ「Green & Fortune」には、確かに「Roast cut of beef or lamb from our farm in Northumberland」といったローカル色の強いメニューが並んでいる。不動産開発業者としてプロの視点で建築物を語る一面と、愛する音楽と故郷の味を自身の城に組み込んでしまう無邪気な一面。話しているうちに、朴訥とした笑みを浮かべるミリカン氏からは、様々な顔が見えてくる。

補助金に頼らない運営

最新設備を誇るコンサート・ホールと、バラエティー豊かなプログラム。音楽を語る上で、もう一つ、避けて通れないのが資金面だ。キングス・プレイスでは、この資金面でもユニークな方針を掲げている。英国において、芸術関連施設にとってはもはや前提条件とも言える国からの補助金を一切受け取っていないのである。収入源は、チケット販売と、会議やイベント用のホール・レンタル料。「ガーディアン」紙やナショナル・レイル、IT企業のロジカなど、上階に入居している企業のオフィス賃貸料が屋台骨を支えているのかと思いきや、こうした賃貸料はホール運営費には含まれないと言う。

「正直を言うと、まだ黒字にはなっていない状態。現在でも多少の持ち出しがあります。でもあと数年後には黒になると見込んでいます」。

なぜ、公的補助金を受け取らないのか。そう尋ねると、「もう芸術に多額の補助金が下りる時代は終わっていますからね」という端的な答えが返ってきた。確かに、ありとあらゆる業界が不況の影響を受ける今、芸術の置かれている状況は決して楽観できるものではない。「まあ、でも我々の場合はスタートの時点がそもそも不況の只中でしたからね。悪い状況しか知らないわけです。これをうまく切り抜けることができれば、後はうまくいくと思いますよ(笑)」。不況時というのは、ある意味、ビジネスを始めるのに良いタイミングだとミリカン氏は言う。「不況というのは、人を注意深くさせます。ビジネスの仕方にも、お金の使い方にも慎重にならざるを得なくなりますからね」。でも実際に不況をビジネス・チャンスと捉えられる人はそういないのでは……と言いかけると、「でもまあ、そう考えられる人は少ないでしょうね」と言って豪快に笑った。

今はまだ、潤沢な個人資産に頼らなければならない部分がある。しかし、地域に溶け込み、ビジネスと共存したこのキングス・プレイスのコンサート・ホールが、独立した資金体系を確立できたそのときには、この泰然自若とした実業家が、「新たな音楽のあるべき姿」を英国のクラシック音楽界に提示した人物として、その名を残すことになるのかもしれない。

「次の計画はありません」。
最後に次の目標を尋ねたところ、こんな意外な言葉が
ミリカン氏の口を突いて出た。
「こうした建物をつくるのには、
10年から15年ほどの年月を費やさねばなりません。
人生の中でも、かなりの時間です。
私は楽しみながらこのキングス・プレイスをつくり出しました。
もう恐らく、こうした建物をつくることはないでしょう」。
音楽を愛し、建築を愛する一人の実業家の
人生をかけた夢の結晶、
それがこのキングス・プレイスなのだ。

響 HIBIKI: Resonances from Japan

 
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