英国におけるファッション業界の今後の流行を占うロンドン・ファッション・ウィークが、いよいよ約1週間後に開幕する。華やかなファッションに身を包んだ一流モデルたちが、多数のカメラの前を優雅に歩くキャットウォークに象徴されるこの華麗な舞台の裏側で、今最も物議を醸しているのが「サイズ・ゼロ」という言葉。そこで今回の特集では、このサイズ・ゼロにまつわる議論を振り返った上で、新しい女性の美の形を模索する人々に焦点を当ててみた。(本誌編集部: 長野雅俊)
サイズ・ゼロとは?
米国における洋服サイズの1つであり、バスト80、ウエスト60、ヒップ86の体型に相当する*。英国ではサイズ2、日本ではサイズ3とほぼ同じ。最近では極端に痩せたモデルを批判的に呼ぶ総称として定着しつつあり、スペインを始めとする欧州各地では痩せ過ぎモデルのファッション・ショーからの締め出しといった運動にまで発展した。ちなみに、英国人女性の平均体型はサイズ14と言われている。
*典型的な「スーパーモデル」の身長は170センチ台後半。それだけの高身長と実際のサイズとのバランスが取れていないことがサイズ・ゼロに関する議論の本質であり、実はごく一般の日本人女性が「サイズ・ゼロ」に当たる場合は意外と多い。
サイズ対照表 | |||||||||
英国 |
2
|
4
|
6
|
8
|
10
|
12
|
14
|
16
|
18
|
米国 |
0
|
2
|
4
|
6
|
8
|
10
|
12
|
14
|
16
|
日本 |
3
|
5
|
7
|
9
|
11
|
13
|
15
|
17
|
19
|
*サイズの基準は服飾メーカーによって異なる場合あり
英国のファッション業界を率いてきたスーパーモデルたち
ツイッギー Twiggy | |
---|---|
英国サイズ不明 57歳、ロンドン生まれ 170センチ、41キロ |
|
16歳の時に、美容院にてスカウトされる。10代にしてスーパーモデルの称号を得て、時代の寵児に。1960~70年代にかけて世界のファッション業界を率いた。 |
ケイト・モス Kate Moss | |
---|---|
英国サイズ6 33歳、クロイドン生まれ 168センチ、48キロ |
|
14歳の時に米国ニューヨークへ旅行した際に現地でスカウトされる。その後90年代におけるスーパーモデルの「ビッグ6」の1人として現在も第一線で活躍している。 |
ナオミ・キャンベル Naomi Campbell | |
---|---|
英国サイズ6 37歳、ロンドン生まれ 175センチ、51キロ |
|
15歳の時にロンドンのコベント・ガーデンでスカウトされる。その後ベルサーチ、バレンチノ主催のファッション・ ショーなどに登場し、1980~ 90年代のスーパーモデル全盛期を築いた。 |
リリー・コール Lilly Cole | |
---|---|
英国サイズ6 19歳、トーキー生まれ 178センチ、50キロ |
|
14歳の時にロンドンのソーホ ーでスカウトされる。10代にして早くも「Vogue」誌の表紙を飾り、スーパーモデルの仲間入り。シャネルやエルメス といった高級ブランドの顔となっている。 |
既存の価値観に抗う英国ファッション業界の動き
2000年秋
大手スーパーマーケットのマークス&スペンサーがサイズ16のモデルを起用したテレビCMを展開。消費者には受け入れられず、同社製品の売上は大幅に落ちる。
2007年2月
家庭用品メーカーのユニリーバ社が展開するブランドDoveが「人生は40歳から始まり、50歳で最も輝く」と謳った「Pro-Age」キャンペーンを開始。同ブランド製品の売上大幅増加に貢献する。
2007年3月
英国ファッション協会の委託によって、ファッション・モデルの健康状態や労働環境の調査を行う独立委員会「モデル健康調査会」が設置される。
2007年4月
大手デパートのジョン・ルイスが2007年夏の水着コレクションにサイズ12のモデルを起用することを発表。
これまでにガリアーノやステラ・マッカートニーといった大物デザイナーを発掘・輩出した、ロンドンで年2回開催されるファッション・ショー。今月15日から開催される「London Fashion Week September 2007」では、2008年の夏物デザインが発表される。キャットウォークなどがあるファッション・ウィークは、ファッション関係者のみ入場可。続いて開催される「ロンドン・ファッション・ウィークエンド」と題されたイベントでは、発表されたばかりの2008年夏物デザインの洋服を格安で購入できる。
London Fashion Week
9月15日(土)~20日(木)
www.londonfashionweek.co.uk
London Fashion Weekend
9月26日(水)~30日(日)
入場料: £10~
www.londonfashionweekend.co.uk
The Natural History Museum
Cromwell Road, London SW7 5BD
「衝撃のヌード写真」で話題になったDoveのモデル
ミリネット・モリソンさん
ぜい肉がたっぷりとついた中年女性のヌードを映した このポスターに見覚えがある人は少なくないだろう。この女性の正体は、ミリネット・モリソンさん、54歳。ユニリーバ社のブランドDoveにおける「Pro-Age」と題されたキャンペーンにおいて起用されたモデルだ。このキャンペーンが功を奏し各方面からの話題を集めた結果、同ブランドの製品は大幅に売上を上げたという。女性の美しさに関する新たな価値観をまさに身をもって提示したミリネットさんに、お話を伺った。
―普段はどのようなお仕事をされているのでしょうか。
ブラジルで生まれたのですが、若くして渡英し乳母として長いこと働いていたのです。今は結婚して主婦になり、26歳、24歳、そして18歳の娘がいます。時々お小遣いを稼ぐためにベビーシッターとしても働いています。
―ミリネットさんの娘さんたちは、お母さんのヌード写真を見て驚きませんでしたか。
最初にあの写真を見た時はさすがに衝撃を受けていたようですね(笑)。でもその後はずっと、理解を示して温かく見守ってくれたと思います。あの写真はまだ今でも家の中で大切に保管しているんですよ。
―今回モデルとして働くようになった経緯を教えていただけますか。
知人から電話がかかってきて、50歳以上の女性を対象としたオーディションをするからあなたも応募しなさいって言われたんです。問い合わせ先の電話番号をもらったのでそこに連絡したら、オーディション当日にバスローブを持ってくるように指示されて。その時点で「これは何か変だぞ」って思ったのですが、ものは試しだと思ってとりあえずオーディションに参加することに決めました。
当日会場に赴くと、早速バスローブに着替えて審査員が集まる部屋に行きました。そこでいくつか質問に答えると、今度はバスローブを脱ぐように言われて。周りに人がたくさんいたのでかなり抵抗があったのですが、とりあえず深呼吸して「私は今、ブラジルの海岸にいるの。服を脱ぐくらい大したことない」と自分に言い聞かせて脱いでしまいました。そうしたらモデルに選ばれてしまった、という具合です。
―ミリネットさんは20代の頃、どんな女性でしたか。
とても痩せていて、まさに今で言う「サイズ・ゼロ」のような体格をしていました。自分が痩せているということをコンプレックスに感じていたので、もっとグラマーな体になりたいといつも願っていましたね。性格は今と変わらずこのまま。自分で言うのも何ですが、ちょっと能天気といってもいいくらい、かなり社交的だったと思います。
―若い時はきっと英国人男性からもてたのではないですか。
はい。はっきり言ってもてましたね。当時はまだ英国にブラジル人、特にブラジル出身の黒人女性があまりいなかったので、何と言うか、需要に対して供給が少なかったんでしょうね(笑)。「君はエキゾチックだね」とよくもてはやされました。
―正直、その頃の持っていた若さやスレンダーな体型が恋しくないですか。
いいえ。だって、今でも私は十分に美しいと思いますから。むしろ若い頃は、もっとふっくらした体型になりたいと思っていたのになれなくて、すごく悩んでいました。ただ年を重ねるに従って、当時の私と現在の私の両方を受け入れることができるようになりました。昔を恋しく思うことが唯一あるとすれば、今は若い頃ほどのエネルギーがなくなってしまった、と感じる時でしょうか。
―サイズ・ゼロの議論に象徴されるように、現代ではよりスリムに、さらにはより若くありたいとする傾向に拍車がかかっているように思いませんか。
Doveのキャンペーンには、
ミリネットさんの他にも
数人の中年女性がモデルと
なって話題を集めた
やはりメディアの影響が強いのでしょうね。テレビや雑誌を見れば痩せこけた有名人が余りに多くいるので、彼らのような体型になりたいと思わされてしまうのでしょう。また歳を重ねることが悪いことだと思わせるような風潮があるから、皆本当に歳を取ることを嫌がっている。サイズ・ゼロに関していえば痩せたいという願望は今になって始まったことではないですが、ここまで極端に、自分の体を壊してまで痩せようとする傾向はやはり現代に特有な現象なのではないでしょうか。流行の先端にいるファッション・デザイナーやメディアが姿勢を変えなければならないのだと思います。
―ミリネットさんにとって、憧れの女性はいますか。
米国のテレビ司会者オプラ・ウィンフリーには憧れますね。思いやりがあって、内面も外見も美しい、素晴らしい女性だと思います。
―日本でも極端なダイエットや摂食障害が問題になっているのですが、こういった現象についてはどう思いますか。また、日本人女性についてはどのような印象を持っていますか。
私が知る限り、日本人女性はとても洗練されていて、内面に独特の自信を秘めているように見えます。極端なダイエットをする人がいるとのことですが、日本人は欧米人女性に比べれば、もともと痩せているではありませんか。
―なぜ女性は皆、美しくあろうと願うのでしょうか。容姿に恵まれない女性は、不幸な人生を送ると思いますか。
自分自身のありのままの姿を受け入れることさえできれば、誰に対しても美しく、そして優しくあり続けられるのだと思います。
―整形手術の是非についてはどう思いますか。
事故で大きな怪我を負った時や病気のせいで体の一部に問題を抱えた際に、一つの選択肢として考えるということはあると思います。でも、お化粧感覚で行ったり、手術でつけたりはったりを繰り返して別人になろうとする行為には賛成できません。結局、歳にしても体型にしても、無理して別の誰かのようになろうとしないことが、美しくあるために一番大切なのではないでしょうか。
サイズ12のモデルを起用して新しい美を提唱ジョン・ルイスPR担当者に聞く
Doveのキャンペーンに続いて、大手デパートのジョン・ルイスも革新的なプロジェクトを始動させた。サイズ・ゼロならぬ、サイズ12のモデルを起用したキャンペーンを発表したのだ。話題を集めることで商業的な成功を実現することに加えて、女性の美をめぐった論議に一石を投じるのが狙い。PR担当のマーク・フォーサイスさんに話を伺った。
―今年になって、サイズ12のモデルを起用するキャンペーンを展開していますね。
4月中旬より、26の支店における水着販売コーナーでサイズ12のモデルを使ったキャンペーンを行うことになりました。マネキンも様々な体型のものを使うようにしています。
―狙いは何ですか。
サイズ12のモデル、
南アフリカ出身の
ローレン・モラーさん
一つに、当社が販売している水着が、普通の体型と合わせた時にどのように見えるかということをお見せする必要があると感じたこと。実際、我々が販売している水着商品の8割はサイズ12か、それよりも大きいものなのです。後は「健康美」や「多様性」といった、新たな女性の美しさを模索したいという思いもありました。「女性の本当の美しさとは何か」という議論を深めるための一翼を担えたら、という気持ちもありますね。
―モデルを見つけるまでの過程で苦労したと聞きましたが。
私達も今回のキャンペーンを始動させる際に初めて分かったことなのですが、通常のモデル事務所ではサイズ12の女性を用意していないのです。「肥満モデル専用の事務所に連絡を取った方がいい」とのアドバイスさえ受けました。「私たちは、肥満モデルじゃなくて一般的なサイズ12のモデルを探しているんです」と説明しても、なしのつぶてだったのが印象的でしたね。結局、サイズ12に相当する英国人モデルは見つからなかったので、南アフリカ出身のモデルを使うことになりました。悲しいかな、これが今のファッション業界の現実なのだと思います。
摂食障害者を支援するチャリティー団体「Beat」チーフ・エグゼクティブ スーザン・リングウッドさん
「サイズ・ゼロ」問題に対して警鐘を鳴らし続けているのが、「Beat」と呼ばれる摂食障害者を支えるためのチャリティー団体だ。「サイズ・ゼロ」の言葉が一人歩きしていることについて危機感を抱く同団体の代表者、スーザン・リングッドさんに意見を聞いた。
―「サイズ・ゼロ」のモデルを認めるか否かをめぐって活発な議論が行われていますね。
この議論に関してはちょっと誤解している人も多いようなのですが、私たちは痩せていること自体は別に悪いことではないと思っています。そうではなくて、無理をして痩せようとする行為に問題があるのです。さらにそういった傾向が若年者の間に浸透しつつあることに、非常に強い危機感を抱いています。特に最近のファッション・モデルたちは、14歳、15歳といったいわゆる成長期にある少女たちです。この世代が無理してダイエットを行うと、骨粗鬆症などといった深刻な病気にかかる危険が高まります。若い体を、まさに酷使している状態ですね。
―でも私たちは、なぜそういったファッション・モデルに憧れてしまうのでしょうか。
「若さ」にやはり強烈な魅力を感じてしまうのだと思います。テレビを見れば、50代の女性なのに顔に皺1つない人が映っている。こういった人たちと自分自身を比較して、若さへの憧憬を膨らませてしまうのでしょう。でもテレビで見るそういった人たちの体は人工的に作られた美であって、本当の人間の姿ではないのです。
―では「若い」とか「スリムである」という以外に、女性の魅力って何でしょう。
健康であること。自信を持っていること。優しさ。ほんの100年程前に使われた「美しい」という言葉の定義には、外見だけではなくて内面や気持ちをも含めた概念が含まれていたんですよ。
―でも男の人は、女性をやはり外見の美しさで判断してしまうのではないでしょうか。
私は違うと思うのです。むしろ、自分の身体の一部に過剰な注意を払ってしまうのは女性の特性でしょう。髪型を変えたのに、恋人や夫が気付かなくて「私に対して興味を持ってくれていない」と嘆く女性がよくいますよね。でもそれは別にあなたに興味がないからではなくて、男の人って鈍感というか、そういった生き物なのです(笑)。言い方を変えると、男の人の方が女の人を全体的に捉えているからこその言動なのだと思います。
―日本人女性に対してはどのようなイメージを持っていますか。
ファッションにとても気を使っていると思います。自分の体の特徴をよく把握していて、そのスタイルに合った服を選ぶのが非常に上手い。欧州の女性が学ぶ部分が非常に大きいと思います。