第158回 世界初の近代地図帳とシェイクスピア、秀吉
グリニッジ海事博物館のチューダー朝の展示室に古い地図帳があります。それはフランドル人のアブラハム・オルテリウスがアントワープで出版した世界初の近代地図帳です。丁稚奉公で写本装飾をしていたオルテリウスは地図の奥深さを知り、他国に出張しては地図を収集。集めた地図を持ち運びできるよう1冊の本にまとめ、彩色豊かな地図帳に編集しました。この世界地図帳が42版を重ねるベストセラーになります。
地図帳の生みの親アブラハム・オルテリウス
15世紀の大航海時代、スペインとポルトガルは航海地図を国家機密として公開しなかったため、地図の品質は余り向上しませんでした。しかし16世紀に入り、自由でオープンな社会が尊重されたフランダース地方で貿易が栄えると、世界地図の精度も上がりました。同時代の画家、ヨハネス・フェルメールの作品の背景には世界地図が多く描かれ、地図が庶民のインテリアになっていたことがうかがえます。
グローブ座の記章(グローブ座展示館蔵)
さて、このオルテリウスの地図帳について3つのエピソードを紹介したいと思います。まずは地図帳のタイトル「Theatrum Orbis Terrarum=世界の舞台」。天球という舞台に各地の地図が登場する考えは、後に劇作家シェイクスピアに影響を与えたと思われます。シェイクスピアは自分の劇場をグローブ座と名付け、劇団旗にはヘラクレスが天球を担ぐ姿を描きました。また、戯曲「お気に召すまま」のせりふ「この世は舞台、男も女も皆、役者」に通じるところもあるのではないでしょうか。
オルテリウスの地図帳「世界の舞台」
2つ目は日本関連。欧州で作られた地図帳に日本が登場するのはこれが初めてでした。ただし北海道が描かれておらず、当時の日本に住んだ宣教師は北海道の存在を知らなかったのでしょう。またこの地図帳は、1582年に天正遣欧少年使節団が欧州を視察した際、お土産の中に含まれており、1590年、豊臣秀吉にこの地図帳が献上されます。秀吉はその世界地図を見て何を思ったのでしょうか。朝鮮出兵が行われるのはその2年後です。
豊臣秀吉も地図帳を見た
パンゲア大陸
最後はパンゲア大陸について。地図には南米大陸の東側とアフリカ大陸の西側が元々一つの大陸だったことが暗示されています。1912年にドイツの地球物理学者アルフレート・ヴェーゲナーが提唱したパンゲア大陸を、この地図は350年以上前に予見していました。現在では、2億年前まで統合されていたパンゲア大陸が分裂と統合を繰り返し現在の地形になったのが通説。さまざまな国が地球という舞台の上で歴史劇の役割を演じています。