第153回 バンクシーが送るメッセージ
シティの条例は厳しく、建築物への落書きは一切禁止、あればすぐに洗浄されます。ところが2017年9月、バービカン・センター近くの壁に正体不明のアーティスト、バンクシーのグラフィティが登場しました。反権力、反消費主義のテーマをユーモアに包んで社会風刺する神出鬼没のバンクシーの作品は世界中で大人気。シティは市民に話題の芸術家の作品に触れる機会を提供するとして透明なカバーでそれを保護することにしました。
黒人を取り調べる警官(バービカン)
一方、シティに隣接するショーディッチ地区はかつて貧民街でしたが、最近は再開発が急ピッチで進み、寂れたレンガ街とその壁に描かれた色鮮やかなグラフィティがどんどん姿を消しています。でも少なくなった壁のスペースにはグラフィティの傑作だけが残り、バンクシーの作品もまだ残っています。今やバンクシーの作品は高い価格で取引されており、彼のストリート・アートを巡るツアーの人気は衰えを知りません。
バズーカ砲を持つ犬(ショーディッチ)
バンクシーをさらに有名にしたのが昨年秋に行われたサザビーズでの入札。彼の代表作品「風船と少女」が当時の換算で約1億5000万円で入札されました。少女が希望の象徴である風船をつかもうとしている、あるいは焼け焦げた建物や銃弾の残る壁のある場所で、風船が少女を救うのが作品のモチーフと言われています。ところが入札と同時に額縁に仕掛けられたシュレッダーが作動し、絵画を細断してしまいました。これはバンクシー本人が仕掛けたもので、芸術は一部の富裕層に所有されるものではなく、愛や希望として人々の心に広く行き渡るべきものだという強いメッセージを発信したのです。
希望の象徴として描かれた「風船と少女」
英語の慣用句に「Writi ng on the wall」があります。壁に書かれた不吉な文字、「不吉な前兆」という意味です。それは旧約聖書「ダニエル書」の一節に由来しますが、それを巨匠レンブラントが作品に描いています。バビロニア王国ベルシャザル皇子の饗宴の最中に壁から手が現れ、王の死と国の滅亡を告げる文字を書くというものです。
「ペルシャザルの饗宴」(レンブラント作、ナショナル・ギャラリー蔵)
本来、壁には何も書かれないのが一番です。30年前、ベルリンの壁には沢山のグラフィティがありました。今はイスラエルの分離の壁が注目されています。バンクシーは「分離の壁は世界最大のアートになる」と発言し、9つのグラフィティをそこに描きました。バンクシーのグラフィティを切り取って持ち帰りたいファンは世界中にいます。どんどん切り取ってくれ、壁はここにあるべきではない。そんなバンクシーの叫び声が聞こえそうです。
分離の壁とバンクシーのグラフィティ