第123回 奇想天外な街並みと仏舎利塔
「それにしてもシティの街並みは奇想天外よね」と、日本から訪れた女性建築家の第一声。通称「ガーキン」と呼ばれる高層ビル、スイス・リ本社ビルに始まり、「ウォーキー・トーキー」「チーズ・グレーター」「スカルペル」など、シティにはユニークな愛称を持つ超高層ビルが集中しています。いずれのデザインも奇抜で自由奔放、遊び心を忘れずどこかユーモラス。「シティ2000年の歴史は、ローマ遺跡や中世の教会と石畳にあふれ……」寅七のガイドの声が、高層ビルの谷間に吸い込まれていきます。
高層ビルが立ち並ぶシティの街並み
このエキセントリックな街並みは、ロンドンっ子が個性を尊重し、奇人・変人を受け入れる度量の広さに関係しているようです。ただ、シティを一歩出れば緑あふれる広場が多く、これはいまだ続く階級社会の一面を表しています。つまり、大部分の土地の所有権は貴族が持ち、長期の賃借権(リース・ホールド)により土地を貸し出しているから、開発業者の乱開発が起きない仕組みです。意外なところで、バランスが取れている、不思議な英国。
さて、その建築家女史を、ロンドン・ウォールの「大工・木工師ギルド・ホール」に連れて行きました。外壁のキーストーンには、イニゴ・ジョーンズ、クリストファー・レン、ジョン・ソーンなど、英国を代表する建築家の顔が彫られています。それらを指差しながら、英国建築史や彼らの代表作品、そして建物の対称性が特徴の「パラディアン様式」が英国建築の根底にあると説明しました。
大工・木工師ギルド・ホール
すると彼女が自説を展開し始め……。「確かに英国の近代建築は1666年のロンドン大火以降、街が石造りになってから始まったけど、英国建築の真髄は木造にあるわ。ロンドンに尖ってる屋根が多いのは雨のせい? ここは高緯度だから太陽の採光の角度がシャープですね。それで雨除けと採光の工夫から、自然と屋根が急勾配になる。ウェストミンスター・ホールやミドル・テンプル・ホールの屋根のハンマー・ビーム(小屋組み)は、大きな屋根と室内空間を確保した英国の特別な発明品なのでしょうね」。
ハンマー・ビーム屋根の典型、ウェストミンスター・ホール
さすが建築家。彼女が木造建築に詳しいならと、ロンドン南部のバタシー公園の仏舎利塔へ。これは1984年、ロンドン議会が世界平和運動を提唱し、その象徴として日本山妙本寺が建立。屋根を支える木造の斗拱(ときょう)や垂木の仕組みを解説してもらいました。こんな素晴らしい日本建築がロンドンにあることも驚きですが、彼女も奇想天外な個性の持ち主と、深い尊敬の念を抱いた寅七でした。
バタシー公園の仏舎利塔
仏舎利塔に見られる大きな軒を支える木造の組物技術