第33回 ロンドンの空に輝く王冠
ふと夜空を見上げれば、中秋の名月と聖ポール大聖堂。両方、丸くてホッとします。1666年のロンドン大火で焼失した旧聖堂は直線的なゴシック様式でしたから、再建される聖堂も鋭い尖塔を抱くものと期待されていました。ところが、建築総監のクリストファー・レンは丸いドームに固執。彼の設計案は3度も却下され、4度目に承認されても不満顔です。国王チャールズ2世の「装飾の変更は可」という言質をもらい、工事開始となりました。
レンはこちらの承認案に修正を加えることを決意
旧聖堂は高い尖塔を抱くゴシック建築だった
天文学と幾何学の天才と言われたレンの人生が変わるのは、旧聖堂の修繕調査に関わるようになり、海外の建築物を研究中にバロック芸術の巨匠、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニと出会ってからです。彫刻も絵画も建築も一体となった芸術空間が都市と融合されなければ意味がない、と看破。そのころシティは大火事で大被害を被り、すぐに彼は都市の総合復興案を提出しますが、早く商売を再開したい商人や地権者の猛反対で却下されます。
それならば、とレンは考えます。50を超える教会を再建し、大聖堂には大型ドームを据え、それぞれの頂きに灯篭塔を配し、強欲の街を啓蒙の光溢れる都市に変えよう。緻密な計算に基づいて建設されるドームは人間の叡智の結集であり、科学の真、信仰の善、芸術の美が一体となる場。神が降臨するのは、人の足の長さの単位「foot」を一年間、空に向かって積み重ねた高さであり、ロンドン復興の象徴としての大聖堂の高さも365フィートに定めよう、と。
現在の聖ポール大聖堂の高さは365フィート(約111メートル)
しかしながらドームはローマの真似だと反対派の声は根強く、彼らの視線を遮るため、レンは現場に囲いを立てて「装飾の変更」を強行。反対派の長老がこの世を去るのを待つ牛歩戦術も採りました。工事の進捗が遅いと叱られても、原料となるポートランド島の石灰岩が不足しても彼は全くひるみません。でも、重大なことが判明します。巨大な石造ドームは地盤の弱いシティでは地盤沈下を引き起こし倒壊する可能性があるというのです。
そこで彼はドームを三層構造に修正。内側の石造ドームを煉瓦製の円錐形で覆い、その上に灯篭塔を載せ、拡張力で倒壊しないよう鉄鎖で首元を締めます。そこから木組みで鉛を塗った板で外側のドームを被せたのです。こうして、世界最大のサンピエトロ寺院に次ぐ大きさながら、重さは3の1の軽量ドームが完成しました。王冠を戴いたドームと彼の不撓不屈(ふとうふくつ)の精神は、ロンドンの空の下、今も輝いています。
丸いドームの三層構造